第25話 一緒にお風呂
石を削って舗装された四角い空間。
湯煙が立ち込める風呂場。
足元に紋様を浮かべて光り輝きながら詠唱を唱え、その両手から大量の水を放出して浴槽を満たしていくクローナ。
「水と炎の合成魔法……調整はこれぐらい……ですかね?」
村の大きさからすれば予想外に大きい風呂。
一度に十人以上は入れる浴槽と、開放的な空。
これを自分たちだけで独占できるというのは、とても贅沢であった。
「ふふ~ん、どんなもんだいです!」
ドヤ顔で振り返るクローナに、アークスは素直に感心していた。
「すごいな、クローナは。銃で戦ったり魔法で回復とかする以外にも、こういうことができるんだ……」
「はい! 幼いころから魔法も頑張ったので自信あるんです! お姉さまよりすごいんですよ~」
褒められて更に機嫌よくしたクローナは、そのまま自然とアークスに寄り添った。
「さっ、アークス。お風呂です。お体も私が拭いてあげます」
「……あっ、それはいいよ! ほら、俺、男だし!」
「関係ありません! バラバラで入るより一緒に入るんです!」
「だ、いやいやいや、それは――――」
「離れて入ったってどうせお姉さまが襲いに来ますので、一緒の方が効率良いのです。いいから、一緒に入るのです!」
「はい、入ります!」
「よろしいです♪ 服も脱ぐのです」
「脱ぎます!」
「はい……あっ……」
遠慮して一緒に入ろうとしないアークスだが、クローナももう意地だった。
自分の感情が「恋」、「愛」と確信をまだ持ったわけではなく、本来ならゆっくりと時間をかけて互いを知って距離を詰めていきたいという想いがあった。
だが、そんな悠長なことを言っていられない。
姉であるトワはそういうまどろっこしいことしないで、いきなり体を使ってアークスをモノにしようとした。
クローナはニコニコしながらも内心ではそれを「いやだ」と想い、徐々に行動が大胆になっていった。
とはいえ……
「ふぁ、あ……あ……」
「クローナ、脱いだぞ! さ……あっ、あっ!?」
目の前で同年代の、しかも自分が今もっとも気になっている男が生まれたままの姿になった。
顔の半分左胸から左腕にかけては鋼鉄のようなものでできている人工物だが、それ以外は……特に下半身は……
「ご、ごめ、ちょっ、っ……」
「あ、わ、私こそ、その、あ、あぅ……」
自分で命じながらも思わず動揺してしまったクローナと、アークスもまた自分が気になっている女の子に自分の裸を見せてしまったことによる照れで蹲ってしまう。
しかし、これでいいのだと、クローナは自身もボタンを緩め……
「いいのです。私も脱ぎますから……」
「え、く、クローナ……ッ!?」
王家の衣類をはだけさせ、その下のフリルのついた純白のブラや、紐の――――
「あっ……」
ただでさえ照れていたアークスがこの瞬間更に体が熱くなり、余計に動揺しそうになる。
だが、全てを脱ぎ捨てて生まれたままの姿になったクローナを見た瞬間……
「綺麗だ……」
「……え?」
「すごく……綺麗だ……」
思わずアークスはそう口にしていた。
姉であるトワのように性的な意識をさせるような肉付きの良い体ではない。
胸もそれほど大きくない小ぶりなもの。
しかし、クローナの生まれたままの姿はどこか神々しさと、芸術的な美しさをアークスは感じていた。
雪のように白い素肌に、細く小柄で……しかしそれでも天使……女神……そう形容しても大げさではない魔族の娘がそこにいた。
「っ……んふふ……お背中……ごしごしします。アークス」
「えっ、で、でも、だな……」
「いいから、私がしたいのです! ……アークスはお嫌ですか? 正直に答えなさい」
「全然嫌じゃないどころか嬉しいです! ……うっ……」
「うふふふ、アークスは正直者さんですね。では、……泡魔法……」
背中を洗おう。クローナの前に逆らうことも、偽ることも不可能。
少し照れながらも、自分の体を褒められたクローナの心は、ほどよい緊張と共にさらに大胆になる。
手ぬぐいに泡を起こし、アークスの背中を擦っていく。
「あっ、つっ……」
「き、気持ちいですか? アークス。私、こういうの初めてですから、ダメだったら教えてくださいね」
「うん、ひぅ、ひゃうっ、くすぐっ、ん」
「アークス?」
ただ、非力なクローナではこそばゆくなり、アークスは体がゾクゾクッと反応して変な声を上げてしまった。
「あ、だ、ダメでした? ごめんなさい、私、下手でした?」
「ち、ちが、そうじゃなくて……」
「でも、頑張ります! ですから、どうすればいいか教えてください! 力ですか? それとも、拭き方に問題ですか?」
記憶がないとはいえ、それでも初めての刺激。感覚。裸の女神に背中を拭いてもらうということ。
本来なら文句などあるはずもないのだが、アークスの様子から自分が何かまずかったのかと思ったクローナは表情を曇らせながら、アークスを覗き見る。
「だ、大丈夫だって。何も問題ないから!」
「……む~……また遠慮です……」
しかし、アークスはあくまで「問題ない」と遠慮する。
それれを「気を使って遠慮している」と感じてしまったクローナは、もうアークスにそういう「壁」のようなものを作って欲しくないとむくれてしまい……
「アークス!」
「は、はい!」
「私にしてほしいことをハッキリと言うのです!」
この状況下でそんなことを命令してしまった。
そんなことを言ってしまえば……
「はい! 泡まみれのクローナの体で俺の体を擦って全身くっついて洗ってもらいたいです! ……ッ!?」
「へ……?」
クローナはあくまで「手ぬぐいを使って背中を拭いてほしい」と言わせたかったのだが、あまりの予想外のアークスの言葉に一瞬呆けてしまう。
「わ、あ、お、俺は! ごめん、い、今のは!」
「あ……えっと……あ、泡まみれの私に……ですか?」
「ち、ちが、い、今のは命令で本当のこと言っちゃっただけで、本当だけどやっちゃいけないというか、とにかく落ち着いて!」
慌てて誤魔化そうとするアークスだが、徐々にアークスの言葉の意味を理解しだしたクローナは、ただでさえ赤かった顔が更に沸騰。
「で、でも、アークスがしてほしい……アークスの望み……私がごしごし……え、わ、私が、泡まみれで!? は、裸でですか? 手ぬぐいじゃなくて裸がいいのですか!?」
いつもほんわかしていたクローナが、ここにきて激しく取り乱した。
しかし……
「ち、違くないけど、ごめん! クローナ! お、俺、変態だった! ごめん! ほんと、エロくてごめん! ごめんなさい!」
「あ……」
アークスはそのまま額を地面に叩きつけて懸命に全裸土下座。
何度も謝罪の言葉を口にして、何度も頭を地面に叩きつける。
「クローナはただ親身に優しさでこういうことしてくれているのに……俺……ほんとエロ野郎でごめんなさい!」
「アークス……」
姫であるクローナにとって頭を下げられることは多かったが、全裸の男に土下座謝罪されたのは初めてのことであった。
そして何よりも、クローナはアークスが何も悪くないと思っていた。そもそもアークスは自分の命令で正直なことを包み隠さずに言ったのだ。
本来、人が内に秘めたい欲望なども、命令通りに従って恥ずかしい思いをさせても言わせてしまった。
むしろ、懸命な土下座と謝罪を繰り返すアークスに対して、クローナの方が罪悪感がこみ上げてきた。
「アークス……顔を……あげてください……いえ、あげなさい」
「はい。……あっ……」
再び命令で顔を上げたアークス。
そこには、全身を泡まみれにしたクローナが、火照った雌の笑みを浮かべて両手を広げていた。




