101.教皇との逢瀬
パチッ。パチッ。
布張りの板の上を駒が置かれる音が静かに鳴り響く。
僕が今居るのは教皇の私邸の庭に造られた東屋だ。そこで教皇と向かい合って天剣地魔という盤上遊戯を行っていた。
パチッ。パチッ。
「王手」
「ちょっ。ちょっと待ちなさい」
「待ったはなしですよ」
慌てる教皇に容赦なく攻撃を続けて行く。終局までは読み切った。ここから逆転は無理だ。それは教皇もすぐに理解したようで降参を告げてきた。
「つ、次です次!」
「はいはい」
なぜこのような状況になったかと言えば、僕たちが癒しの国の王と謁見した翌日。教皇の使いの者が僕達のところにやって来て、僕だけと話がしたいと呼び出されたんだ。
そうして来てみれば「積もる話はお茶でも飲みながらしましょう。そうだ折角なら一つ勝負をしましょう」とどこか楽し気な様子の教皇に迎え入れられ、こうして今ゲームをしている。
「教皇というのは因果なものですね」
「はぁ」
「対等な者が居ないという事はつまり、こうして共に何かをするという事がありません」
「……つまり淋しかったんですか?」
「退屈してたと言ってください」
まあ確かに。王ですら平伏する相手だ。教会内であってもおいそれと話が出来る者は居ないのだろう。当然こんなゲームを一緒にするような相手も居ない訳だ。数百年もの間、心を許せる友も家族もいない。それは想像するだけでもなかなかに辛い日々だ。
「その点あなたであれば問題ないと判断しました」
「いやいや。それは買いかぶりと言うものではないですか?
僕はどこにでも居る普通の人間ですよ」
「普通の人間に邪神龍が倒せる訳ないでしょう」
じとっとした目で見つめてくる。美人はそんな顔でも綺麗なのだからズルいものだ。
「それにしても、盾の勇者は邪神龍と戦って死んだと癒しの勇者から聞いていましたが、なぜ生きているのですか?
それに200年前に会った時に比べ若返ってますね」
「そういう教皇は200年前と全く変わってないですね」
「私は老化などというものとは無縁ですから。
人間とは出来が違うのですよ」
ふふんと胸を張る教皇。なるほど人外の美しさだと思っていたら本当に人間ではなかったのか。エルフを始め、長命な種族は居るし彼女もそのうちの一人なのだろう。あ、そうか。
パチッ。パチッ。
「だから人間を神兵と称して道具のように使ってたんですね。
ちょうど今の捨て駒のように」
「なかなかに良い発想でしょう?
社会の害悪にしかならない存在を有効活用しているのですから」
「否定はしませんが自国の民でマネしたいとは思いませんね」
確かに一時的に犯罪者や貧困者は減るだろう。なにせ纏めて死地に放り込んでいるんだから。だけど問題はその後だ。近い将来、誰かがその状況に気が付く。するとどうなるか。きっと誰かがこう言うだろう。
『国は俺達を使い捨ての道具くらいにしか思ってない。そんな奴らに付き従って居られるか!』
そうしてレジスタンスが生まれ、国内で血で血を洗う殺し合いに発展する。過去にも歴史書の中にもそう言った事例は幾つもあった。大国が滅びるときは決まって内からの反乱が原因だ。
「そんなことより私の質問に答えてください。
あなたは見たところ普通の人間。
なのに200年前に会った時よりもその肉体は若返っている。
邪神龍と戦って死んだはずのあなたがなぜ今生きているのですか?
永く生きた私でさえそんな存在は聞いたことがありません」
「まあ単純に生まれ変わったんですよ。
僕の前世は盾の勇者でしたが、今はその記憶を受け継いだ一人の少年に過ぎません」
「私の威光を簡単に撥ね退ける一般人が居て堪りますか」
どうやら教皇は僕の回答に納得がいかない様子だ。だけど僕としてもなぜ僕が前世の記憶を持って生まれ変わるのか、その答えは持ち合わせてはいない。
「もしかしたら神様なら何か知ってるのかもしれないですけど、彼らに何かを期待するのも無駄と言うものです」
「……まるで神々に会ったことがあるような言い方ですね」
「死んだら会えましたよ。試してみますか?」
「やめておきましょう」
多分神と呼ぶであろうその存在に会えるのは、死んで魂が肉体から離れている僅かな(?)時間だけ。その度に「おぉ、死んでしまうとは情けない」とか言ってくるのは何とかして欲しいものだ。こっちとしては結構頑張って生きてそれなりの結果を出してきたというのに。
そして会って分かったのは、彼らは傍観者、もしくは観測者であるという事だ。常に遠くから見守るだけ。余計な手だしをして来ないだけマシとも言えるけど、きっと何かをお願いしても応えてはくれないだろう。ちなみにフィリスという女神には会ったことは無い。
「あ、そうだ。
200年前から生きてるなら知ってますか」
「何をですか?」
「盾の勇者を歴史から消したのが誰なのか」
「あぁ。それは単純な話です。
あなただって何度も転生を繰り返してきたのなら予想は付いているのでしょう?」
「まあ歴史というのは生き残った人が書き残すものですから」
いつの時代も歴史というものは勝者に都合の良いように改ざんされるものだ。戦争が起きて終わった後、戦争犯罪者が戦勝国から出ることは無い。代わりに英雄が誕生する。これも勝者の特権のようなものだ。都合の悪い事は全部敗者に押し付けられるんだ。
だけど200年前の盾の勇者としてはどうだろうか。僕は特別自分が凄いんだと誇示したことはない。邪神龍討伐隊の中でやはり花形と言えば剣の勇者だったし、僕はどちらかと言えば地味な裏方だった。そんな僕をわざわざ歴史上から葬り去る必要はどこにあったのか。
「一言で言えばあなたが強すぎたのが原因です」
「強すぎた?」
「考えてもみてください。
天使ですら太刀打ちできなかった邪神龍に普通の人間が勝てる訳がないでしょう。
私は6英雄、当時はあなたも含めて7英雄でしたが、彼らを見てまず邪神龍の元に辿り着く事すら出来ずに全滅するだろうなと予想していました。
しかし蓋を開けてみれば邪神龍は倒され、あなたを除いた6人が帰り道で傷だらけになって戻ってきました。当人達は邪神龍とのた戦いが激しかったと言っていましたが。
癒しの勇者は私に隠し事は出来ませんからね。当時の様子は全て聞いています。
邪神龍とまともに戦えたのは盾の勇者だけで自分たちは何もできなかったどころか足手まといでしかなかったと」
邪神龍との戦いの記憶は、余りにも激しかったからか僕の中で朧気だ。とにかく無我夢中で周囲に生きるものたちを護りつつ、邪神龍の攻撃を跳ね返したり盾でぶん殴ったりしてたのだけは覚えている。
「邪神龍が倒れた後、彼らが何を恐れたかと言えば第二第三の盾の勇者が現れることです。
そこで彼らは盾の勇者など途中で逃げて最終決戦にはいなかったんだと言い張ったのです。
もちろん盾の国から反発はありました。そんなはずはない、自分たちの英雄が逃げ出すなどありえないと。
しかし生き残った6英雄が口を揃えて盾の勇者などいなかったと主張した結果、それが正しい事として歴史に残ったのです。
そしてそれだけでは不安だったのでしょうね。
国に帰り自ら王となった剣の勇者は自ら陣頭に立ち盾の国を攻め滅ぼそうとしました」
「あぁ、それで邪神龍が倒れた3年後に剣の国が攻めて来てたんだ」
邪神龍討伐前は盾の国と剣の国とは比較的良好な関係だったと記憶していた。なのに復興間もないそんな時期に攻めてくるなんて余程前から準備していたのか切羽詰まっていたかのどちらかだと思ってたけど後者だったのか。
そして。その戦争で見事剣の国の侵攻を食い止めた盾の国は勢い余って剣の勇者を討伐してしまったと。そりゃお互い険悪にもなるね。片や謂れも無く攻撃を受け、片や自分たちの英雄が殺されたんだから。まぁ盾の国からしたら逆恨みも良いところだ。




