7. 天使って割とすごい設定だったんだ
「とにかく、この国では天使は敬われる存在だ。それこそ王族よりもな。本来ならば俺も美香様と呼ばねばならぬところだが……」
「美香でいいです」
推しから何度も『美香様』などと呼ばれた暁には一瞬で昇天してしまうだろう。
「美香、はじめにモーリスはああ言ったが先ほど述べたように天使はこの国では敬われる存在なのだから俺に遠慮した物言いをしなくとも良い」
そんな眩しい微笑みを向けないで欲しい。
「分かった。これからは普通に話させてもらいま……話すね」
それでいいとばかりに首肯するジェレミーが尊過ぎた。
「ところで、今ジェレミーと王太子殿下、アニエスの関係はどんな感じなの?」
王太子の名前が出たからなのかそれともアニエスの方か、ジェレミーは優しい表情から一転して険しい顔つきになる。
ああ、この顔もまたカッコいい。
「アニエス嬢とは先日の国王陛下の生誕祭で伯爵と共に挨拶をしにきたからたまたま顔を知っただけだ。それは兄上も同じだろう。」
「……ということはまだスタートラインに立ったばっかりなんだね」
「スタートライン?」
ジェレミーは眉間に皺を寄せて私の言葉を復唱している。
そう、お姉ちゃんの小説でまず三人の出会いは国王の生誕祭で王族に挨拶に来た伯爵とその娘であるアニエスに、ジェレミーと王太子殿下が一目惚れするところから始まるのだ。
それにしても、挨拶を交わしただけで一国の王子様が一介の令嬢を覚えているだなんて。
まあそこで一目惚れしてるんだから当たり前なんだけど。
また胸がチクリと痛む。
「それじゃあまだまだ今から展開は変えられるってことだもんね。よし! 早速計画を練らなくちゃ!」
張り切る私を他所に、ジェレミーは全く乗り気ではないようだ。
何故だ。
私はこんなに胸が苦しい思いをしながらも、ジェレミーの恋を応援しようとしているのに、何故当のジェレミーがこんなに浮かない顔をしているのか。
「美香は俺とアニエス嬢をどうにかする為にこの世界に来たんだったよな?」
少し砕けた口調に変わったけど、こっちが本当のジェレミーだってファンだった私は知ってるんだよね。
多分、初めは王子としてのジェレミーを演じてた。
「私がそもそもこの世界に来たのは、ジェレミーとアニエスをくっつけて……」
「もし、それが叶わなかったらどうするんだ?」
まさか私が来た本当の理由はジェレミーが失恋して闇堕ちするのを防ぐ為です、なんて言えないし。
もし叶わなければ……。
ジェレミーが失恋のショックで闇堕ちしちゃったら……。
「私がこの世界に来た意味がなくなる……」
自分で思ったよりも悲しげな声が零れた。
「そうか……」
ジェレミーもどこか真剣に考える素振りをしている。
そしてブツブツと独り言を呟いているが、少し離れたところにいる私のところまでははっきり聞こえない。
まさか異世界からわざわざ自分の恋愛を応援してくれる天使が現れるなんて、まだ信じられないのだろう。
「とりあえず、美香は暫く身体を休めてくれ。身の回りの世話は侍女のリタに頼んであるから」
「ありがとう」
「落ち着いたら国王陛下と兄上も美香に会いたいと言ってる」
突然現れた天使と名乗る女子高生の格好をした奇怪な娘を一国の王子様が連れ帰ったんだから、そりゃあすぐにバレるよね。
「分かった。今日はお言葉に甘えて休ませてもらって、明日にはきっと元気になるから」
「ではそのように伝えておこう」
フッと金の目を細めて微笑んだジェレミーは本当にカッコよくて。
出会ったばかりだからまだぎこちないけれど、これから存分にワンコ系男子っぷりを近くで拝めると思えばなんだか体の痛みも遠のく気がした。
そしてジェレミーが椅子からすくっと立ち上がった。
そして私の座るベッドへ近付き、すうっと手を伸ばしたと思えば私の横髪に手を差し込み二度三度と梳いた。
「え?」
「髪、乱れてた」
そう言って、いたずらっ子のように笑ったジェレミーはまさにワンコ系王子様!
ジェレミーが部屋から去った後に、ベッドの上で悶絶して転がり狂ったのも仕方あるまい。