115.落ち着いてきたようです
魔王の声明が行われてから2カ月が経過した。その間に国内の混乱は収束し、以前と変わらないくらいまで落ち着いてきた。また魔物についてだけど、一時は魔王が現れたことで活動を活発化させるんじゃないかと危惧されていたが、実際には大した変化はなく、むしろ一部の地域では活動が鎮静化しているという話まで届いている。
「結局、魔王とは何なのでしょうか」
その状況を見たサラがぽつりと疑問を口にした。
「人類からしたら倒すべき悪の象徴、なんだろうけどね」
不思議な事にうちの国は僕が居るから例外なんだけど、他の全ての国で魔王は倒さなければいけない者というのが共通認識だ。まだ魔王による実害は一切ないんだけど、なぜそうも口を揃えて言うのか僕には理解しかねる。
「僕からしたらただの一国一城の主、つまりどこにでも居る王様だね。
先の声明だって建国宣言だと思えば、ちょっと派手だったな、くらいのものだよ。
邪神龍みたいに力を誇示するために山をひとつ吹き飛ばしたとかも無いし」
思い返せば邪神龍は派手だったなぁ。窓から外を眺めれば夏の終わりの深くなった緑の向こうにそんな痕跡を残した場所があるのを思い出した。
「ほら、向こうにエーベツ湖があるでしょ?
あそこだって元は小さな丘だったんだけど、邪神龍が討伐軍を殲滅するために放ったブレスのせいで大きく地面が抉れて出来た湖なんだよ」
「そうだったんですね」
「他にも世界中に幾つも邪神龍が遺した爪痕はあるからいつか旅行で見て回るのも面白いかもね」
それこそ出来た由来は分からなくても風光明媚だからと観光名所として有名になった土地は幾つかある。
「その邪神龍モドキですが、各国で発見方向が相次いでいると先ほど連絡が来ました」
「あれ、もしかして量産されてた?」
「いえ、恐らくはあの1体が世界中を飛び回っているのではないかと思います。
ただ、幾つか分からない事があるのでアル様の意見を聞かせて欲しいと言われています」
「ふむ」
サラが渡してくれた依頼書を見れば、なるほど。確認された時間が少しずつずれているし確かに1体が動き回っていると見て間違いなさそうだ。
ただ、邪神龍モドキは別に街を襲うでもなく、山林や荒野、湖など特に共通点の無い場所で目撃されているという。他にも目撃された場所は魔物が増えるどころか減っていたり特殊な魔物が確認されたりしているらしい。
一体邪神龍モドキは何をしているのか、か。
「これ別に難しい話じゃないよ」
「と言いますと?」
「ただ単に放し飼いしてるだけだよ」
「は、放し飼い、ですか」
「そう」
ヤギとかの家畜と一緒だ。そっちは美味しい草が生えている場所に連れて行って運動させつつお腹も満たすのが目的で、邪神龍モドキの食事と言ったら普通の生き物同様に肉とかでもありなんだけどそれ以上に濃い瘴気の方がご馳走になるだろう。生まれたてでまだ瘴気が足りてないだろうし。
「世界各地の瘴気の濃い場所を巡ってはその場所の瘴気を食べてるんだ。
だから以前よりも魔物が減ったように感じるんだろうね」
「じゃあ特殊な魔物が確認されるのは?」
「あいつのうんこじゃないかな」
「う、うんこ?!」
ご飯を食べたら当然排泄もする。で、邪神龍モドキの糞は瘴気カスとでもいうものの塊だから、それが周囲に残った瘴気と結合して特殊個体を生み出してしまってるんだろう。
まったくちゃんとトイレトレーニングしないからこんな結果になるんだ。飼い主に文句言わないといけないな。
「特殊個体はともかく、魔物が減ってるなら人類からしたら歓迎すべき状況だよね」
「はい。邪神龍モドキの行動が謎だったのが不安を呼んでいただけで魔物の被害自体は減っていますから。
あ、もしかしてその為にフィディさんは魔王になったとか?」
「どうだろうね」
確かに魔王になって魔物や邪神龍モドキをコントロール出来るのだとしたら、かなり楽に世界を安定させられるだろう。もちろん逆に恐怖のどん底に落とす事だって出来るけど。
でもそれをフィディがやりたがってたかと言えば、違う気がするんだよなぁ。
「結局フィディについては本人に直接確認するか、事情を知ってそうな人に聞くしかないだろうね」
「そんな人が居るんですか?」
「うん、人じゃないかもだけど」
思い当たるのは何人か居る。問題はどこに居るかって話だけど。
「それよりフィディの居場所の候補地は絞り込めた?」
「はい、幾つかまでは」
「どれどれ?」
魔物の活動分布や邪神龍モドキの移動ルートから推測したら候補は3カ所か。
ふむ。情報収集にも長けてるサラの調べとはいえ、当たりを含めてここまで絞れるのか。なら各国の諜報機関も同程度には絞り込めているだろうな。
「これは早い所、話を聞きに行かないとダメかもしれないな。
サラ、旅行の準備を」
「はい。ではキャロさん達にも声を掛けてきます」
「あ、キャロには別の用事を頼もうと思うから今回は別行動だ」
「わかりました」
近所の森に魔物の討伐へと出ていたキャロへ切りの良い所で戻ってくるようにと思念を飛ばす。こういう時眷属になってて便利だなって思う。なにせ距離とか関係なくある程度は考えていることが伝わるから。
と、考えてるそばからキャロが鳥のように早くこっちに近づいて来てるな。
「あーサラ。そっちの窓開けておいて」
「はい」
サラに窓を開けてもらえば、本当に鳥が飛び込んできたかのようにキャロがやってきた。
「アル、呼んだか?」
「うん、呼んだけど窓から入ってくるのはお行儀が悪いよ」
「あはは、こっちの方が早かったから」
「早かったではありません。今頃城の警備が慌ててますよ」
「あう、ごめんなさい」
サラの叱責に首を垂れるキャロ。
確かに、王城の、それも王子の居室に何者かが飛び込んでいったとなれば大騒ぎになってもおかしくない。もっとも、これが初めてって訳でもないし、時折エンジュもベランダから飛び出していったりしてるのを目撃されているので皆慣れてしまっている。本当は慣れちゃいけないんだけどね。
「それはそうとキャロにお願いがあるんだった」
「うん、あたしに出来る事なら何でも任せて!」
「むしろキャロにしか出来ない事かな」
「??」
「一言でいうと実家に帰って欲しい」
「!!!」
僕の言葉を聞いて飛び上がるキャロ。その顔は驚きを通り越してなぜか青褪めてるような?
そうかと思えばが泣きながらばっと僕の膝に抱き着いてきた!?
「きゃ、キャロ?」
「あたしのどこがダメなの!!」
「は?え?」
一体キャロに何が起きたんだ??
訳が分からなくてオロオロする僕に縋りつくキャロ。その様子を見かねてサラがため息をつきつつ、バシッと泣いてるキャロの頭を叩いた。
「あいたっ」
「まったく落ち着きなさい。
アル様は別に嫌いになったから暇を出すと言った訳じゃないんですよ」
「ふぇ?」
あぁ、なるほど。確かに実家に帰れっていうのはそういう意味にも取れるか。全くそんな気が無かったから気付かなかった。
「というかキャロは僕の眷属なんだから何があっても捨てることなんて無いし、むしろ死んでも離れられないんだよ」
「えっとじゃあ、実家に行くのは?」
「ちょっとしたお使いと、向こうも魔物が大量発生して大変だろうからちょっと手伝って来てって話」
「なぁんだ」
誤解が解けたキャロはさっきまで泣いてたのにすっかり笑顔になっていた。そしてそれならすぐに済ませてくると手早く準備をして飛び出して行ってしまった。まぁ任せておいて大丈夫、だよね。




