124.一歩間違えれば魔王になっていた?
立ち話を続ける必要もないので外に出てテーブルセットとお茶を用意することにした。世界樹の若木の木陰が落ち着く風が吹いてくれる。
お茶の用意はいつもならサラがやってくれるんだけど今回は置いてきちゃったからね。……うん、自分で淹れたお茶の味はいまいち。
「ふぅ」
「それで僕の為に魔王になったっていうのはどういう意味なの?」
ひと息ついたところで改めて尋ねればフィディは僕をじっと見ながら話し始めた。
「人間は自分達と違うものを排除したがる生き物だということはアルも理解してもらえるかしら。
魔物しかり他種族しかり。
そして、勇者や英雄も。
特に人智を超えた力を持つ勇者は、平和な世の中では内に抱えた災厄の種みたいなもの。機嫌を損ねれば国が滅ぼされるかもしれない危険物だと考えてしまう。
またそれと同時に目立ちたい者からすれば、どう足掻いても追い越せない邪魔者でもある。
だから人間はかつて自分達を護ってくれた勇者を殺そうとするのよ。物理的にも歴史的にも」
かつての盾の勇者のように。
仮に邪神龍の討伐に成功した後、僕が生還していたとしたら。もちろん最初はみんな喜んでくれるだろう。だけど同時にこう考えるかもしれない。
『盾の勇者は人の姿をしているが邪神龍を倒せる程の化け物だ』と。
畏怖は恐怖に置き換えられ、国を挙げて盾の勇者を殺せとなっていたかもしれない。事実、剣の勇者は盾の勇者の幻影に怯え、盾の王国を滅ぼそうとした。結果は返り討ちにあっただけだけど。
「つまりこのまま行くと僕も遠からず排斥されていただろうと」
「ええ。そうなった場合、アルはどうするかしら。
懸命に護ろうとしていた人達に裏切られるのは悲しいことよ?」
そうか、だから魔王を名乗ったのか。
世界が平和になれば遠からず僕が排斥される。
現在は各地で魔物の被害が出ていると言っても王都に暮らす貴族達は気にも止めないことを考えれば平和にならなくても排斥の可能性がある。なにせ僕は一部の貴族から評判が良くなかった。
そうなると僕は次にどういう行動を取るだろうか。悲しんで一人静かに隠居したかもしれない。もしそれならサラやフィディ達も付いて来てくれるし寂しくはない気がする。
でももし怒りを覚えて復讐しようと考えたら? きっと恐怖の大魔王の誕生だろう。過去に護ろうとした存在を自らの手で滅ぼすのだから終わった後の苦しみは死ぬより辛い事だろう。
そんな結末を迎えさせるわけにはいかない。
だから明確な脅威が必要だった。魔王になってついでに邪神龍モドキを操って騒ぎを起こせば馬鹿な貴族でも十分に危機意識を持ってくれるだろう。
「という事を精霊に吹き込まれた訳だ」
「うん……」
「どうよアル。俺の娘は健気だろう」
「もうお嫁に貰うしかないわよね!」
「あの、」
「「ただし!!」」
ノリノリで自分達の娘を売り込む親バカ2人。そうかと思えば目を吊り上げて僕を見た。
「人間の寿命は短いんだから死ぬまで一緒に居てあげること。良いわね」
「間違っても俺達の父親みたいに嫁と子供を置き去りにしてどっか行くな」
「あーうん。
ちなみにおふたりの父親は?」
「「知らん(知らないわ)」」
「俺が生まれる前に母の元を去った聞いた」
「私の方もよ。
お陰で人間とのハーフを産んだ母がどれ程肩身の狭い思いをしたことか」
「へぇ」
パキッ
ふたりのまさかの告白に思わず持っていたカップの持ち手を砕いてしまった。
「その話が本当なら今度エルフの森に挨拶に行かないといけないね」
「「「!!」」」
僕が突然怒気を発したのでみんなビックリしている。でもそれも仕方ない。だって僕が魔物の討伐のためにエルフの森を離れる時に、彼女らを手厚く保護すると約束してくれていたのだから。
一応エルフ達の言い分は予想できなくもない。おおかた森の掟を護るためとかエルフのしきたりを重んじた結果、異種族の血を認めることが出来なかったんだろう。僕との約束を守ることと天秤にかけた結果だというのだから、僕が生きてたら報復に来ることも受け入れる覚悟があるはずだ。
「それで。
今はリートとタークは元気にしてるの?
寿命だけで考えればまだ後100年くらいは余裕なはずだけど」
「森からは出る事になったけど今も元気に暮らしているよ。しかし」
「なぜ、私達の母の名を?」
これでふたりが非業の死を遂げていたら根絶やしにするところだったけど命拾いしたようだ。
それはともかく僕がここにはいないふたりの名を出した事に驚くふたりだけど、僕からしたら分かって当然だ。なにせふたりとも母親にそっくりなんだから。
「フィディにはまだ話してなかったけど、僕には前世の記憶があるんだ。
そう、200年前の盾の勇者としての記憶がね。
そして時期を考えればあなた達の父親は前世の僕だ。
あ、一応言っておくけど別に二股掛けてた訳ではないよ。リートと一緒に居た時間ととタークと一緒に居た時間の間には1年空いてるからね」
当時は世界中で今とは比べ物にならない程多くの魔物が猛威を奮っていて僕は各地を巡り魔物を討伐して回っていた。その時に仲良くなった女性が何人か居て、リートとタークもその中のひとりだ。
死と隣り合わせの旅に彼女らを連れて行く訳にも行かないし、その地を魔物から護った見返りとして彼女らのことを頼み、僕は次の救いを求める人達の元へと向かったんだ。
ちなみにリートとタークが妊娠していたことを僕は知らない。知っていたらその地に残っていたのかというとそうでも無いのだけど。
その説明を聞いてフィディのカップがカタカタと震えた。
「じゃあ私に良くしてくれたのはかつて愛した女性の孫だと分かってたからなの?」
「いや、情けないことにそれに気が付いたのは最近になってからだよ」
不安そうな顔をするフィディに目を見てしっかりと答えてあげる。
そりゃあかつて愛した女の代わりだと思えば不安にもなる。だけど親と子は別人だし孫ともなれば多少似てるかな?ってだけだし、僕は幾つもの前世の記憶があるお陰か外見で相手を選ぶことはない。
「初めて見た時からフィディはちょっとお転婆で素敵な女の子だと思ってるよ」
「えぇ~。これでも淑女として振舞ってたはずなんだけど?」
僕の言葉に冗談めかして返してくるフィディ。もうさっきまでの不安は無くなったみたいだ。良かった。
「でもそっか。それで精霊は私に依頼を出したのね」
「そういえばフィディの探し人って結局僕なの?」
「でしょうね。さっきの話からして私に縁のある人と言えばアル以上の人なんていないし、精霊の恩人というのも前世が盾の勇者だったというのなら十分でしょ。
というか、前世がどうのとか分かる訳ないじゃない!」
ちょっと怒り気味に答えるフィディの視線は、横の精霊樹の若木へと向かっていた。若木とは言え立派な精霊が宿っているのが今の僕でもぼんやりと分かる。
彼、いや彼女か。彼女がフィディに依頼を出した精霊かどうかは分からないけど精霊どうしは距離が離れていても繋がっているらしいし、僕らの会話も聞いているだろう。それならここからはお説教の時間だね。




