第3話 でーと
私たちが拠点にしている、というか住んでいる場所はかなり安全な場所なのだが、それでも下の階はやはり心配になるものでこうやって定期的に巡回を行っている。それに出入口として使っている場所からゾンビに入ってこられると非常に困った事態になるわけなのでこうした巡回が欠かせないわけなのだ。ついでに生協のバックヤードから物を持っていったりする。そしてもはや諦めているが生存者を探したり、とか。期待したことないけど。
「姫乃、そっちはどう?」
「ずぅえーんぜん。何もないね」
「こっちもよ。そろそろほんとに住処を変える必要があると思うのよね」
「あー、みんな目そらしてるけどね」
「あなた含め、ね」
既にここに住み着いて数か月。カップ麺や缶詰、お菓子とかの賞味期限が長いものをちまちまとやりくりしながらここまでやってきてはいるものの、やはり限界が近い。限界が近いとはいえ、切り詰めれば一、二か月は優に持つ量ではある。でも問題は底が見えてしまったことだと祥子は言う。それに関しては祥子と陽莉が喧嘩しながら話し合いをしていた。
「だから!今余裕のあるうちに、外に新しい拠点を探すべきだって言ってんだよ!」
「だってだって、危ないじゃない・・・。もうちょっとだけでも」
「んなもんどこにいたって同じだろうが!今だって物資探しに外出てるだろ!」
「それだって嫌よ!毎回毎回ちゃんと帰ってくるのかなって、怪我してないかなって、また一緒にご飯食べられるかなって思ってるのよ!」
「それは・・・知ってるけどよ」
「だから菜園とか水のろ過とかいろいろ考えてるのよ・・・」
「・・・」
ここ最近は二回に一回はそんな平行線の会話が続く。いや、陽莉だってわかっているのだろう。食事を一手に引き受けているからこそ食事の量や質が足りないことをわかっているはずなのだ。だからこそ自分が外に出ていない状況で外に行ってなんて言えないんだと思う。
「やっぱり他の場所探した方が良いと思ってるんだよね」
「それは、みんな同じ気持ちなんだけどね・・・」
「ここより安全な場所をどうやって見つけるのって話なんだよね」
空であろう段ボールをひっくり返し、棚を除き隅っこを探す。無駄なんだろうと思う。それでも探さずにはいられない。実はどこかに地下につながるドアがあってそこで備蓄や住処が確立できるかも、なんて。残念ながら現実にそんなことがあるはずも無く、ただの大学の一生徒でしかない私たちが探せるはずも無い。
「あ」
「どうかしたの、美都?」
「何とかなるかも」
「何が?食料?あ」
彼女の手に握られていたのは、銀に輝く車の鍵。思わず黙り込みお互いの顔を見合わせる。どうにもならないと半ばあきらめていた問題の答えが急に目の前に出てくれば固まりもする。もし、もしも本当にこれが車の鍵で、その車が閊える状態だとすれば、ここからの脱出が現実的な案になってくる。徒歩で出歩くよりもずっとずっと安全に外に行くことが出来るのだから。
「み、美都ってば、は、早く戻らないと」
「え、ええ。あんまり興奮しないの。危険な場所なんだから。落ちついて、一緒に戻りましょう」
「う、うん。わかった。落ち着く」
大きく息を吸って吐いて、深呼吸。逸る心臓を無理やり気味に落ち着ける。皮肉なことに結局落ち着かせたのは深呼吸でも美都でもない。
ゔぅーー
少し離れたところから聞こえてくる唸り声。一気に全身に氷を浴びたように寒くなる。ここは危険な場所で一瞬たりとも気を抜いていい場所ではないということを再認識する。そう、ここは危険地帯、危険地帯と何度も唱える。幸い、あちらはこちらに気づくこともなくどこかにさっていったらしい。少しは慣れたものかと思っていたが、やっぱりまだまだ慣れていないらしい。
抜き足差し足、なにはともあれ二人でまた帰ってくることが出来た。とりあえず上の階まで戻ってきて、思わずへたり込む。
「大丈夫?」
「だいじょうぶ、でもない。やっぱり怖いね」
「それでいいのよ。アレに慣れたいとは私も思わないし」
安心させようとしてくれているのか抱きしめてくれる。その気持ちはとても嬉しい、のだけれど。
「そりゃ美都も怖かったよね」
「あ、当たり前じゃない」
抱きしめてくれている腕どころか全身が震えていれば、逆にこっちが落ち着いてしまう。とりあえず今にも泣きそうな美都を私も抱きしめる。二人で抱き合っていると互いの体温が伝わってきて二人とも生きてるんだなと感じる。
「もう、だいじょうぶそうだね」
「・・・もう少し。まだ足りないわ」
「美都ちゃんは甘えん坊だもんね~」
「うるさい」
抱きしめているうちに気持ちが落ち着いてきたのかやっと離れた。そんな美都を見ていると、そういえば前から言いたいことがあったことを思い出した。
「ねぇねぇ美都」
「何?」
「前から思ってたんだけどね?」
「ええ」
「二人で出かけるのってなんかデートみたいだよね」
「あなた結構図太いわよね・・・」