131.そして僕は護り続ける
さて、魔物側の管理はこれである程度は出来るようになった。次は人間側だ。
はっきり言って人間と魔物、どちらが御しやすいかと言えば圧倒的に魔物側だ。なにせ魔物は思考がシンプルだから。明確な報酬と従うに足る強者が居れば早々裏切ることはない。だけど人間はときに、というか頻繁に理不尽な行動を取り、簡単に裏切る生き物だ。その理屈は何度も転生を繰り返して長い年月人間を見てきた僕でも分からない。
それでも分かりやすいルールを作ることである程度までは管理が出来る。
「やあアルファス殿。噂はかねがね聞き及んでおります。
してこちらには何用で来られたのですかな?」
僕を迎え入れたその人は、40代半ばの強面のおじさんだった。顔や腕に幾つも古傷の痕があり、歴戦の勇士であることが一目でわかる。
ここは各地にある魔物ハンターギルドの中でも本部と呼ばれる場所のギルド長室。要するにこのおじさんはギルドマスター、それも世界中のギルドを束ねる立場にある人だ。
なぜそんなところを訪れたかと言えば彼らの力を借りる為だ。
「先日の魔王の放送は聞きましたか?」
「もちろんです。魔王もなかなか面白い事を考える」
「僕の情報網によると、既に世界各地にダンジョンが発生しているようです。
そして魔王の言葉を信じるなら薬草が豊富なダンジョンや希少な鉱石が採掘できるダンジョンを始め、他にも価値のあるものが眠っているダンジョンがあるかもしれません」
「ふむ、確かにそうですな」
僕らが走り回って用意したので、事実そういうダンジョンがあるのは知っているのだけど、あまり断言し過ぎると怪しいから多少ぼかして話した方がいいだろう。
「魔物ハンターの皆さんの中には、過去に居た勇者達と比べても引けを取らない程の実力者が何人も居るそうですね」
「ええ。トップランクの魔物ハンターが集まれば、あの邪神龍でさえ倒すことは可能でしょう」
「それを聞いて安心しました」
実際の所、邪神龍どころかジャモ相手でも傷ひとつ付けられるか怪しいところだとは思うけど、そういう自信に満ちたところは大事だ。下手に臆病風に吹かれても困るし。
「ところで、薬草や鉱石に詳しい方はどれくらい居るでしょう?」
「む、それは……」
魔物ハンターは名前の通り、魔物を倒す専門家だ。討伐した魔物から素材をはぎ取る技術はあるかもしれないけど、それ以外の技能を求めるのはお門違いだ。人によっては僕の畑で育ててるありふれた薬草の事も知らない、なんてこともあるだろう。
「このままだと折角ダンジョンに潜っても、希少な薬草や鉱石を見逃してきてしまう、なんて事にならないでしょうか」
「確かにありそうですな。しかし彼らに今からその知識を学べというのはちょっと難しいでしょう。
大概魔物ハンターというのは脳筋ですからな」
「それに素直に頷くと怒られそうですが。
ただ、無いのであれば他所から借りれば良いと思いませんか?
例えばダンジョンに行く際に、その道の専門家を連れて行く、もしくはダンジョンに向かう専門家の護衛という形を取るのもありでしょう。
報酬については事前に取り決めておき、専門家を死なせたら重い罰則を科すようにすればハンターの皆さんは慎重に行動するし、戦闘力のない専門家でも安心してダンジョンに行けるようになります」
腕っぷしには自信があるけど知識はからっきしって人と、知識はあるけど危険なところには行けない人がお互いに長所を生かし合う事で活動の幅を広げて行けると思う。
最初の段階ではハンター+専門家って形になるけど、将来的にはハンター自身が知識を得たり、自衛能力のある専門家が生まれることだろう。
「なるほど。アルファス殿が言いたい事はおおよそ理解しました」
静かに話を聞いているギルドマスターが僕の言葉に首を縦に振る。
ただ、問題はここからだ。人の組織っていうのは大きくなればなるほど動きが遅くなる。
「各支部長とも協議してみましょう」
その協議の結論が出るのはいつになることか。人が増えれば様々な意見が出て、当然反対する人も出てくる。それを纏め上げて全員を納得させるのは容易な事ではない。最悪数年は掛かることだろう。
だけどそれを待つ気はない。
「昔から悪人は金の臭いに敏感です」
「ん?」
「あなた方がのんびり協議している間に、専門家の囲い込みや誘拐事件が発生しないと良いですね」
「!!」
例えば僕が結社の人間なら、今この瞬間にも世界中の専門家を攫ってダンジョンで片っ端から拾い集めて来たものを鑑定させているだろう。もっとも、生き残っている結社の残党にそこまでの組織力はなさそうだけど。
でもこれで彼に危機意識は持ってもらえただろう。ここから先、どこまで素早く動けるかは彼の手腕に掛かっている。
「では僕はこれで」
「ちょっ、待ってくれ!」
「?」
話は終わったと立ち去ろうとする僕をギルドマスターが呼び止めた。
「君は魔物ハンターになる気はないのか?
噂通りの実力ならすぐにトップランクになって報酬も名誉も思いのままになると思うが」
その問いかけに僕はにっこり笑いながら首を横に振った。
「残念ながら。僕は僕の大切なものを護るので精一杯です」
それだけ伝えて僕は部屋を後にした。
世界平和とか、英雄の称号とか、そういったものは欲しい人にあげればいい。僕はそんなものよりも大切な家族との幸せな時間を護りたいんだ。
――――――
そうしてそれから5年の月日が流れた。
魔物ハンターギルドは僕の提案を受け入れ、その活動内容を大幅に変更。ただ単純に魔物を倒す組織から世界各地のダンジョンを巡り魔物の素材のみならず、ダンジョン産の希少な素材を採取したり、はたまたダンジョン最深部に眠るお宝を求めたりと様々な目的の人が集まるようになった。それに伴い名称も冒険者ギルドと改めた。
また各ダンジョンで出現する魔物の強さもダンジョンごとに大きく差があることが分かり、一定基準の強さを持たないと一部のダンジョンに入れない様に制限を掛けた。もちろん、邪神龍モドキも居る魔王城ダンジョンは最上位とされ、今の所だれもチャレンジすることすら許されていない。この調子で行けばあと10年は余裕で誰も行けないだろう。
この5年でダンジョンから魔物が溢れて首都に向かったのは2回。いずれも多大な被害を出しつつも何とか首都陥落は免れたが、これを受けて各国ともにダンジョン攻略に懸賞金を出すようになり、冒険者ギルドの活動はますます活発化することになった。
早くも小さいダンジョンの攻略に成功した者たちは人々から勇者と称賛され、他の冒険者は彼らを追い越そうと奮起し、時に無茶をしてその命を散らすことになった。
各国の魔物被害は落ち着いたとはいえ、ダンジョンを放置できないことから他国に戦争を仕掛ける余裕はなく、不可侵条約を結び協力してダンジョンの攻略を進めている。
そして、僕の周りはと言えば。5年前に比べて賑やかになりはしたものの、変わらず平和そのものだ。平和が訪れたら次にやることはその、あれということで、みんなからの誘惑に押されて頑張ってしまった。
「おとたま~、どーん!」
「おっと」
「きゃははははっ」
キャロの子供のエンマが僕に体当たりしては跳ね返されて、尻餅突きながら笑っている。これがこの子のマイブームのようだ。誰に似たのかやんちゃ坊主に成長しつつある。
「だぁ~だぁ~」
「あ、アンジュ。あんまり高く飛んじゃ危ないですよ」
「あい~~」
エンジュの子供はまだ1歳だというのにパタパタと背中の羽をうごかしてふよふよと空を飛んでいる。床には柔らかなクッションが置いてあるので易々と怪我はしないものの見ている親は大変だ。
「母親は大変ね~」
「そういうフィディさんも来年にはこっち側ですよ」
「ふふ、そうね。今から待ち遠しいわ」
少し膨らみ始めたお腹を摩りながらほほ笑む。その顔は既に母親のそれだ。
そんなみんなの姿を見ていたら静かにサラが僕の所にやってきた。
「アル様。おなべのふたが見当たらないのですが、どこかで見かけませんでしたか?」
「なべのふた? それならさっきアルナがティルノとチャンバラするからって持って行ったけど」
「またあの子ったら。しょうがないですね」
サラの子供で今年4歳を迎えるアルナはティーラの子供のティルノと仲良しでよく一緒に遊んでいる。その度になべのふたを持ち出すので、料理当番に追いかけまわされているけど、あの子らからしたら、それも遊びの一環なのだろう。
「ま、今日は天気も良いし。のんびりいこう」
「そうですね」
護りたい家族は増えたし、多分これからもう数人は増えそうな気がするけど、僕はこれからも彼女らとこの幸せを護り続けて行く。
もう誰も僕が元盾の勇者だったなんて覚えていないかもしれないけどそれで良いと思う。僕が護りたいものはここにあるのだから。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
結局大きな山場も無いまままったりと最後まで来てしまいました。
正直よく最後まで来れたなと自分でも思っておりますが。
ちなみに、
この冒険者エンド?の他に主人公が魔王になる魔王エンドや、盾の勇者として世界を統一する覇王エンドなどもルート分岐としてはあったりします。
そして、ここで次回作のお知らせです。
タイトルは『僕が君の壁になり、私があなたを爆発させる』
https://ncode.syosetu.com/n0954il/
VRゲームを中心とした恋愛ものって言うんですかね。
VRとリアルが半々くらいの割合で、冒険しつつ青春もしようって感じです。
以前もそういう話を創ってましたし、私の好きなジャンルなのでしょう。
お時間がありましたら、ぜひ読んでみてください。
それでは!!




