第7話 廃屋と元我が家
車を走らせる。もうガソリンもあまり残っていない。車が手に入ってもガソリンが無ければどうにもできない。それがわかってしまった私たちの帰りの車は行きほど賑やかにはできなかった。
「二人になんて言おっか」
「はっきり言うしかないでしょうね」
沈黙が肌を刺す。収穫はある、でも無力感が全身を包む。どうにもできないことが分かったことを収穫というならこんな収穫は要らなかった。今更悔やんでもどうにもならないことは分かってるけど。
でもその沈黙が気づかせたこともある。
「ねぇ」
「どうかしたの?」
「このあたりさ、燃えた家が多くない?」
「確かに」
車の速度を少し落とす。このあたりにはあまりゾンビたちもいないので、多少スピードを落としても問題ないだろう。それにしても焼け焦げた家の跡が多すぎる。ゾンビがいないというか、呻き声一つ聞こえてこない。あいつらはどこにでもいるし、常にやかましい呻き声の合唱をしている。それがここは完全な無だ。車を止めてしまえば、無音過ぎて不気味ですらある。
「何があったんだろうね」
「さぁ、でも途轍もなく不気味ね」
「不気味だし、気持ち悪いし、最悪」
「でも少し見て回りましょうか」
「なんで?」
「昨日の大学もそうだったけど、火事が多すぎるでしょ?」
「自分たちでつけたんじゃないの?」
「それならいいけど、一応ね、杞憂ならそれで笑って帰ればいいんだから」
「そこまで言うならいいけど」
二人で車を降りて、近くの家を見て回る。もう焦げくささもしないほど時間が経っているらしい。ただ人が暮らしていたらしい残り香が寂しく漂っている。よほど激しかったのか人の形をしているものすらない。
「なにも無いね・・・」
「無いわね・・・」
本当に何も無いのだ。生き物の痕跡だけが全て燃え尽きている。家や家具、車みたいな家財はたまに残っているものが見つかるけれど、それだけだ。奇妙なのは焼死体だけが見つからないことだ。どれだけ激しい大火だったとしても、人の欠片も見つからないなんてことがあるのだろうか。人体にも火事にも詳しくないけど、これだけ探して何も見つからないのは異常ではなかろうか。でも大火災ならそんなこともあるだろうと心が囁く。だからといって何も見つからないのはやっぱりおかしいだろうとも言っている。
「ねぇ」
「やっぱりおかしくないかしら」
「え?」
「これだけ探して、死体の欠片も見つからないなんてことがあるのかしら」
「私も思ってたよ」
「ほんと?やっぱり変よね?何もないなんて」
美都も同じことを思っていたらしい。でも、ここから先に進めないのも一緒だ。二人とも単なる文系の大学生でしかないのだから。いや、元大学生か、学費を払わなくなって久しい私たちはもう除籍処分だろう。世界が無事だったらの話だけど。私がくだらないことを考えている間に美都が何かに気づいたらしい。
「どうかしたの?」
「結構前なんだけど、外で煙が登っていたのを見たのを覚えてる?」
「どれぐらい?」
「結構は結構よ。あぁ、カレンダーが欲しいわ」
「あ、あったかも。すごい煙でみんなで見なかったっけ」
「そう、それ」
「それがここだったってこと?」
「かもってだけだけどね。もう結構前の話だし」
「うん、もういいんじゃない?帰ろうよ」
「・・・そうね。これ以上いてもしょうがなさそうだし」
今思えば何となく嫌な予感を二人とも感じていたのだろう。
少し駆け足で車に戻って、そのまま発進させる。ここは安全かもしれないけど不気味が過ぎる。少し車を走らせると懐かしの我が家が見えてくる。でも少し様子がおかしい。それは美都も同じだったらしい。それでも認めたくなくて、何も言わないまま車を走らせる。
数分間の無言の後に辿り着いたのは廃墟と化した我が家だった。
「・・・」
「・・・」
「ねぇ」
「・・・何」
「何かあったのかな」
「さぁ」
もう私たちは言葉を交わすこともなく車に戻って、泣いて泣いて泣いて泣いて、泣き疲れていつの間にか眠っていた。
(追記)
結局廃墟の後から二人を示すものは見つからなかった。そしてあの廃墟の街と同じように、ゾンビもいなくなっていた。前は住処から出ることすらもままならなかったのに。二人で話し合って葬式は上げないことにした。もしかしたら二人はどこかに逃げおおせたかもしれないから。
私たちはここを離れることにした。だってもう何もいないし、誰もいない、そして私たちが留まる理由も。