第30話 黄金姫騎士
辺境の砦であるランコォーンは出入りをするにはたった一つの北門を突破するしかない。
その他の東、南、西は断崖絶壁となっており、北門さえ閉じてしまえばその他の侵入は不可能。
しかしそれは同時に、立てこもってしまえば脱出の経路を失うことになる。
食料などの備蓄にも余裕があるわけではない。
生き残るためにはどこかで敵を蹴散らして正面突破を強いられる。
そして、それは絶対に不可能。
巨大な北門の城壁の下に続々と集っていくキカイの兵団に対して、獣人族の姫は悲痛な表情を浮かべていた。
「ふぅ……援軍は……流石に一日では無理よね……」
姫の名はアシリア。獅子人族。
獣王の娘にして、獣人族の誇る気高き姫騎士。
剣技の才能に溢れ、まじめな性格ゆえに怠け者には厳しい一面を見せることはあるが、騎士道を尊ぶ姿から民の人気がとても高く、部下からも非常に尊敬されて慕われている。
そんな姫が、キカイの兵団を前に決断を迫られていた。
「キカイたちはまだ大人しいわね……どうやら、大結界を破れないと判断しているようね」
長く美しい黄金の髪を頭の後ろでまとめたポニーテイル。獣の耳と尾。
白いフリルのついた騎士の鎧。青い短いスカートをひらつかせ、腰元には宝石の装飾が散りばめられた剣を携えている。
凛とした青い瞳と高潔なる美貌。
その美しさと強さを称えて人類は「黄金姫騎士」と呼ぶが、そんな彼女もキカイの前には敵わず、民たちを守るためにはこうして立てこもる以外の手段しかなかった。
「最悪な状況であるけれど、あなたがいてくれたのは幸いだったわ……セフレナ」
いかに堅牢な城壁とはいえ、キカイの攻撃力であれば時間をかけて攻撃すれば突破できないわけではない。
それが突破できずにキカイたちがただ立ち尽くしているのは、キカイの攻撃力すら弾く障壁の存在があった。
「そう言っていただけて~、感謝です~、私の術とおっぱいの大きさは獣人イチだと自負してますから~」
ゆっくりと、ほんわかと、微笑みながら頷く一人の女。
狐人族の戦乙女、セフレナ。
栗色に染まった柔らかそうなふわふわした髪と、狐人族の耳とフサフサの尾を持っている。
緑に染まった戦乙女の鎧で押しつぶして隠しているものの、その鎧の下に備わるたわわな胸には絶対の自負を持っている。
「お、おっぱ、そ、それは何とも言えないけれど、いえ、確かにあなたは大きいというか大きすぎるというか……」
「はい~、ですが~、アリシア姫のおっぱいの大きさは二番目ですが~、美しさは一番ですので~」
彼女はアシリアが幼いころからの側近であり、獣人族でも有数の戦士にして術使い。
普段はおっとりとした優しいお姉さんという印象を持たれ、虫も殺さないようなぽわんぽわんほんわかした空気を放っている。
「ちょっ、な、なにを言っているのよこんなときに!? ……まったく……ふふ、こんな時にも冗談を言うなんて、あなたらしいわね」
そんなセフレナに生真面目な性格であるアシリアは顔を赤くして怒るが、すぐに苦笑する。
こういうやり取りすらもうすぐできなくなると分かっているからだ。
「それで……術はいつまで持つのかしら?」
「……あと数時間です~……」
「そう……いよいよ、限界ということね」
キカイの侵入を防ぐために展開した強力な結界。
しかし、それは永続ではない。
いかなる強力な術者とはいえ、休みなく展開をしていれば当然限界を迎える。
そして、その時間は間もなく迎えることになる。
「昨日、魔王軍に援軍を求めに行った部隊はやはりキカイの追撃に……いえ、万が一辿り着いたとしても、この砦までたどり着くには最速でも明日以降になると考えると……もう、覚悟を決めるしかないわね」
覚悟を決める。
それは、一人でも多くの生存者を残すための道。
このまま立てこもっても、術が切れればキカイたちが砦内になだれ込んできて、全滅は免れない。
それを阻止するためには、戦える者たちでキカイたちに立ち向かい、道を切り開くのみ。
「姫、あたいら巨暴部隊の配置できたぜ!」
そのとき、アシリアの元へ一人の指揮官が現れ片膝をついた。
巨漢のオーク族の女。
相手が姫でありながらも粗暴な口調であるものの、アシリアはそれを窘めることも不快に思うような反応も見せず、一方でそのオーク族の女もまたその瞳は忠誠心と熱い想いが漲っていた。
それが二人の信頼関係なのだ。
さらに、アシリアが振り返り、城壁下の城内を見下ろすと、門の前にズラリとオークや牛人族など巨体と膂力に特化した者たちが百人近く待機していた。
「トントロ隊長……」
「あたいらが先陣切って、キカイたちを蹴散らして足止めするからよ。その後に姫様たちが民を連れて離脱すんだぜ?」
「……ッ……でも……」
「それしか方法ないって、姫!」
既に覚悟を決めた目。
アシリアは歯噛みする。
キカイたちに特攻し、足止めをするとはどういうことか? それは、もはや「死んで来い」ということになる。
「……それなら私も――――」
「姫様とセフレナ魔術団長は民たちの避難をお願いしたいってことだよ!」
「でも!」
「お願いしたてーのよ!」
「ッ……」
ならば、自分も一緒に戦おうと告げようとしたアシリアだが、オークのトントロはそれを遮り、「民と一緒に逃げろ」という意味を込めた願いを口にした。
「わ、私は……」
情けない。部下たちに、仲間たちに守られ、気を使われ、そして逃げろと言われている。
己の無力さにアシリアは歯噛みする。
セフレナも切なそうな表情を浮かべる。
そして……
「私は、お前たちを生涯誇りに思うッ!!」
城壁に立ち、輝く宝剣を天に向けて掲げてそう叫ぶアシリアの瞳には涙が浮かんでいる。
だが、その神々しい姿に、獣人の兵たちは気持ちを高ぶらせて敬礼する。
「あたいたちも……最後の号令を姫の下で、姫たちを守るために散ることができて、本望……ですよ!」
「トントロ!? っ、こ、こんなときにあなたは……急に反則よ……」
「へへ、姫こそが希望。ムカつく魔族共と協力して……いつか……」
「分かっているわ」
にこりと微笑むオークのトントロ。
そして、城壁に集った巨暴部隊たちも皆が爽やかに笑っている。
彼らとて、家族や帰りを待つ者たちだっている。
しかしそれでも……と、思ったとき。
「あ……」
「ッッ!??」
僅かな風が吹いた。
アシリアの短いスカートがひらり。
その下には高潔なる白の……
「「「「「う……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」」」」」
「ちょ、いや!? あ、あなたたち!?」
片膝付いて姿勢を低くしていたトントロ、そして城壁下の巨暴部隊はハッキリと見た。
「ひ、姫様の、お、ぱ、おぱんつぅぅうううう!」
「うおおお、もはやこの世に未練無し!」
「やるぞォ! やってやるぞォ!」
「白! シルク! ホワイト!」
「ぶひいいいいいいいいいいいい!」
結果、巨暴部隊の士気は最高潮に。
天地を揺るがすほどの男たちの叫び。目が血走り、鼻血を出している者すらいる。
「うは~、すっげ! あたいが乳尻見せてもこんな反応にならねーのに、不公平だぜ! でも、流石姫♪」
「あらら~、姫様の下着だけでこれですか~……下着の下とか、おっぱいも見せてあげたらどうです~?」
「う、うるさいわよ、セフレナ!」
最後の最後にまさかの悲劇とご褒美を与えてしまったが、いずれにせよ巨暴部隊の士気は最高潮。
あとは彼らの切り開いた道を……
「……ッ、この気配!」
だが、その時だった。
セフレナが突如目を見開き、慌てて立ち上がった。
「いけません! 大結界が及ばない地中下を―――――ッッ!!??」
「「「「「―――――――ッッッ!!!???」」」」」
次の瞬間、城内の広場にて、螺旋を持ったキカイたちが地中から次々と顔を出した。




