16.勉強の時間
朝練を終え朝食を食べたら午前中は勉強の時間だ。
一応僕は王族だからそれ相応の礼儀作法を学ばないといけないし、語学も近隣諸国は幸いに共通語で通じるけど少しずつ方言や慣用句が違ったりする。なにより困るのはそれらの使い方が昔とは違う事だ。
「つまり『盾騎士に破城槌』?」
「なんですかそれは」
「え、最強の防御を身に着けた者に更にすべてを粉砕する為の槌を持たせると、どっちつかずになって攻撃も防御もままならなくなるって意味ですけど、言わない?」
「言いませんね」
「そっかぁ」
こんな感じでちょいちょい周囲を呆れさせる結果となった。
一番楽なのは数学。これは今も昔も変わらないから助かる。お陰で先生からも褒められるので語学と併せてプラスマイナスゼロって感じだ。
また勉強の中で一番僕の興味を引いたのは歴史だ。特に200年前から今に掛けての人族の歴史は僕の知識からすっぽり抜けているからね。
「アル様。今日は歴史のお勉強です」
「やった!」
「ふふっ。アル様は歴史がお好きなのですね」
「はい。昔の人達がどうやって今に繋いでくれたのかを知るのは大事な事ですよね」
「そうですね。では200年前の6英雄が邪神龍を倒すまでの話を」
「あ、倒した後からでお願いします」
「えっ!? いえですが、過去の偉人の話と言えばやはり邪神龍討伐の為に世界が団結した頃の話なのですが」
いやぶっちゃけその辺りは過去の記憶を引き継いだ時に大体知れたし、今に伝わっている内容が事実からだいぶ改ざんされているのも知っているから今更聞いても嬉しくない。
「それより邪神龍を倒した後の6英雄はどうなったのかが知りたいです」
邪神龍を倒した後、歴史にも残っているのだから彼らは無事に帰りついたはずだ。
そこからそれぞれの国に帰った彼らを待っていたのは、邪神龍によって破壊された地域の復興など大変な事業がいくつもあっただろうけど、彼らならきっと力を合わせて乗り越えてくれたはずだ。
それは邪神龍討伐のように目立ちはしないけど、その苦労は今の人達にも多くの恩恵を与え続けてくれているはずで、だから幸せな話として残っていると思っていた。
だけど暗い顔をする先生からはその表情通りの言葉が出てきた。
「アル様。期待しているところ申し訳ないのですが、その後の話はあまり楽しいものでは無いのです。
それでもお聞きになりますか?」
「もちろん。一体何があったの?」
要約してしまうとその後起きた事は大きく2つ。
1つは6英雄の内、5人はほんの7年以内に死んでしまった事。それも事故や病気ではなく、戦争や内乱でだ。その最期は壮絶で今でも語り継がれているほどだ。
(槌の勇者は内乱で愛する妻と子供を殺されて怒り狂って単騎で敵軍に突撃して、たった1人で万を超える敵と敵大将の首を刎ねてそのまま息絶えた。その姿はまるで鬼のようだった、か。あの人らしいな)
ただ一人生き残ったのは癒しの国の勇者。彼女だけは邪神龍討伐で得た報酬で孤児院や学校を創り終生穏やかに生きたそうだ。
そしてもう1つは、5人の英雄が死んだことからも分かる通り、世は戦国時代に突入することになった。幾つもの国が戦争で滅び、死者の数だって間違いなく邪神龍に殺された人数より多かっただろう。そしてそれは今も続いている。
邪神龍は言っていた。自分が死んでも平和は訪れないだろうと。その通りだったようだ。
「ねぇ。盾の王国は?この国も国盗り合戦をしているの?」
「ご安心ください。私達の王国は自ら他国に攻め入った事はありません。
それは200年前の王家が決してするなと厳命していたのを今でも守っているのです」
「そっか。それは、良かった」
あいつは僕との約束を最後まで守ってくれたんだな。それは決して楽な道ではなかっただろう。紛争地域には多くの孤児や難民が生まれただろうし、それを救いに行くことも出来なければすべてを受け入れる程国力に余裕があったはずもない。きっと無力感に苛まれながら歯を食いしばって耐えたのだろう。
「ただこちらから攻め入った事はありませんが、他国から攻められた事は数度あります。
その悉くを容赦なく撃滅しているので周辺諸国からは畏れられているようですね」
そりゃまあね。こちらから攻める侵略戦争はダメってだけで襲ってきた相手に慈悲を掛ける理由は何もなかっただろうし。専守防衛、永世中立、英雄を輩出出来なかった国だと舐めてかかったのだとしたら当然の結果だろう。なにせこっちは盾の王国。守りにはめっぽう強いのだから。
「その甲斐もあってここ30年程はどの国とも戦争状態にはなっておりません」
「うんうん、平和なのは良い事だね」
先生もそれについては嬉しそうに胸を張って言った。
昔の僕がやったことで、世界の全てを平和にすることは出来なかったみたいだけど、それでも平和と安寧を手に入れられた国が少しでもあって、そこに住む人たちが穏やかな日々を暮らせているのだとしたら僕らが命懸けで邪神龍と戦った事に意味はあったのだろう。




