19. ロレシオの悩み
庭園に出かけることになってリタと共に廊下に出た時に、私の部屋の方へと歩いてくるロレシオが目に入る。
「ロレシオ?」
「美香様、どこかお出かけですか?」
銀の長髪をサラリと揺らして正統派イケメンのロレシオが笑顔で声を掛けてくる。
スラリと伸びた体躯も、整った顔立ちも、いかにも王子様といった感じのロレシオはジェレミーとは違って何を考えているのかよく分からない。
「今から庭園の散策に行こうと思ってました」
「そうですか。よろしければご一緒しても? ちょうど美香様にお話があったのです」
「話ですか? 構いませんけど」
私に何の話だろう?
ロレシオはエスコートの為に私に向かって腕を差し出したが、私はそのような習慣には慣れていないからと断った。
慣れないヒールとドレスだけでも歩くのが大変なのに、ロレシオと腕を組んで歩くなんて到底できそうもなかったからだ。
リタとロレシオの侍従は後方の少し離れたところからついてきている。
私とロレシオは庭園の中をゆっくりと歩いて色とりどりの花々を楽しんだ。
そして噴水の見えるガゼボの椅子に腰掛けて休憩を取ることにした。
「それで、お話って何でしょうか?」
「……美香様は、私との時間は苦痛ですか?」
「え?」
悲しげに眉を下げたロレシオは、赤紫色の瞳を真っ直ぐに私の方へと向ける。
何でそんなことを聞くんだろう?
「ジェレミーとは、すぐに打ち解けられたようですが……。私とは距離がある気がしてならないのです」
「それは……! ジェレミーは私を見つけてくれたし、それに……」
それに?
「それに? 何ですか?」
「いえ、何でもありません。でも、ロレシオのことを嫌っているとかそのようなこともないんです。貴方はこの国の立派な王太子殿下ではないですか」
私は答えになっているようななっていないような、曖昧なことを言ってしまった。
まさかジェレミーから告白されていることなど話せない。
それに、アニエスのことを好きではないロレシオという人間がどのような人なのか私には全く分からないから。
「……立派な王太子ですか。神の使いである美香様は私のことを以前からご存知でしたか?」
「……ほんの少しですが」
「それならば、私の悩みもご存知ですか?」
「悩み?」
こんな完璧な王太子でいるロレシオに悩み?
アニエスのことでもないとしたら、一体?
「私は弟であるジェレミーが妬ましい。私は王太子でありながら、父である国王陛下の色味を全く引き継がなかった。反対に、ジェレミーは完全に国王陛下の色味を持っている。私はそれがとても妬ましいのです」
「でも、王太子殿下が王妃様の色味をお持ちになられているのは当然のことではないですか。だって子どもは二人の親から生まれるのですから。私も父親に似たら背が高くて大人っぽい顔立ちだったのに、母親に似たから背も低くて顔立ちも幼いんですよ。でも、それって当たり前だし仕方ないコトじゃないですか?」
私も『お姉ちゃんみたいにお父さん似だったら、背が高くて大人っぽい顔立ちだったのに』って思ったことがあった。
でもお姉ちゃんから『美香はお母さんに似て可愛らしいから羨ましい』って言われて……。
それって無い物ねだりなんだなって気づいたから。
「仕方ないこと……ですか?」
「そうです。無い物ねだりですよ。きっと、ジェレミーも王太子殿下のこと羨ましいって思ってると思います。王太子殿下の話をする時のジェレミーは、とても誇らしげですから」
ジェレミーと話してて、王太子の職務を全うするロレシオを誇りに思ってるような気がしたんだ。
「……そうですか。無い物ねだり、ね。そうかも知れません。美香様、ありがとうございました。喉のつかえが取れた気がします」
穏やかに笑ったロレシオは、とても美しくて華やかだった。
男の人なのに、何でこんなに綺麗なんだろう……。
「無い物ねだりついでに言いますが、私は美香様がジェレミーのものになってしまいそうなことについても随分と妬ましいと思っているのですよ」
「へっ?」
思わずとっても間抜けな声で聞き返してしまった。