22.街の外へ
僕は普段、朝食は騎士団の皆と一緒に食べて夜は伯爵一家と食べることにしていた。あ、昼は視察ついでに外で食べている事が多いよ。視察に出ない時はその時々かな。
夕食の席では近況報告を始め、当たり障りのない話題で終始するのだけど、今日は少し暗い話題になった。
「王子、こんな話をご存知ですか」
「ん、どの事でしょうか?」
「ここ最近、魔物の活動が活発になっているようなのです」
「そのことなら、はい」
街に出たときに色々な所で噂になっていたからよく聞いている。魔物ハンターギルドは忙しそうだし、市場の人達も行商人が街道で襲われて商品を捨てて逃げ込んできたとか、返り討ちにしようとして大怪我したとか話してた。
その影響でどこも品薄状態だ。騎士団の皆も数日前から近隣の村までの道の安全確保の為に交代で出撃している。お陰で朝練に参加する人数も以前の1/3くらいに減ってしまった。
『折角アル坊に指導してもらえるのに済まない』
ってティース団長が謝ってたけど、訓練で疲れ果てて実戦で怪我したんじゃ意味ないからね。仕方ないよ。ここで「甘ったれるな!」と言ったら本格的に皆に嫌われそうだし。
伯爵の話では魔物の討伐は順調なようだけどいくら倒してもキリが無いような状態だそうだ。
「王子は危険ですので街の外には出ないようにお願いします」
「はい、善処します」
(じと〜)
僕の返事を聞いたサラからジト目が飛んできた。
だ、大丈夫だよ。ちゃんと用もないのに出たりはしないからね。
そんな話をした翌朝。朝練に来ていた僕のところにティース団長が疲れた顔でやってきた。
「アル坊の耳にも一応入れておこうと思いまして」
「大丈夫?魔物の討伐が大変なの?」
「ええまぁ、だけどこういう時の為に俺達が居るのでそれは問題ないんです」
「つまり他に何かあったってことか」
「……脱走者が出ました」
脱走。正式な手続きを踏まずに無断で隊を抜けた人たちの事をそういう。大抵の場合、脱走は重罪だ。捕まれば死刑は無いけどむち打ちなどの体罰や減俸などが待っている。昇進は確実に無理だと言って良い。
「ここの場合は脱走の罰則は何になるの?」
「戦争時であれば極刑もあり得ますが、平時ですから戻ってきたら減俸1か月です」
「そう」
まあそれくらいか。
それよりも脱走した理由が気になる。
「……やっぱり僕のせい?」
「い、いえ!そんなことは無いかと」
「いや隠さなくていいよ。みんなから不満の声が上がってたのは知ってるし」
一応皆僕に気を遣って聞こえない様にはしてくれたけど、聞こえなくても雰囲気で分かるし、むしろ僕は小さい音も聞こえるから隠してたつもりでも陰口は聞こえちゃうし。影から様子を窺ってるガントから報告も受けてるしね。
「それよりもし連れ戻すなら手伝うよ。脱走したのは誰でいつ頃?」
「はい、ビルマ、デイト、ランダの3名でここを出たのは1週間前です」
「って、随分前だね」
「それが丁度魔物の討伐任務と重なってしまい、確認する時間が無かったものでその3名が居ないのは当初体調不良か何かだろうと班長が放置しておりました」
100人以上居る騎士団全員をティース団長一人で管理している訳ではなく、10人位ずつで班分けがされている。作業の分担も班の中で済ませる事が多いのでそこから「問題なし」と報告があればいちいち点呼を取ったりもしないのが普通だ。
「居ないのが発覚してからは何か事件に巻き込まれたのかと街中を捜索しても見当たらず、昨夜ようやく門番からその日の晩に武装して出て行く3人の話を聞けた次第です。門番は騎士団の緊急任務だと聞かされたそうです」
「その門番は厳重注意だね」
「はい」
騎士団の緊急任務だというなら出て行く3人を止められなかったのは仕方ないにしても、早々に上司なり騎士団なりに一報入れるべきところだ。素通りさせてハイ終了じゃ番犬でも置いておいた方が役に立つだろう。
「念のため街に戻ってきていないか確認してみようか」
「は、ならもう一度団員に捜索を」
「ううん、その必要はないよ」
軽く目を閉じて周囲の気配に意識を向ける。魔力って人ごとにちょっとずつ違うしこの街くらいなら騎士くらい魔力のある人物を探知することは難しくは無い。もちろん向こうが意識的に隠れてたら難しいけど。
でもやっぱり3人の魔力は街の中からは見つからなかった。
折角だからもう少しだけ範囲を広げて、ってこれはまさか、なんで?
「ごめん団長。急用ができた。
サラ、ティーラ。付いて来て!」
「はいっ」
「あ、アル様!?」
急に走り出した僕に慌てて付いてくるサラとティーラ。悪いけど説明は後だ。
慌てて飛び出した僕が向かったのは西門。そこではちょっとした騒動が起きていた。
「ちょ、通してよ」
「だめだだめだ。帰りなさい」
騒いでるのは見覚えのあるスラムの子供たちと、恐らく門番のおじさん。どうやら外に出ようとする子供たちを必死に押し留めているようだ。
僕は急ぎ子供たちに駆け寄っていく。
「何があったの?」
「あ、アル君」
「エナとゴン兄ちゃんが外に行っちゃったんだ」
「エナが怪しい奴を見たって言って飛び出して行って、ゴン兄ちゃんは危ないから連れ戻してくるって」
なるほど。ある程度の経緯は分かった。それでさっき僕が魔力を探った時にゴンらしき気配が街の外に出ていったのか。
それにしても怪しい奴を見たって。それで本当に悪巧みをしてる奴だったら追い付いたら危険だ。エナは僕より少し年上で好奇心とか探求心とか正義感とか、とにかく気になるものがあったら脇目もふらず動く子だ。悪人相手でも気にせず飛び込んでしまうかもしれない。
「全く無茶なことを。
ティーラ、こういう時に真っ先に頼ってもらえないっていのは騎士団としては悲しいね」
「はい、返す言葉もありません」
一緒に来ていたティーラがしゅんとしてしまう。決してティーラが悪い訳ではないのだけど、どこでも市民と騎士団の間には距離があるというか見えない壁がある。王都とかだと騎士団には多くの貴族の子供たちが居るからというのもあるけど。
まぁそれは今はいいや。それよりも早くふたりを連れ戻さないと。
「サラはティース団長に伝令をお願い」
「はい。直ぐに捜索に駆け付けるようにします」
「いや、そうじゃなくて魔物の群れが接近しているから街の防衛を任せるって伝えて」
「は? わ、分かりました!」
訓練所からでは分からなかったけど、どうやら南側から魔物が多数近付いてきているようだ。それも明確にここを狙っているような動きだ。
今の騎士団なら油断さえしなければ撃退できると思うけど、早めに警戒するに越したことはない。
「ティーラは危険だけど僕と一緒に来てもらっていい?」
「勿論です、アル様」
僕たちは門番の制止を振り切って街の外へと飛び出した。




