2.アルファス王子5歳
お読みいただきありがとうございます。
連載開始記念という事で最初の1週間は毎日投稿の予定です。
その先は更新頻度落ちて週2くらいと思っていただけると助かります。
ふと目を開ければカーテン越しに淡い光が差し込んでいた。身体に触れるのは柔らかな布団の重み。
そして視線を横に向ければ椅子に座った少女が僕のベッドに頭を乗せて寝息を立てていた。どうやら一晩中、僕を看病していてくれたのだろう。
そう、看病だ。
夢のせいで記憶が曖昧になっていたけど、だんだん思い出してきた。
僕の名はアルファス。盾の国アイギスの第1王子。そして2年前から謎の病に掛かり昨夜が峠だと言われた5歳の男の子。
この場に医者が居ないのは、もう打つ手なしと診断されたからだ。せめてもということでこの少女が側に居てくれた。そんな彼女の名前は確か……
「サラ」
「ん、んふふっ」
そっと彼女の名前を呼びながらその頭を撫でればくすぐったそうに声を出して、ゆっくりとその目が開けられた。元々眠りが浅かったのか、どうやら起こしてしまったらしい。
「ん〜おうじ?」
「おはようサラ。一晩中看病してくれてありがとう」
「おはようございましゅ。
わたしは王子様付きのメイドでふからぁ。王子様が元気になっていただけたぁそれて良いので……!?」
寝起きで舌足らずなサラは、しかし気付いて飛び上がって驚いていた。ふふ、相変わらずのオーバーリアクションで見ていて飽きないな。こういう裏表のない分かりやすい感情表現は彼女の美点だし子守には適任だろう。だから僕に付くことになったんだと思う。
「お、おお王子。お加減はよろしいのですか!?」
「うん。昨日までの熱も身体の痛みも無いし治ったのかもしれないね」
「それはよろしゅう御座いました。
私はレントン先生がもう起きることは無いかもしれないと仰っていたので気が気じゃなくて。
ってそうです!
すぐにレントン先生を呼んできます!」
言うが早いかサラはパタパタと部屋を飛び出して行ってしまった。淑女としてはちょっとはしたない気がするけど、それだけ僕の快復を喜んでくれたのだから嬉しい話だ。それに、お陰でひとりに成れたし、今のうちに現状の再確認をしておこう。
「昨日までの記憶は、うん、大丈夫。
夢の内容と混ざってしまったけど、過去の記憶も断片的だけど思い出せる。
今までの経験から本当に死の淵を彷徨っていたはずだけど、身体はどこも痛くはない」
そう。同じような事は前にも体験したことがある。その時は今よりももっと絶望的な状況で、一時的に元気になってもその後も生き延びるのが大変だった。そこから考えれば今回は間違いなく恵まれている。
と、そこまで考えたところで扉の外に小さな人影が見えた。
「ツビー?おはよう。お見舞いに来てくれたの?」
「ばっ、そんなんじゃないし。
俺は貧弱兄貴が死んでないか見に来ただけだし!
なんかメイドが騒いでたけど、元気になったのか?」
僕が声を掛ければバッと扉を開けて中に入って来たのは腹違いの弟のツバイク。僕は愛称のツビーって呼んでる。
まぁ弟って言っても半年も違わないし、この2年で身長とかは抜かれてしまったから、知らない人が見たらどっちが兄か分からないだろうな。
ツビーはトコトコとベッドの横まで来て僕の顔を覗き込んだ。じっと見つめる目は真剣で、でもすぐに安心したみたいに息を吐いた。
「昨日までと全然顔色違うし、本当に元気になったんだな」
「うん。毎日ツビーがお見舞いに来てくれたお陰だよ」
「ち、ちげーし。俺は兄貴がいつ死ぬのか気になってただけだし。
その証拠にお供えのリンゴ持って来たんだからな」
そう言って持っていたリンゴをサイドテーブルに置いたツビーは用は済んだと言わんばかりに扉へと向かっていった。そして部屋を出る前にちらっとこっちを見て。
「俺はこの2年で勉強頑張ったし剣も習い始めた。
みんなも次の王は俺だって言ってる。
もう兄貴の出番は無いから俺の活躍を指を咥えて見てるんだな!」
言うだけ言って今度こそツビーは出ていった。今の言葉を要約すると、何も心配せずにゆっくり養生してってことかな。
僕は身体を起こしてツビーが置いていってくれたリンゴを手に取った。丸のまんまで皮も剥いてないのはツビーらしいというか、きっと厨房から僕のお見舞いにとくすねて来たんだろう。それをひとくち噛れば途端に口の中に酸味が広がる。
「うん、酸っぱい」
ツビーは気付いてないと思うけど、これはパイとかを作る用のリンゴだ。そのまま食べるには酸味が強い。まぁ僕はこの味も嫌いじゃないし、凄く嬉しい。なによりもツビーが僕のために取ってきてくれたものだからね。
ただ元気になったからと言ってすぐに食欲が戻る訳でもない。僕がリンゴを半分も食べる前にサラが錬トン先生を連れて戻ってきてしまった。
「お待たせしました王子。って何を食べてらっしゃるんですか?」
「おかえり。たまたま通りかかった心優しい妖精さんがお見舞いに置いて行ってくれたんだ」
「あぁ。いつものですね」
ツビーはバレてないつもりだろうけど、ちょくちょく僕の様子を見に来ているのは周知のことなのだ。まぁそれは良いとして、さっきからサラと一緒に来たレントン先生は無言で僕を見ている。
「レントン先生もおはようございます」
「……驚きました。本当に昨日までの症状が嘘のように消えています。今までどのような治癒魔法も効果が無かったというのに。
まさに神の奇蹟です」
「神様、か」
レントン先生の言葉に僕は小さくため息をついた。