10.市場に行こう
いつもお読みいただきありがとうございます。
この先の話は、若干迷いはしましたが予定通り進めることにしました(詳しくは次の次の話で)
朝食を終えて。皆はそれぞれ執務なり何なりに向かって行った。僕はと言えば特別決まったスケジュールなどはまだない。ある意味それを決めるのが今の僕の仕事とも言える。ただ決めるにしても色々見てからかな。
「そういえばティーラは今どうしてるの?」
「はい。ここの騎士団に混ざって朝練に出ているようです」
「朝練か」
「彼女も色々と思うところがあったようで1から鍛え直したいって言ってました」
それはその、昨日の1件でってことかな。僕から見たらそれほど大きな失敗はしてなかったと思うんだけど本人的には反省点が多かったって事か。ただそれはそれとして今の僕に頼れるのはサラとティーラしかいない。
「悪いんだけど呼んでもらっても良いかな。
これから街の視察に行くから護衛をお願いしたくて」
「そういう事であれば遠慮する必要はありませんよ。すぐに呼んできます」
「あ、お忍びで歩きたいから私服で来てって伝えて」
「分かりました」
お茶を飲んで待つ事20分。
ノックの音と共に部屋に入って来たティーラはパンツスタイルですらっとしていて男装の麗人って雰囲気だった。その左腕に付いている小盾が無ければお茶会などで女性陣に囲まれそうだ。
「遅くなりました、アル様」
「僕の都合で訓練を中断させてしまってごめんね」
「いえ、何よりもアル様が優先ですので」
「うーん、そこまで畏まる必要も無いと思うんだけどね」
言っても騎士としては守護対象とは一定の距離を保つべしとかありそうだしな。無理強いは返って良くないか。
ともかくここに居ても仕方ないのでティーラをお供に領館の外に向かう事にした。あ、サラはお留守番だ。久しぶりの実家だしやりたい事や僕の前では出来ない家族との会話とかもあるだろうしね。
ただ、その選択は失敗だったとすぐに思い至った。
「道の分かる人を連れてくるべきだった」
「そう言われるかと思ってここの騎士団から助っ人を呼んでいます」
「おお、準備がいい」
ティーラの言葉通り、外に出たところで1人の男性が僕らを待っていた。年齢は20代半ばくらい。騎士にしては細身だけど無駄なぜい肉もない引き締まった肉体なのが服の上からでも分かる。
「お待ちしておりました王子。バックラー騎士団のグントと申します」
「よろしくグント。あと僕の事は『アル』って呼んで欲しい。いいかな」
「アル様、ですか」
「本当は様も無くて良いんだけどね」
「それは流石に不敬が過ぎると思うのですが」
そもそもの話、ティーラもグントも左手に小盾を装備している。そんな2人を連れた子供が普通ではないっていうのは一目瞭然だ。かと言って今から変装してきてもらう訳にもいかない。
「まぁ、どこかの貴族の子供が遊びに来てる、くらいならいっか」
「それでおう……アル様。どちらに向かわれますか?」
「まずは市場かな」
「はっ、では南街区に行きましょう」
そうして僕らは連れ立って移動した。あ、もちろん徒歩だ。メインストリートは馬車が通れる道幅はあるけどそれじゃあ全くお忍びにならないからね。
市場はそれなりの賑わいを見せていた。野菜や果物を中心に動物や魔物の肉を売っている店もちらほら。魚が無いのは近くに海が無いので仕方ない。
道行く人々を見ても子供連れの母親だったりどこかの商店の使いみたいな子供だったりがより良い品を求めて何件かのお店を見て回っている。子供が安心して走り回っているのは治安が良い証拠だ。
僕も試しに近くの果物屋の商品を眺めてみる。200年前に比べると実に様々なものが売られていて見るだけでも楽しい。もっとも、あの頃は皆生きるので精一杯で味とか贅沢とかとは無縁だったから生の果物が売られていること自体が稀だった。
「グントから見て物価はどう?ここ数年で考えて特別上がったとか知ってる?」
「そう、ですね。私が子供の頃とそれほど違いは無いと思います」
「そっか」
きっとそれは平和な証拠なのだろう。戦争などが始まると麦を始めとした主食になるものは軒並み物価が上がるしそれにつられて他のものも値上がりする。
そうやって眺めていたら店主が声を掛けてきた。
「いらっしゃい。見ない顔だな。どこから来なさったね」
「王都の方から。当分はこちらに居る予定です」
「そうかい。どうだいここは良い街だろ?」
そう言って胸を張るおじさんは自慢げだ。多分この街が好きなんだろうな。
「そうですね。王都にも負けてないと思います」
「がっはっは。そうか王都に負けてないか。そりゃいい。
なら王都以上に気前のいい所も見せてやらないとな!
ほら、これ持っていきな」
おじさんは僕に売り物のリンゴを1つ渡してくれた。そこでふと気付く。僕お金持ってない。後ろを見ればティーラとグント。
「ごめんなさい、おじさん。僕今日はお金持ってきてない」
「ん?いやそいつはサービスだぞ」
「あ、うん。ありがとうございます」
「あの、アル様。何か欲しいなら私が出しますよ」
悩む様子を見せた僕にそっとティーラが言ってくれるけど、それじゃあ意味がないんだ。
そんな僕の思いの代弁者は店の奥からゲンコツを伴ってやってきた。
「まったく馬鹿だねあんたは。
3人連れに1個しかリンゴ渡さないんじゃ、どう分ければ良いか困っちまうだろ」
「いてぇよ母ちゃん」
「ほら後ろの2人も持っていきな」
ぽんと投げ渡されたリンゴを危なげ無く受け取るティーラとグント。
「ありがとうおばさん。次はちゃんとお金持ってきますね」
「ああ、そうしておくれ」
気前の良いおばさんにお礼を言いながら貰ったリンゴを齧る。
「うん、甘くて美味しいね」
にっこり笑う僕を見て周りのみんなもにっこり。やっぱり笑顔は伝染する平和の象徴だ。これを護ることが今も変わらない僕のやりたいことなんだよな。