21. 同じ言葉なのに、今度は自覚した気持ち
それから数日はこの国のことを本で学んだり、リタに教えてもらったりして過ごした。
言葉だけでなく、この国の文字もスラスラと読めたのもきっと神様補正なんだろう。
ジェレミーは毎日部屋を訪れて来ては、一緒にお茶をしたりこの国のことを教えてくれたりする。
「美香は何故神の使いになったんだ?」
ティーカップをソーサに置いて、向かいに腰掛けたジェレミーが私に尋ねる。
時々こうやって私のことを聞きたがるジェレミーは、決まって想像上の尻尾をパタパタと振って期待するような目で見てくるから思わず撫でたくなってしまう。
「えーっと……、私は前の世界では病気で死んで……。それから……、それから、何だっけ?」
何故か頭の中がすごく混乱して、意識せず涙が溢れる。
何で涙が出てくるのか自分にも分からないまま、止まることを知らない雫は次々にドレスにシミを作った。
私は思わずその場で立ち上がり、涙を止める術を探した。
そんな私を見たジェレミーはひどく驚いて、突然立ち上がって私を強く抱きしめた。
「悪かった! 泣かないでくれ!」
「……ジェレミーが悪いわけじゃない。最近おかしいの。生きてた頃の記憶がまばらになって、覚えてたことをどんどん忘れて。少し前まで覚えてたことを突然忘れちゃったりするの。なんだか怖い……」
近頃の不意なモヤモヤがとっても不安で、自分の中から何かがなくなっていくような感覚。
「これからの美香に必要がないから、それで記憶がなくなっているんじゃないのか? それこそ神の意思でこの世界に美香が来たのなら、必要なものは決して無くなったりしないはずだろう? 必要がないから徐々に消えてっているんじゃないのか?」
必要がないから消えてってる。
前世の記憶は日に日に薄らいで、確かにそれによって『この世界での自分』の方が存在感を増している。
それはこれからこの世界で私が生きる為に、神様の仕組んだことなんだろうか。
「もう、私はこの世界で好きに生きたらいいってことなのかな? 何のしがらみもなく、この世界で生きたいように生きてもいいってことなのかな?」
かろうじて覚えていることも、もうあまり多くない。
私の家族はお姉ちゃん、両親、私は白血病で死んでから神様のおかげでこの世界に来たこと……。
「もう、美香のしたいように生きたらいいんじゃないか。きっとその為にここで生き直してるんだろう」
「ジェレミー……」
そうなのかも知れない……。
ジェレミーにそう言われて、私の不安な気持ちは霧散した。
同時に、これからは自分に素直に思うがまま生きていいんだとはっきり認められてとても嬉しかった。
それを気づかせてくれたのは、私を抱きしめる温かなジェレミーの体温。
「ありがとう、ジェレミー……」
未だ涙の止まらないままで、それでも感謝を述べた。
私から少し体を離したジェレミーは、私の目尻の涙を長い指で優しく掬ってから口を開く。
「こんな時につけ込むようなことをするほどに、俺は美香を想っているんだ。誰にも渡したくない」
「ジェレミー……」
「もう一度言おう。俺と一緒にこの世界で生きてくれないか。一目見た時から美香のことをとても愛しいと思ったんだ。きっと美香は俺の運命の伴侶なのだと」
先日ジェレミーが私に気持ちを伝えてくれた時と同じようにして、ジェレミーは私に自分の想いを訴えた。
あの時は何か私の心にブレーキがかかったみたいに、素直に受け取れなかったジェレミーの想いが今はとても嬉しい。
自分の動悸が耳にこだまして、うるさいくらいに鳴り響いてる。
胸が苦しくて思わず押さえてしまうほどの衝動。
愛しいのだと、自分もこの人が大切なのだという気持ちが溢れ出た。
同じ言葉を言われたのに、今度は答えを間違えない。
「ジェレミー、私も貴方が愛しい」