14. 想定外過ぎて処理しきれず
突然のジェレミーの発言に私は驚きを隠せない。
そりゃあそうだろう。
私は推しのワンコ系王子様であるジェレミーが、失恋による闇堕ちをするのを防ぐ為にこの世界に転生したんだから。
そもそもアニエスのことを好きではないなどと、そんなことは想定外だ。
「あのー、差し支えなければ……」
「なんだ?」
「何故アニエス嬢のことを好きではないのでしょう?」
「むしろアレのどこを好きになれるのか教えて欲しいくらいだ」
何故だ。
何かがおかしい。
ジェレミーといい先程のロレシオといい、一目惚れしたはずのアニエスに対してえらく冷たい態度を取るなぁとは思っていたが、まさか……。
「ロレシオも、アニエス嬢のことを好きじゃないと思う?」
「……兄上は聡い方だからな。アニエス嬢のような愚蒙な令嬢は好まないだろう」
「じゃあ、二人ともアニエスのことは好きじゃないと?」
「恐らくそういうことになるな」
待って。
それじゃあ私は何のためにこの世界に転生したの?
神様まで巻き込んで転生したのに!
ショックを隠せない私のことを、ジェレミーが心配そうに見つめる。
ああ、そんな顔して見ないで。
そんな飼い主のご機嫌を伺う子犬のような表情は反則でしょ!
現実には耳も尻尾も生えてないのに、まるでそこに黒いフサフサした三角の耳とパタパタ震える尻尾が見えそうだよ。
「美香、もしかして目的がなくなってしまったお前はもう神のところへ帰ってしまうのか?」
さりげなくテーブルに乗せた私の手にジェレミーが手を添えてきたよ!
そして潤んだ瞳で見つめながら何でそんなこと聞くのー⁉︎
「それが……。帰りたくても帰れないの」
だって私はもう、白血病で死んだんだから。
私の居られる場所はここしかないんだ。
「それじゃあずっとここにいればいい。実はあの森で美香を見つけた時から俺は……」
何でそんな熱っぽい目で見つめてくるの⁉︎
その眩しい笑顔は何⁉︎
何気なく添えるその手の熱さは⁉︎
もう、ダメだ……。
頭が回らない……。
「美香? 美香!」
そのまま私は目の前が暗転して意識を失った。
きっと鼻血も出ていたに違いない。
入院生活が長くて青春らしい青春も恋愛もできなかった私には、推しの破壊力抜群の行動は猛毒になったようだ。
――真っ白な空間に立つ私。
ここは、神様と会った時の場所に似ている。
少し離れたところには、お姉ちゃんの後ろ姿?
「お姉ちゃん! 待って! 大変なんだよ!」
くるりと振り向いたのは、やっぱり大好きなお姉ちゃん。
「なぁに? そんなに慌てて」
お姉ちゃんはいつもみたいに優しく微笑んで聞いてくれるけど、私はとても焦っていた。
「大変なの! ジェレミーはアニエスのことを好きじゃないって言うのよ! どうしよう?」
「どうしようって……。良かったじゃない? 美香はジェレミー推しだったんだから、そのままそこで幸せになりなさいよ」
「そんなこと無理だよ!」
「あら、どうして? そこは貴女の世界よ。貴女の好きに生きたらいいの」
お姉ちゃんの姿はだんだんと薄くなって、小さなキラキラした粒がお姉ちゃんを包んだ。
「待って! 消えないで!」
「美香、きっとこれからは楽しく過ごしてね。貴女の好きだった世界で……どうか幸せにね」
覚めたくない夢から無理矢理覚めさせられるように、私は目を開けた。
そこは私にあてがわれた部屋のようで、未だ見慣れない赤い天蓋がそれを示している。
もう少し視線を動かせば、ジェレミーがベッドのそばの椅子に腰掛けて侍従に何か指示を出しているのが見えた。
上半身を起こして声を掛けるとすぐにこちらに気づいてくれた。
「ジェレミー……?」
「美香! 気がついたのか?」
「うん、ごめんね」
ベッドサイドに近寄って心配そうに私の顔を覗き込むジェレミーは、まるで子犬のように潤んだ金の瞳で。
ああ、実際には無いはずの黒くて三角の耳が後方に垂れて見える。
黒い尻尾も後ろに垂れてるように見えて、つい抱きしめたくなっちゃうのもきっと推し補正だ。
「大丈夫か? 突然倒れたから驚いたぞ」
「なんだか刺激的過ぎて処理しきれなくて……いや、何でもない!」
そうだ……あの時、ジェレミーは何て言おうとしてた?