102.人も畑も管理が大事
盤上遊戯は5戦目にしてようやく教皇が1勝出来たことで終了となった。続いて今は庭を散歩中だ。
「綺麗な庭ですね。
季節の花も咲いていて華やかなのに落ち着いた雰囲気もある」
「そうでしょう。
庭師の方が日々心を籠めて管理していますからね」
言いながら手を伸ばして一輪の花を摘み取った。そっと匂いを嗅いだ後に風に流して放る。サッと花弁が散ったのは魔法を使ったお遊びかな。
「この庭園も、そして人類もきちんと管理する者が居てようやく美しい状態を保つことが出来のです」
「それがあなたの役目だと?」
「ええ。人類は放置すればまるで雑草のように大地を埋め尽くしてしまいますから。
そうなる前に間引く必要があるのです」
言いながら次に向かった先は畝が出来ている事から畑なのだろうとは思うけど、一見雑草が生い茂っているだけにも見える。それに虫に食われた葉っぱも幾つもある。
「見てくださいこの薬草畑を。
無造作に植えられているように見えてきちんと管理されているのですよ。
これは癒しの勇者が持ち帰った技術を元に造られたものなのです」
「そうですね。教えた覚えがあります」
間違いない。これは前世、盾の勇者だった僕が旅の途中に癒しの勇者に教えた手法だ。あの頃は魔物を退治するために旅から旅への生活で畑を耕す余裕なんて無かったから口頭での説明のみだったのに、ちゃんと形に出来たのはあいつの努力の賜物だろうな。
そんな風に考えていると教皇が僕をじっと見つめて問いかけてきた。
「今回あなたをこの国に招いた本当の目的はあなたならもう見当は付いているのでしょう?」
「ええ、まぁ」
この国に来てみて分かったのは、別に癒しの国としては僕らの薬学なんて無くても良かったって事だ。国内に限った話で言えば、どうやってかは知らないけど魔物の発生個所や行動をコントロール出来ているみたいだし、やり方はともかく人々の生活も安定している。他国への支援なんておまけみたいなものだ。更にはこの畑があるように薬草についてもそれなりの知識と生産力が備わっている。
ならなぜ僕らを呼んだのか。僕が盾の勇者の生まれ変わりだからっていうのは順序が逆だから違う。他に思い付く事なんてほとんどない。その中で一番有力なものはこれだ。
「僕を消す為、ですかね」
「当たりです」
消す、つまり抹殺するって事なんだけど、まるで今日のご飯が何かを言い当てたような軽い口調で返されてしまった。それくらい大したことない話なのか、それとももう無くなった話だからなのか。
いずれにしてももう彼女に僕を殺す気は無さそうだ。
そしてなぜ僕を消そうと思ったかと言えば邪魔だったから、いや邪魔になりそうだからが正しいかな。そう判断した理由にも心当たりはちょっとある。
「この周辺の国の中で盾の国だけが魔物による被害が少なかった。
その原因は魔物の活性化と同時期に立ち上がった商会が一枚噛んでいるのではないか。
調べさせたら商会長の影すら見えないのは絶対に怪しい。
ならば国の要請であれば商会長自ら出向くであろう。
と、こんな感じの流れじゃないですか?」
「ええ。大体そういう感じですね」
この考えのネックは癒しの国が他国で魔物の被害が出てくれないと困るような、魔物と何か関係があることが必要なんだけど、魔物の活動をコントロール出来ているのを見てその問題も解消出来てしまった。
「魔物の活性化も教皇の手引きですか?」
「それは違います」
あれ、外れた。てっきり教皇が手を回して世界中の魔物を活性化させて各国に被害を与えようとしてるんだと思ったんだけどな。
「私はちょっと技術提供をしただけで実際に動いているのは自称『正義の結社』と名乗っている者たちです」
「あ、やっぱり教皇が手を貸してたんですね」
つまり実行犯は別に居たって話か。
その正義の結社?の活動がうまく行っても行かなくても教皇自身はちょっと面倒が増えるな、くらいの感覚なのだろう。で、面倒が増える前にその原因を摘もうとしたのか。
だけど、教皇がそんなことをしている理由は何だろう。魔物が増えることも、それによって他の国が被害を受けるのも教皇としてはどうでもいい事だと思うんだけど。
「人類の存続には幾つか条件があります」
言いながら畑に入った教皇は無造作にも思える動きで他よりちょっと発育の良かった薬草を摘み取った。
「条件?」
「そうです。
1つは管理者の存在です。つまり私ですね。
人類は放置しておくと際限なく増え続けます。その結果、世界中の資源が枯渇し気が付いた時にはもう手遅れでしょう。
そうならない様にするために、適度な間引きが必要です。
また同時に平和過ぎない事。これも大事になってきます」
丁度この畑のように。
生命力の強い雑草と、その雑草と競争して生き残れるくらい強い薬草は放っておけばこの畑を埋め尽くし、大地の栄養を根こそぎ吸い尽くして最後には栄養不足で無残に枯れるだろう。
だけど雑草が居なければ強い薬草は生まれない。弱くなった薬草は薬効も弱まり、多少の気温の変化や旱魃で狩れてしまうだろう。
「盾の勇者は最近転生したのでしたね。
どうですか?200年前と比べて人類は弱くなったと感じていませんか?」
「確かに戦争もなければ魔物の被害も少なくて、騎士団は随分と形骸化してましたね」
「そうでしょう。だから魔物には頑張ってもらわねばなりません」
僕の国でも今でこそ王都の騎士団のみならず各領地の騎士団も戦力の向上に力を注いでいる。あと数年と経たない内に今の魔物相手ならほとんど被害も出さずに鎮圧できるようになるんじゃないだろうか。だけどそれも魔物という敵が居てくれたから出来た事だ。
「さて魔物が狂暴化してもそれを物ともしない者が最初から存在したらどうなるでしょうね。
ご存じですか?
英雄の存在というのは時として人類の成長を邪魔するのです」
「なるほど?」
「これが人類滅亡の危機に現れたのであれば何の問題も無かったんですけど。
言ってしまえばあなたがこの世界に現れたのがあと5年遅ければ何の問題も無かったのです」
仮に僕が過去の記憶を取り戻したのが今であれば、王都騎士団は以前のままお飾り状態で魔物の討伐は裏の部隊のみが動く事態になっていただろう。僕自身も目覚めたばかりの時はまだまだ一般の兵士よりも弱い程度の身体能力しかなかった。それだと魔物の襲撃から国を護ることは出来なかっただろう。




