第1話 終わる世界とつながる空
半年前の今でも覚えているあの日、世界が終わったあの日。地獄の蓋が開いたというのはあれを表しているのだろうと心の底から思った。溢れたのは悪鬼ではなく化け物だったが。時が経ちあれらが「ゾンビ」だと聞いた、心底どうでもよかったが。響く悲鳴、血が混ざり朱が混じった煙、鼻をつく腐臭と肉の焼ける匂い。襲い来る現実に名前など必要ないと思いながらも、結局私はあれを「ゾンビ」と呼んだ。
地獄が溢れてから数か月。恐ろしいことに人間はこんな状況でも適応することが出来るらしい。外から微かに聞こえてくる呻き声をBGMに起き上がる。ある程度慣れたとはいうものの、やはり床で寝るとベッドに比べてあまり疲れが取れていない気がする。ここは大学の部室棟、今の私達の住処だ。
「おはよう美都、今日も早いのね」
いつも私よりも早く起きて軽い運動をしている彼女の名前は雲雀坂 美都、長身でポニーテールが特徴。お世話焼きなのがちょっと玉に瑕。
「どちらかというとあなたが寝すぎだと思うのだけれど」
彼女の苦言を聞き流し、着替える。確かに自分は他の人に比べて睡眠時間が長い。美都など以前に比べて睡眠時間が三時間は減ったと言っていたし、みんな多かれ少なかれ睡眠時間は減っているらしい。ここでは私が少数派である、別にだから何かがあるわけでもないが。
「今日の朝ごはんは何?」
「目玉焼きって言ってたよ。卵産んだんだって」
「ほんと?パンもある?」
「パンは無いんじゃないかな、私も欲しいけどね。ほら、早く起きて」
「うん。でも待って、日記持っていく」
「日記?そんなの書いてたっけ」
「今日から書こうと思って、記録したら何か役に立つかもしれないじゃない?」
負けないために戦う者は必ず負ける。誰のセリフかはわからない。でもきっとその通りなのだろう。底が見える食料、増えない水、目の前にある問題は多すぎて未来を考えることも無い。でもそれじゃ駄目なのだ。勝つために、未来を勝ち取るために私たちは時にリスクを負うことも必要、だと思う。
「それもそうね、でもあなた続けられるの?」
「続けるし!」
ちょっと自信が無いのは内緒。今日だけ頑張ればいつか習慣になるって禁煙五回目の成功に挑むおばあちゃんが言ってた。
「あ、二人とも起きてきたの。ご飯できてるよ」
「一緒にしないで、寝てたのはこっち」
ほっそい目のナイスバディのお姉さんは高橋 陽莉、彼女の料理の腕は私達の中でもピカ一で食事に関しては彼女が一手に引き受けている。おかげで私たちは彼女に頭が上がらないわけだが。
「まだ一人足りないじゃん、寝てるの?」
「祥子はパスだって」
未だ起きてこないつもりらしい夜々月 祥子は、また今度で良いだろう。
「何書いてるの?」
「わっ、見ちゃダメ!必要になったらね!」
急に後ろから覗き込んでくる陽莉はもう少し遠慮を知るべきだと思う。・・・言えないけど。必死に彼女から日記を隠しながら話を逸らす。
「そういえば、食料ってどうなの?」
「食料?前よりはだいぶマシになったかな、小さいけど菜園作ったし鶏育てるのが案外うまくいってるし」
「ほうほう、つまり外に行く頻度が減らせると」
「そういうこと、いつも二人に無理させてたから」
陽莉は家事を一手に引き受けてくれていたこともあってほとんど外に出ることも無い。私達としては適材適所だと思っていたのだが本人的にはそうもいかないらしい。
どうしよう、もう書くことが無い。
「姫乃、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
そうだ、忘れていた、私の名前は織坂 姫乃。自己紹介は恥ずかしいからいいや。誰が見るのかもわからないのに自語りなんて恥ずかしすぎて死ねる。