13. ロレシオと呼べと
その場に残された私とイケメン王子様二人、と侍従は暫く沈黙の中にいた。
「ジェレミー、美香様がお一人で城内を歩かれるなど危険ではないか?」
「申し訳ありません、兄上」
厳しい声音でジェレミーを叱る王太子殿下に、私は慌てて口を挟んだ。
「あのっ! 私が勝手に離れただけなので、申し訳ありませんでした! ジェレミーは悪くありません」
「……ジェレミー?」
聞き返したのは王太子殿下で。
いくら天使というのが尊ばれるからって王子の名前を呼び捨てにしたのはまずかったかもしれない。
思わずジェレミーを見やれば、何故か口の端が少し上がってるんだけど、どうして⁉︎
「……なるほど。美香様はジェレミーと随分打ち解けられたようだ。実に羨ましいな」
王太子殿下は笑顔でそう言ったが、やっぱりその笑顔に暗黒モードを感じる。
「美香様、どうか私のこともロレシオ、と」
「はあ……」
「天使様は我々王族とは比べ物にならぬほど尊いお方。私のことを敬称で呼ぶ必要などありません。ですから、どうかロレシオとお呼びください」
何故だろう、早速だけどロレシオにがっちりと手を両手で握られて言い聞かされている。
「はい、ロレシオ……様」
「ロレシオ、と」
「ロレシオ」
私が名を呼ぶと、赤紫色の目を細めて満足気に悠然と微笑む姿はまさに美麗で目が眩んだ。
お姉ちゃんの好きな正統派イケメンの破壊力は凄い。
チラリとジェレミーの方を見ると、唇を噛み締めて拳を強く握り何かを我慢しているように見える。
私と目が合えば、その強張った表情をフッと和らげた。
ああ、そのハの字になった眉と切な気な表情が堪らなく愛しい!
「ジェレミー、ごめんね。お茶の続きしようか?」
「ああ、そうだな」
私が声を掛けると嬉しそうに笑うジェレミー。
なんて可愛いんだ! ワンコだ!
いや、設定上ジェレミーは私より二つ年上の二十歳だし可愛いというのは失礼かも知れない。
「それでは兄上、失礼いたします」
「では、ロ……ロレシオ。ごきげんよう」
お姉ちゃんの小説では、御令嬢は『ごきげんよう』と言って去っていたなぁと思い出した。
さすがにアニエスのようにカーテシーは出来ないから、せめてお行儀良くこの場を去ろう。
「クククッ……」
すぐそばでジェレミーが笑いを噛み殺している。
何故?
「ではまた日を改めて美香様をお茶へご招待することにしよう」
フッと微笑みながら話すロレシオは、フリフリと私へ手を振った。
思わず私も手を振り返しそうになったが、さすがにまずいのではないかと思い、軽く会釈するに留めた。
「今度は離すなよ」
ジェレミーがすっと手を差し伸べて、やはり手を繋いで移動することになった。
迷子にならない為の配慮としては、些か大袈裟なような気もするがここは素直に従おう。
先程のガゼボまで戻ってきたら、テーブルの上ははちゃめちゃに散らかっていて、ジェレミーとアニエスの混乱具合が見て取れた。
侍従が急いで片付けて、改めて準備をしてくれた。
「ごめんなさい。突然逃げ出したりして……」
「何故急に走り去ったのか、理由を教えてくれないか?」
「理由……」
アニエスが思っていたより逞しい、そうまるで『悪役令嬢』だったからパニックになったなんて言えない……。
「ア、アニエス嬢が想像よりも積極的で驚いたというか……。私が何もしなくても、ジェレミーのことを好きみたいだったし……」
そう、お姉ちゃんの小説でジェレミーとロレシオは既に国王陛下の誕生祭でアニエスに出逢った時に一目惚れしているはずなんだ。
ちょっとアニエスのキャラはイメージと違ってたけど……。
そこら辺、バグってるのかな?
それでも、ジェレミーの闇堕ちを防ぐ為には是非恋を成就してもらわないといけないんだから。
「美香、どこで齟齬が生じたのかは分からんが……。俺は別にアニエス嬢のことは、好きでもなんでもないぞ」
「へ……?」