第2話 女神オステリア
気を失ってから時間にしてどれくらいだろう。もしかして一瞬なのかも知れない。とにかく俺は目を覚ました。
(朝?……やべ!寝過ごした?仕事行かなきゃ!?)
と呑気なことを思ったが、すぐに俺は死にかけていたことを思いだす。
「ち、違うよな……そ、そうだ!俺はトラックに!」
慌てた俺は、ガバッと上半身を起こして自分の体を見る。そこにあったのは、さっきまで着ていた俺の私服だ。ところどころ破れているが、朝着てきたものと相違ない。
「き、傷は!?」
腹のシャツをめくって自分の体をチェックしてみる。俺は、その自分の体を見て驚愕した。
「傷が……なくなってる……」
なんと、さっきまでの傷がすっかり消えているのだ。血すら付いていない・・・・どういうことだろうか。もしかして、相当な時間眠っていて病院で治療を受けたあとなのだろうか・・・・しかし、ならば私服でいることも変だ。
「どういうことだ……」
俺は改めて周囲を見渡す。
「ここは?……」
俺が目にしたのは不思議な光景だった。どうやら俺は床に寝かされていたらしい。先ほどまでのアスファルトの上ではない。どこかの部屋だ。
「鉄製の部屋?」
みるからに普通の部屋ではない。というか、とても変な部屋に俺はいることに気がついた。
ブオン……ブオン……
と何やら電子音はするし、それに特徴的なのは壁だ。電気回路のようなものがビッシリと走っている。それが点滅して異様な雰囲気を醸し出している。なんといえばいいのか……。そう、昔アニメで見た宇宙戦艦的なものと言えばわかるだろうか……。
「ど、どういう状況?」
ここは少なくとも病室ではなさそうだ。もし病室だとすると、かなりエキセントリックな院長に違いない。第一、俺が寝ているのは床だ。床に寝かす病院がどこにあるだろうか・・・・。
俺が状況を掴みかねていると、うしろから突然に声がかかる。
「目が覚めましたか?」
「うわ!?」
真後ろから聞こえた声に、俺は心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
「誰!?」
即座に振り返る。するとそこに一人の女性が立っていた。
「うわ……」
俺は思わず声に出してしまった。なぜなら、そこにいたのはとても美しい女性だったからだ。その美しさに驚いた。そりゃ、都心に住んでりゃ色々な人がいる。綺麗な人とかに見惚れたことはあった。しかし、そこに立っている女性は次元が違う・・・。この世のものとは思えないほどの美しさなのだ。
(人……なのか?)
女性だが、とんでもない美女だ。この世のものではないくらい美しい。人と言われても逆に違和感を感じてしまう。
髪は銀色で淡く光っている。顔はハリウッド女優なんて目ではない美しさだ。ヨーロッパ系の顔立ちだが、どこか幼い雰囲気を残している
瞳の色はまるで透き通った空のような、キラキラしたブルー。身長は、163cmの俺と同じくらい。フワリとした白いドレスに身を包んでいて、スリットの入っている腰から下に、スラリとした長い脚が見えている。
「ゴクリ……」
俺は失礼とは思いながら、その脚を見つめてしまう。そして、下から上へ舐めるように視線を上げる。キュッと絞ったウエスト、しかし華奢な印象をうけない。それは、豊な胸のせいだろう。胸が多少開いているドレスのせいか、谷間が見えている。これがまた煽情的だ。しかし、エロい雰囲気は一切ない。むしろ神々しいくらいだ。
俺は直感した。
(この女性は人ではない)と……。
人間ではない。もっと高次元な存在。妖精とか、神様とか、そんな存在だ……。
そんなことを思っていると……、その人ならざる女性は語りかけてきた。
「はじめまして神崎龍二さん、私の名前はオステリア。ダリア界の一柱、美と武の女神です」
「びぶ(美武)の女神?」
「……続けて読むのはやめてください」
「め、女神?ダリア界?」
オステリアと名乗る女性(女神)は、ニコリと笑顔を見せると語り出した。
「はい。女神です。ダリア界というのは、そうですね・・あなたの世界でいうと、神界といったところでしょうか。ちなみに地上界のことをウチラース界といいます」
「なるほど……」
「おや?疑わないのですか?」
女神が面白そうに俺に微笑を投げかけた。
「いえ……信じます。あなたは人間でないのは判ります」
突然「私は女神です」と言われたら、普通は怪しむものだが。俺はすでに信じていた。たしかに目の前にいる女性は、人ではない。それは確信していた。
俺が思考していると、女神は諭すような口調で俺に語りかける。
「すごい……理解が早くて助かります。それに思っていたよりも、冷静ですね。それでは本題に入りましょう。神崎龍二さん、落ち着いて聞いてくださいね」
柔和な笑顔を絶やさず、まるで美しい竪琴のような声色で俺の目をみながら語りかけてきた。その声に嫌が応でも惹かれてしまう。
「な、なんでしょう?」
女神の次の発言を待っていると、女神は少し考えるような仕草をすると顔を上げた。
「まずは、説明する前に映像を見せたほうが理解しやすいでしょう」
すると女神は左手を空中にむけてあげた。そして、その手が光りはじめた。
「え!?な、なに!?」
俺が動揺すると、彼女が語りかける。
「落ち着いて……これを見てください」
女神は光る手で何もない空中に線を引きはじめた。まるで、暗闇にライトで線を引くように。線で引かれた軌跡は、大きな正方形だった。そして、空中に浮かぶ正方形は光りはじめた。
ポワン……
「あ、すごい……ディ、ディスプレイ?」
光る正方形は、その中に映像を映しだした。つまり浮かぶディスプレイだ・・・・。何もない空間に突然それが現れたのだ。俺は驚いた。そのディスプレイは映像を流しはじめていた。
「これは……葬式?」
「はい、日本のお葬式というものです」
その映像は、とある葬式を天井からカメラをむけて撮影されたもののようだ。
「…………」
機械的な部屋に、美しい女神。そして、日本の葬式映像が横に並んでいる状況。何だか違和感ハンパない。
しかし、何?唐突にさ……いきなり、人の葬式を写すなんて趣味悪いぞ・・・この女神、一体どういうつもりなんだ?しかし、俺は葬式を見ながら背筋が冷たくなるのを感じた。
(も、もしかして……この葬式って……)
俺は嫌な予感がビンビンしていた。そして、先行きを半分予想していた。
(で、でも俺は、こーしてここにいるし!生きてる実感あるし!)
嫌な予想を打ち消すかのように、俺は立ち上がりディスプレイに近づいた。そして映像を食い入るように見つめる。すると……その葬式に知った顔がいることを気がついた。
「良太?良太がいるじゃないか!あいつボロボロに泣いている……横にはユウカちゃんもいるな……」
良太が泣きはらした顔に、横にも負けずに泣いているユウカちゃん。兄、妹とそろって泣いている。そして、その二人の前に棺桶がある。
……おい。まさか……
俺は勇気を出して女神に質問してみることにした。
「め、女神オステリアさん? もしかして、この葬式って」
「はい、察しが良くて助かります。アップにしましょうか……」
女神オステリアが、何やら人差し指で空間をトントンとクリックした。
カチカチ!
思いっきりマウス音が空間に響く。
(音がマウスのクリック音!雰囲気だせーな!おい!)
俺が心の中でツッコミを入れていると、ウィンドウ内のカメラ?が棺桶に近づき、中に入っている人の顔が見えるようになった。
「!!」
俺はその顔を見て、よろよろと後退して尻もちついてしまった。
そこには、見慣れた顔が目をとじて横たわっていたのだ。35年も見続けた顔、見間違えるはずがない。
俺だ……俺が棺桶の中にいた……
「お、俺だ……嘘だろ……。俺は今ここにいるし。いったい……」
「はい、神崎龍二さん。あなたは死にました。享年35歳、短い人生でしたがお疲れ様でした。ハゲ、デブ、オッサン、チビ、の三種の神器をお待ちでしたね」
「いや、今あんた4つ言ったよね!ていうか、それ言う必要ある!?」
意外と性格悪いのか、この女神。確かに俺は、ブサイクだったしモテなかったけどさ……。すげー綺麗な人に改めて言われると落ち込むぞ。
ふと、その画面から声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、龍二お兄さんが……。私のせいで」
これはユウカちゃんの声だ、続いて良太の声が聞こえる。
「ユウカ、お前がしたことは許されるものじゃない。十字架として一生背負うんだ。助けてくれた龍二を見捨てて逃げた……。龍二が不憫すぎる」
良太は枯れた声で、ゆっくりと諭すようにユウカちゃんに語っていた。ユウカちゃんは、ハンカチを口にあてて震えながら、兄の言葉に頷いていた。
「お兄ちゃん……、私はなんてことを」
俺はその会話を聞きながら、俺は急速に自分が冷静になっていくのを感じる。
(うん、まぁ良太の言っていることは正しいな。ぶっちゃけ、それくらい言ってくれないとな……ていうか、俺 マジで死んでしまったんだな)
そんなことを冷静に考えていた。人が泣いている姿とかをみると、なぜか冷静になってしまう。こうして画面でみると、実感せざるを得ない。俺は死んだんだ。これから俺はどーなるんだ? 死んだというなら、何故俺はここにいるんだ?
(もしかして、ここはあの世?あの世にしては・・・・この部屋、宇宙戦艦っぽいんですけど・・・・)
「あなたが死んだということは理解できましたか?」
女神は左手をあげると、さっきの画面が「フッ」と消えた。すごい技術なのは認めるが、さっきのマウス音は何だったのだろう……。
「はぁ……。まぁ理解しました。もしかして、これから地獄に行くのでしょうか?」
女神は笑顔を絶やさず、右手の人差し指を、こめかみに当てた。考えるような仕草だまだ、エッチなところまで行っていませんが、その姿が、むちゃくちゃ可愛い。なんだそれ……。
「地獄?ああ・・・地球の人が想像で造りだしたアレですね。いえ、残念ながら貴方が行くのはそこではありませんよ」
良かった、地獄じゃないんだな。俺はホッとした。
「じゃあ天国?」
そう質問すると、女神は首をゆっくりと横に振る。
「天国でも地獄でもありません。しかし、貴方はこれから行く場所があります。いえ、厳密にいうと行くのではなく、あなたは生まれ変わって違う世界に誕生するのです」
俺はそこまで聞くと、ここからの流れを理解した。
「転生!!転生ですか!?」
「そう、転生です。理解できますか?」
「も、もちろんです!転生……やった!憧れていたんですよ!」
「そ、そうなのですか?まぁ、理解が早いこと……助かりますが……。」
女神は興奮気味な俺に完全に引いていた。
「やった……俺が転生かぁ」
俺は喜びに打ち震えるのを感じていた。実は、俺はラノベ大好き男だ。その中でも転生ものは大好物である。トラックに轢かれて女神に会う。完全にテンプレである。俺の両親は小さいときに死んでいるし、兄弟もいない。親戚はゼロだ。 友達も良太くらいだし、元の世界に未練はない。転生ばっちこい!だ。
「転生が理解できるのなら話が早くて助かります、ではさっそく……」
女神が話を続けようとすると、俺は興奮を押さえ切れずに女神の言葉を遮った。
「もし転生するなら、お金持ちでイケメンにしてください!ついでもチートも下さい!」
「は? 」
「だからぁ、チートですよ!無双できるやつ!いろいろチート貰えるんでしょ?」
「え?は?」
女神は戸惑っているが、俺は構わず続けた。
「モテたいし、才能とかで稼いで優雅に暮らしたいですし。ふふふ、楽しみだ!えっと、種族とかも選べるんです?」
俺が矢継ぎ早に語っていると、女神が俯き加減にしていることに気がついた。
「あの?聞いてます?」
「ええ……聞いていますとも……」
顔を上げた女神の顔をみて、俺は青ざめた。
「ひっ!?」
その顔は、美しい容姿はそのままだが、殺意の塊のような表情に変わっていた。先ほどまでの柔和は表情は消し飛んでいる。何が怖いって、目が光っていた……。
「あの……め、女神さま?」
「……愚かな男よ。身の程を知りなさい」
「へ?」
転生前の主人公、人格未熟。これからの成長にご期待ください。主人公として成長していきます。