8. ドレスってこんなに大変なんだね
その日はのーんびり過ごさせてもらって、怪我したところにはお風呂上がりに軟膏を貸してもらった。
そういえばお風呂の時、猫足のバスタブに薔薇の花びらがいっぱい浮いてて、入ってきたリタが『お身体洗わさせていただきます』って言った時にはびっくりしたけど、丁重にお断りした。
お姉ちゃんの小説の通り、こちらの世界の人たちはお風呂をお手伝いしてもらうのが普通みたい。
入院してからはお風呂もきちんと入れずに清拭って言って身体を拭くだけだったから、久しぶりのお風呂は本当気持ちよかったなぁ。
お風呂上がりは新しいネグリジェみたいな服を準備されてたからそれを身につけた。
電気もないこの世界で、キャンドルの光に照らされながら私はまた寝台で眠った。
シャーっとカーテンを開ける音がする。
眩しい陽の光が瞼を刺激した。
病室のカーテンをいつも看護師さんが開けてくれていたなぁと懐かしく思いながら目を覚ますと、そういえばここは異世界だった。
「美香様、おはようございます。よく眠れましたか?」
「リタ? おはよう。ぐっすりだよ」
「それはようございました。今日は国王陛下との謁見がありますからね、支度をいたしましょう」
リタはさっさと私をベッドから起こして、身支度を整え始めた。
「リタ、自分でするよー?」
「美香様がご自分でご自分のことをなさってしまったら、私の仕事がなくなります。じっとお任せください」
「はい……」
顔を洗った後は、化粧から髪を結うことからドレスを身につけるまで全てリタがテキパキと動いてくれた。
制服は汚れてしまったので、リタが洗ってくれると言う。
「この衣装も珍しくて素敵でしたが、本日は国王陛下との謁見ですからね。無難にドレスの方が宜しいかと」
「ドレス、着たことないしマナーも知らないけど大丈夫かな?」
「細かいマナーというのは後々で宜しいでしょう。とりあえず今日の美香様はニコニコと美しく微笑んでいたらいのですよ」
準備された下着やコルセットなんかを身につけていくけれど、コルセットは苦しくて身につけるのは勘弁してもらった。
ドレスは真っ白のもので、私からすると白いドレスなんてウエディングドレスみたいだなと思うけど、私にとっては今日の謁見はデビュタントみたいなものだから、この色のドレスで良いらしい。
「ねぇ、リタ。ドレスって本当大変なんだね。私は苦手かも知れない」
「そのうち美香様のためだけのドレスを拵えると、殿下がおっしゃっていましたよ。今日は急遽準備した既製品のドレスですからね」
私はこの世界の人間じゃないから、ドレスを着るということがこんなに疲れるとは知らなかった。
今後は『天使枠』で、こんな大袈裟なドレスではない服を日常に着ても良いか聞いてみようと思った。
「さあ、できあがりましたよ!」
鏡の前にいるのは痩せ細った病衣の女子高生ではなく、髪を編み込んで化粧を施し白いドレス姿のまるで花嫁のような自分だった。
「うわー、変わるもんだねぇ」
「美香様、そのようにお口をポカンと開けてはなりません。謁見の際にはお気をつけください」
「はーい」
まるでお姉ちゃんかお母さんのように私に接するリタのことはすぐに大好きになった。
今日は脚がまだ万全じゃないから、特別にヒールの低めの靴を準備してもらって私の支度は整った。
「それでは、ジェレミー様をお呼びしますから美香様はこちらでお待ちください」
謁見に付き添ってくれるジェレミーを呼びにリタは部屋を出て行った。
私は部屋のソファーで腰掛けてジェレミーを待つことにした。
高価そうなドレスは着慣れないから、腰掛けることで皺にならないか心配した。
とにかく、天使の為の楽なドレス作りから始めないと。
そんな心配を他所に、暫くするとジェレミーがリタに連れられて部屋を訪れた。
「殿下、美香様のこの素敵なお姿をご覧ください。私の渾身の作品です」
得意げな顔のリタと、その隣で私の方を見た時のジェレミーの表情は相反するものであった。
ジェレミーはここにきて何度となく見せた、あの驚いたような顔をしている。
「ジェレミー? 大丈夫?」
思わず私が声をかければ、ジェレミーはハッとして我に帰ったようだ。
「ああ、悪い。間に合わせの物で心配していたが、とてもよく似合っている」
整った顔を優しく緩めて、サラリと女性をときめかせる褒め言葉を述べちゃうジェレミーは、やっぱり王子様なんだ。