ぼーっとする男。実は世界一役に立つ。
俺の名前はリック。
本当に平凡な男だ。
オーディン国の王都オーディンから馬車で1日、まぁまぁな規模の街に生まれて、まぁまぁな親の元でスクスク育った。
魔法も剣も、平凡で国仕えになれば戦争や魔王が来なければ食うに困らないと親や友人に勧められて下級兵士になった。
ちなみに、戦争は過去200年起こっていないし魔王の侵攻が王都まで及んだ事は建国500年以来に2度しかない。そのうちの一度は人的被害なしだ。
給料は月々に金貨10枚。これは4人家族が普通に生活できる程度の給料でさらに年一度の徴税のある月には寸志に銀貨30枚の支給がある。
家族というか彼女はまだいないが…… まぁ下級兵士とはいえ国家公務員だし18歳だしで楽しく暮らしている。
というか給料が独り者にしては多いので家族に仕送りして最低でも金貨1枚は貯金している。
そんな俺の平凡な毎日のある日に些細な変化が訪れた。
「え!? 異世界召喚!? 」
詰所でダラダラと水を飲みながらパンをかじり昼食時に皆と話していると御伽噺にある言葉が上長兵士から飛び出して驚いた。
そう、異世界召喚だ。
御伽噺にはオーディン国の建国時に尽力し、その時の魔王を一時的に封印した…… と言われているのと同じ勇者を異世界より呼び寄せるという。
「マジですか? 」
「マジマジ」
上長兵士が立ち上がりながら軽いノリで首を縦にふる。
そうかー。 勇者さんかぁ…… 凄い能力あるんだろうなぁ…… と昼食を終え仕事に戻る上長兵士に付き従いながら考える。
この世界には個人個人がスキルという能力を持って生まれる。
剣技の才能や魔法(火)や鑑定とかね。そういう人たちは冒険者や商人やらになって上手く行く。
もちろん役に立たない能力もある。石拾いとかフライパンの錆増加とか…… 俺が得た【ゆるふわほかほかシャッキリぽん】とかね。
ゆるふわほかほかシャッキリぽん…… って何だよ。
能力は10歳の誕生日に冒険者ギルドで鑑定してもらえるんだけど、ゆるふわほかほかシャッキリぽん…… 略して【ゆるぽん】は過去に前例が無い上に能力の詳細すら鑑定に出なかった。
強い魔法が使えるが使えるでも、剣やらが上手く使えるでも無いその間抜けた名前の能力に当時10歳の俺は頭を抱えた。
まぁそれからも平凡に生きてきたし、兵士になる基準まで体を鍛えていた途中だったし兵士の採用基準には能力の内容は不問と書いてあったしで兵士になれたからヨシ。
だいたい、平凡に生きてきたら大魔法【光】とか使わないしね。
「お疲れ様ー」
「おいおーいん。」
オーディン城の城壁の監視塔で午前の引き継ぎをして誰かが持ち込んだ古い木の椅子に座る。
多分この椅子は何十年もここにあって、兵士の休憩… いや仕事に役立ってるんだろうな……
「今日もいい天気だ」
城下に広がるオーディンの街を見ながら欠伸をひとつ。
平凡な俺は今日も持ち込んだヤギの乳と干し肉をちびちびやりながらお勤めだ。
公務員最高。
ぼーっ
ぼーっ
ぼーっ
ハッ!
もう夕暮れか。
「おつー」
「はいはーい。異常なしでーす。」
「あ、リック監視塔の下で上長兵士が呼んでいたよ? 」
マジ?怒ってた? という雑談を挟みつつさっさと引き継ぎを終わらせて帰る用意をしていく。
監視塔の持ち回り期間は現場引き継ぎが終わったら直帰できるのがいい。実にいい。
まぁ、上長兵士さんも怒って無いみたいだし何かの申し送りだろうと監視塔を降り上長と合流。
ピッと渡された木簡には『明日の勇者召喚時の警備兵としての参加要請』と書かれていた。
おー勇者さんかぁ…… 明日が楽しみだ。
俺の中で帰りに寄り道して食べる予定のエールとアロスとソーセージセットの次になる楽しみができたのだった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
異世界召喚の当日、朝の散歩がてらの登城をするとすぐさまに異世界召喚用テントに通された。馬車を詰めたら20台は入るだろう大型のテントに他の兵士と集まる。
慌しいなあ。初夏の空に雲がゆっくり流れているようないい日なのに……
「ほれほれ、兵士はテントの内側の縁にぐるりと並べ。隙間を作るなよ」
おお!珍しい。将軍様だ。
相変わらず好好爺といった見た目の将軍様が俺たち兵士に指示を出し、兵士の整列が終わると将軍様は第一王女マリン様に目を向けてうなずいた。
異世界召喚の始まるんだろうね。
◇
「我、この世界より他の世界の者を召喚——— 」
つらつらと我が国の第一王女マリン様が異世界召喚魔法を唱えるのをポケーっと俺は見ている。
テントの床には色のついたアロスで綺麗な魔法陣が描かれている。
あれ何人分のパエリアが作れるんだろう?もったいないなぁ。
マリン様は生まれた時に発覚した能力は【異世界召喚】だった。
マリン様のこの能力が判明した時は城内が葬式のように悲壮な雰囲気になり静まり返っていたと当時を知る上長兵士が酒の席でボソボソ話していたな。
そりゃそうだと思ったよ。
だってさ、異世界召喚って1人の能力者が一生に一度使えるって伝説がある。それに異世界から勇者を呼んだら呼んだで歓迎や呼んだ意味の辻褄を合わせないといけない。
お金と人員と明確な敵が要るわけだ。
魔王と戦える人間を召喚するんだよ? 下手に扱えば国が傾くような暴力を振るわれかねない。
つまりマリン様はダメ能力を得たわけだ。俺よりマシだけども。
そこからマリン様は頑張ったね!そりゃー頑張った帝王学っていうの?そういうのを朝から遅い時間まで勉強して政治的な基盤を作り下臣を増やし文献を調べて『魔王が復活すんじゃないの?』というこじつけを発表した。
周辺国にも協力というか金銭の援助を頼み、勇者“様"を迎える準備が整った。
一生に一度しか使えないなら使ってみたいと思うのは分かる。俺のゆるぽんって能力は結局何か分からないから使いようがないもんな。
はぁ…… なかなかに召喚魔法の詠唱が長いからお腹減ってきたな。よくマリン様は長々と詠唱を続けられるなーとか考えているとアロスで描かれた魔法陣が稲妻に撃たれたように激しく輝き、いくつもの大鍋をひっくり返したような煙がテントの中を満たした。
「おお! 成功だ! 」
王城に常駐している司祭が大声で叫ぶ。
え? 成功したの!? 疑うような驚くような皆の声がテントの中を包む。
「ここはどこだ! 」
「うへぇ煙い! 」
「…… 」
煙が薄まると召喚時の衝撃でバラバラになった魔法陣があったアロスの上に見たことがないような格好をした俺と同じぐらいの年齢の勇者3人が立っていた。
◇
「—————という感じ」
「ふぇーリック、勇者ってどんな感じ? 」
勇者召喚は恙無く終わり、勇者様3人に異世界召喚の説明というか接待をして…… と1日のシフトが終わり同僚のババロンと酒を飲みに来ている。
勇者召喚が成功してスグに王城から街へ御布令が、他国へは魔法による通信がされたので秘密でも何でもない。
同僚のババロンは勇者召喚の時はシフトで市中の見回りだったので酒を一杯奢ってもらうのを条件にグダグダと話している。
彼はこの話を自分の妻子に自慢するんだろう。楽しんでもらえば何よりだ。
「へー、美男2人に美少女1人が勇者なのかぁ…… 」
「おう。 しかし能力はあっさりしていたなぁ…… 」
今代の勇者の能力は伝説に残るものよりシンプルだった。
背の高い男子タカギソウヤは【勇者】
王女の胸をじっくりと見ている幼顔の男子スズキシローも【勇者】
黒髪の少女ヤガミヒトミも【勇者】だった。
全員が似たような格好をしていたので軍属だろうかと緊張が走ったが、黒の上下の服は異世界ニホンの学生服なんだそうだ。
学生かぁ…… 可哀想に。
「え? 勇者って職業じゃないの? 」
「うん、俺も職としての勇者で能力は剣聖や賢者だと思っていたけど…… 」
異世界ニホンの3人が事態を飲み込めない内に嫌味な上級貴族がササッとステータスを読み取る魔法が付与された水晶を勇者3人に触らせたのだ。
結果、3人とも【勇者】だった。
「今頃は豪勢な夕食と美女をあてがわれているだろうね。なんせ接待と住環境に予算をたらふく注ぎ込んだみたいだし」
「ああ、上長が言ってたなぁ…… 」
「ババロンも聞いたの?勇者はその存在だけで百や千の兵士に匹敵する。だね? 」
「おお、それそれ『戦闘能力が化け物の可能性があるから身内にするまでは強敵国家の大使として扱え』だな」
しかし、なんか無駄が多いなぁ…… 魔王なんて本当に復活するのかなぁ?
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
勇者召喚の次の日は武器庫の保安と整備のシフトだ。
今日は少し湿度が高いので窓を全開にして仕事を始める。夏本番は暑くなりそうだ。
パタパタと家事使用人が干した兵舎のシーツがはためく。風はあるんだけどオーディン国の南には海があり南風が吹いたら湿度が上がるんだよね。
「おーいリック! 南風が強いから窓を閉めてくれ。装備が錆びる」
「うへぇーい、わっかりましたー」
暑いのに… とか文句を言わない平穏無事に年金貰えるまで働くつもりだからだ。
武器庫はオーディン城の裏手にあり広さは船の小さいのが余裕で入る大きさがある。
重量がある鉄や上級装備のミスリルを使う武器が納められているので、床が抜ける可能性があるという事で一階建て構造になっている。
その武器庫で備品を合わせたら万を超える装備を20人体制で麻布と武器整備油で拭きながら数を数える。
ぶっちゃけしんどい。あと暑い。冬場は寒いと城内では嫌われる仕事場だ。
「おい! 勇者様が武器庫に来るぞ! 」
午後に入る前に整備中の兵士から歓声があがる。
勇者様に合う武器を探すとの事だ。
ホントに勇者様はご苦労様である。同じ頃合いの年齢なのにこれから魔物を狩って強くなる事を強要され、本当に復活したか分からない魔王を探して遠路を旅をしないといけない。
しかも風土が全く違う世界での旅だしな。俺なんて両親と避暑の旅行に一週間行っただけでグッタリだったよ。帰れる家がある俺でそうなんだ勇者様には残念賞をあげたい。
勇者様達3人は昼休憩に入って訪れた。今日の昼の仕出し弁当はケバブとパエリアのセットだ。給仕長のアネッサおばさんのご飯はホントに美味しい。王都には子供の頃から来ていたけど、多分だけど王都でいちばん美味しい。
年金課に遊びに行った時に聞いたけど、城にいつ来賓があっても良いように失礼にならない程度の高級食材を確保していて、使わないなら翌日の昼と夜勤の兵士に高級食材での給仕されるんだという。
仕事楽な上にうまい物ありがとうと王様に伝えたいねホント。
「うわーホントに武器がいっぱいだ! 」
ケバブの匂いが充満する武器庫にスズキシロー様の声が軽やかに響く。
やたらスッキリした顔をしているみたいだし、昨夜はお楽しみだったんだろう。
スズキシロー様の後ろから無言でタカギソウヤ様とヤガミヒトミ様が武器庫に足を踏み入れた。
「それではスズキ様は五属性魔法使い、タカギ様は剣、ヤガミ様はまだお決めになっていない…… と。とりあえずの装備を整える…… という事で良いのですな? 」
将軍様と勇者様の3人の声を拾うと兵士達はダラダラとその周りに整列する。え?ごはんは? あ、時間を後で補填してくれるんですか? じゃあ俺も。
話の流れを聞くに【勇者】という能力は『なりたいものにあらゆる適性と成長をもたらす』というぶっ飛んだ能力だったようだ。
絵本で読んだ昔の勇者様のチートっていうヤツだろうか? なんせうらやましい。
「——————— っと…… 」
思わず声が出てしまった…… なんかヤガミ様がめっちゃこっちを睨んでいるんですが……
◇
私は八神 瞳。
クラスの生徒会で夏祭りの予定を組んでいる時に生徒会の2人と一緒に異世界召喚をされてしまった。
この時代に生きていて程々にアニメを観てインドアな私は頭では受け入れたくないけど心では受け入れていた。
高城 宗谷君と寿々木 志郎君もなんとなく異世界召喚というワードは知っているようだった。
帰りたい…… 第一王女と召喚されてすぐに話をしたが、彼女は自分の能力を使いたいだけで私達を呼び出したように思う。
魔王の話や魔物の最近の変化… 等々の資料は無理矢理に答えから始まってストーリーを肉付けしたように思える内容だった。
その答えは『異世界人の召喚をどうすればできるか? 』
寿々木君は最初はスマホが使えない事を愚痴っていたが、充てがわれた部屋に20人の美女と支度をしに入ってから気持ちが軟化したようだ。何があったかは緩んだズボンのベルトと女性の香水の匂いで分かった。バカだ。
高城君は元々は無口な人だけど正義感が強い。
第一王女のマリンからの涙ながらの話と魔物の被害や騎士団の『勇者様』という声、国王からの願いと国王が頭を下げた事による貴族達の騒めきに酔ってしまったようだ。
ただ、唯一だけど【勇者】という能力はありがたかた。
勇者志願者の高城君は剣聖になりたいと願い剣の能力が現れた。
淫欲に取り憑かれた寿々木君は魔法を使い楽をして女性にカッコをつけようと願い魔法の能力が現れた。
私は…… 能力に迷っているという体で並行宇宙型ワープ魔法《万能》という能力を願い…… 叶った。いや、叶うのかよ! と思わずニヤリとしたが知られないように隠した。
召喚された時に不意に触らされた水晶には気をつけないと…… 多分、アレで【勇者】の能力を知られたんだと思う。
———— 頭の中に並行宇宙型ワープ魔法の内容を夜、5畳ぐらいの広さがあるベットに横になりながら辿る。
頭の中に能力の内容が現れた。
「…… いける」
想像した通り、この魔法で異次元の地球に戻れるようだけど……
「魔力や…… 魔力量が圧倒的に足りない…… 」
私達、異世界人はステータスが見える… ようだ少なくとも私は。それと照らし合わせてもこの魔法を行使して地球に帰るには力が足りない。私はショックを受けそのまま不貞寝をした。
翌日、午前の講習を終えて武器や防具を選ぶ事になった。ルンルンとスキップする寿々木君とオーディン国の将軍と剣についての話を真剣にする高城君を見て私の能力はやはり隠そうと決意した。
きっと今、地球に帰る事を邪魔するだろう。2人も、この国の人間も……
沈む気持ちであと、どれだけ強くなれば並行宇宙型ワープ魔法《万能》を完璧に使えるのかとステータスを見ながら武器庫に入るとステータスが変化する。
「え? なに?……———— 120倍? 」
ボソッと言った言葉は誰も拾っていないだろう。
この武器庫に入ったらステータスがグンと120倍も上がった…… というか場所によって倍率が変わる……?
武器を探すフリをして、その倍率を上げるものの正体を探す。
武器…… ちがう
防具…… ちがう
———————— !!
食事を木箱でとっていたポケーっとした顔の兵士に近づくとステータスの倍率が上がっているみたい……
まだまだ、120倍にしたステータスでも異世界より地球に帰還する魔法までの力には及ばない。でもこの兵士を仲間にすれば早く叶うかもしれない……
私は忘れないように、その兵士の顔をジッと見つめた。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
今日は監視塔の勤務だ。
しかも給料日だ。
しかも明日は休みだ、全休だ!
昨日は結局、勇者様達の鍛錬まで見学するように御達しがあり楽な勤務だった。立って勇者様が剣を振る、魔法をつかうに合わせて驚いてみたり手を叩いてみたりするだけで済んだ。
仕事が楽すぎて本当に昨日当日の給料が発生するか心配で鍛錬場の監督にこっそり聞いたぐらいだ。もちろん給料はちゃんと発生するとの事。
「ラッキー…… 」
監視塔は気温的に夏に入ったんだろう暑くなりだしたから氷魔法を使える兵士が一日中解けないぐらいに魔力を込めた氷を監視窓の近くに設置してくれている。
窓から風が抜けると氷で気温が下がって心地よいよい。
氷の一部を拝借して冷やした茶をズズーっと行儀悪く飲みながら城門に近い商業ギルドをポケーっと監視する。
「おお、夏物の定価決めかぁ…… 本当に夏だなぁ」
オーディンの城下町では春夏秋冬の生活品におおよその定価がついている。
秋冬の薪や真夏の冷水が出る魔道具などだ。自国民の生活に安定がなければ裕福な国にならないと数代前の国王様が制定された法により季節ごとに商業ギルドに商人が詰め寄り生活用品のリストの選定と定価を割り出すを白熱の議論をして決める。
周辺の都市からも定価を知りたい商人が詰めかけるので道路にまで嘖々と論争やら好評の声やらが溢れている。
「もうちょい、暴れたり大声出したら塔の下の警邏隊に出動してもらおうそうしよう」
絶対に自分で出動したくない暑いし。商業ギルドの定価決めが終わって鎧の中に入れる風の魔道具が安く販売されるまで外に出ない。出たくない。
涼しいし、鎧の中が汗臭くならない最高の魔道具その名も【そよ風さん】。去年は高かった…… 地獄だった。
「夏は働きたくない暑い兜かぶってハゲたくない」
「いやそこは我慢して働きましょうよ」
「うへぇ! 」
だらけて座る監視塔の椅子の後ろで、いつの間にか姿を現した勇者ヤガミヒトミ様が苦笑していた。
…… あるぇぇぇ… 監視室の扉はガッチリ閉まっているんだけどどこから…… ?
◇
「いや、嫌です」
「ダメです勇者の選定です」
「じゃあ兵士辞めます」
「ダメです王命です」
「じゃあ国を出ます」
「え? ちょい待って…… ご両親は」
「両親います! でも納得してくれると思います! 」
この状況は想定外だった。監視塔にいきなり現れたヤガミヒトミ様が放った言葉でこうなった。全てヤガミヒトミ様のせいだ。
——————— えっとリックさん、とりあえず私と一緒に冒険に出てもらいます。
えっと何、何それ『とりあえず』で死地に向かうには若すぎるよ俺は異世界から拉致された勇者様は可哀想だけど巻き込まないで。
なんで?というと何となくが返って来たので、これは危ないと全力で断っている所だ。
「だいたい、何で戦う能力が無い俺に同行を求めるんですか? 」
「…… 能力がない————— ? 」
「違います…… いやそうです。自分の能力は戦うどころか自分でもら何が何か分かってないんです」
じとっとした目をヤガミヒトミ様が向けてくる。
「うっ… 本当ですよ」
「…… そういう不明の能力もちはイジメられたりするんじゃないの? 」
もう長い間、魔物はいるけど安定した治世がオーディン国ではなされているから、たとえ能力が使えなくてもイジメられたりしませんよ? え? 両親や友人とも仲良いですが…… という事を伝えるとヤガミヒトミ様は口を窄めて考える
「なぜ、私たちは呼ばれたのかしら? 」
「いや、分からないですその他大勢の一兵士なので」
絶対にマリン第一王女の気分とは言わない絶対に。
「はぁー…… とにかくあなた、勇者同行兵に決定ね。友人とご両親との仲が良いなら離れるなんて嫌でしょう? ボーナスも出るらしいわよ?」
黒い髪と黒い目をしたヤガミヒトミ様はそう言うと光り輝きその姿がどこかに消えた
「え? 消えた? 」
外からは商業ギルドの騒ぎと蝉の鳴き声がとにかく煩く聞こえていた。
◇
「ふう… リックさんの勧誘はこれで大丈夫…… あれ? 大丈夫… よね?…… 」
王城内にある自室に私、八神瞳はワープした。
やっぱりリックさんが近くにいると魔力の余裕さが半端ない。軽々と距離と高さが違う場所にワープの魔法で移動できた。
今の私の力ではリックさんのいる監視塔の部屋にはかなり近づいてからしかワープできなかったのに…… 本当にリックさんはチートだわ。
———————— リリーン……
一息、呼吸をして私の部屋に用意されたゴテゴテの飾りがついた手鈴を鳴らすと室外に控えていたメイドが入室する。
「勇者様、言われていました資料です」
「ええ、ありがとうエリザ。あと同年代なんだし瞳と呼んでもらえないかしら? 私は勇者と呼ばれるのも様付けで呼ばれるのも好まないの」
「…… 瞳様」
私は表情を固くしながら呟いたメイドのエリザに笑顔で肯く。さすがに貴賓とした部屋に居るゲストから『様』をとるのは簡単には無理か… まぁいずれ慣れてくれるでしょう…… それまで異世界にいたくはないけどね。
パサリ……
エリザが用意してくれた紙束をベッドに腰掛けながら捲る。
「ふぅーん…… ん?リックさんの能力って本当にこんな…… 」
「そうです。変な能力ですよね。でも本人は全く苦にした様子もなく公然に自分から話していますから間違い無いと思います」
こんな変な能力。と言いそうになり止めたがエリザは笑顔で調子を合わせる。
ゆるふわほかほかシャッキリぽん…… なんなのこれは…… 酷い能力ネームね…… 能力の詳細は不明…… か。
音を鳴らさず手押しカートに紅茶と干菓子を乗せてエリザが給仕をしてくれる。数日前まで庶民だった身としては精神的になんか痒い。
紅茶の色と香り、でも飲んだらカフェオレという奇妙な飲み物を口にして考える。
ゆるふわ
ほかほか
シャッキリ
ぽん
たぶんだけど【ほかほか】が魔力やステータスアップの補助・強化だと思う。
それならゆるふわ・シャッキリ・ぽん…… その3つはどんな有利な状態をこの国に与えているんだろうか?
この国の優雅に流れる時間と窓の外の平和な陽気を支えているのは…… もしかして
私は必ずリックさんを味方に引き入れようと動き出した。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
いやだいやだ。
あー 本当に嫌だ。とうとうこの日がきた。
「はい、ではこのメンツでいきまーす! 」
曇天が俺の心を映しているようだ。
「おいおーい、リック暗いなぁ」
「…… ババロンは明るいなぁ…… 」
そりゃあボーナスがら出るからな! と呵々と笑うババロンにため息をつく。 子持ちは強えわ。
王都の外、石積みの王都を守る牆壁の前に3つの兵の隊列が並ぶ。これから勇者様の『レベリング』をするらしい。
レベルアップというよく分からない概念が勇者様にはあるようで魔物を倒せば倒すだけ強くなるらしい。
らしいらしいと連呼しているが勇者御三方が話を合わせるので『そういう事』なんだと元老院が納得してしまった。その後に王城の書庫から建国の勇者様がレベルについて話していた文献も発掘され…… となる。
「なあ、俺たちはどこに行くんだ? 」
「聞いた話じゃあ、ブル高原らしい」
後ろに並ぶ兵士仲間の声を耳が拾う。
…… ブル高原かよ… 王都から2日にある場所で見晴らしは良いけど牛の魔物であるデーモンブルが棲息する場所だ。 兵站の馬車が3台もあるから日帰りは無理だと思っていたけど遠いなぁ… 。
「では出発! 」
将軍様の声がかかりゆっくりと隊列か進む。
あー…… 大雨になって中止になんないかなぁ……
◇
私、八神瞳はレベリングをする事になった。
先日、メイドのエリザに用意してもらった用紙にはリックさんの情報と、従者の選定…… どのような下臣が欲しいかというリサーチ用紙だった。
私は迷わず『第一希望は一般兵のリックを私の下臣にして欲しい』と遠回しに、しかし明確に記入した。
「明らかに嫌々ねぇ…… 」
ボソリと独り言。
私申請して集めた隊列の兵30名の後ろの方にリックさんはいた。 いや顔色悪すぎ、目の下の隈どうしたの?
…… 少しだけ【ゆるふわほかほかシャッキリぽん】のスキルが弱い? いつもなら120〜160倍のステータス上昇があるけど今の私のステータスは100倍程…… リックさんの十分に凄いけど体調や機嫌でだいぶ性能が変わるようね。
「八神」
「… おはよう高城君、寿々木君」
これからのリックさんへの対応を考えていると私とこのオーディンに召喚された高城君と寿々木君が近寄ってきた。
高城君はもうなんというかファンタジーでガッチガチでキラキラな鎧を着ている。寿々木君はこちらの世界で遊びまくったようで垢抜けた勘違いな格好をしている…… なんでそんな前をはだけているのだろうか?
「八神の兵隊は…… それでいいのか? 」
「だね? 瞳ちゃん死ぬ気? 」
この2人のいう事は側から見ればもっともだと思う。
勇者のレベリングは分かれて行う。
文献によると勇者は魔物を倒すと経験値を得てレベルアップする事ができる。ただし、勇者と同じように異世界から来た人間が一緒にいると経験値は分配される。
だからこのレベリングは3つの隊に分かれる事が都合がいい。
高城君は異世界ファンタジーに酔いしれているのか、召喚された翌日には城下町にある冒険者ギルドに登録して気の合った実力のある人達と仲間になった。その人達と合わせてオーディン国軍の武力による地位をもつ実力者を自分の兵隊とした。
寿々木君は女性がほとんど。 夜伽にあてがわれた非戦闘員まで隊列に組み込んでいる。人数は150人はいるだろう。まるで大名行列だ…… 後方に見える馬車の荷台に乗るテントも大型でベッドまである。何をしに行くんだろう。
やっぱりこの2人にもリックさんの事を話すわけにはいかない。
まだ危機感が、私もだけど2人は全く足りない。
2人はゲームのように考えているみたい…… 地球にいた頃の観察眼や思考が異世界というボードの上であやふやになっている。
私は、帰りたい。
ごめん2人とも。とにかく地球に戻る事が出来る私の能力を育てさせてね?
「八神? 大丈夫? 」
「ん? いえ、オーディン国の兵士は練度が高いみたいだし今回のレベリングは近くの場所みたいなので私はこの戦力で十分よ? 」
生徒会で顔を合わせる時のようにニッコリ笑って2人に答える。
「人数も少ないようだが」
「女の子全然いないから危なくない? 」
この2人が地球に帰る気があるのかは分からないけど、心配してくれているのは確かだろう。
「ありがとう2人とも。」
モヤモヤする気持ちをふり払うように努めて笑顔を2人に向けて、今にも動き出そうとする私のための隊列に戻った。
◇
俺、高城 宗谷は困惑している。
「早くこっちに回復魔法を! 」
「硬い! 貫けない! 」
「あぁぁ…… おかあさん… おかあさん……… 」
『王都オーディンは祝福されているから』と冒険者ギルドで兵役への勧誘をしている際に断られた言葉を思い出す。
王都オーディンは10年以上前から祝福されていて、何故か魔物と戦ったり武器を作ったりをする時に上手くいくという言葉だった。
拠点がある心の余裕だと考え心のどこかで馬鹿にしていたが、その言葉は真実だったんじゃないかと揺らぐ。
俺は寿々木や八神さんより遠い渓谷にレベリングに出ている。
オーディン城を離れるにつれ体の重さや疲れを感じ始めたが旅の疲れだと心に言い聞かせた。
一週間の移動の間は街道があり、魔除の魔法と香を使い戦闘にはならなかった。
しかしレベリングを開始すると全てがガラリと変わる。
王都の近くでは余裕で倒せた魔物に対し何手も必要になり、オークの鉄の兜に剣が当たると剣を握る小指と親指を痛めた。
魔法の威力は明らかに下がり、身体強化魔法を使っても王都近くで経験した戦闘力に遥かに及ばない。
高らかに自分の武勇を語っていた冒険者や兵士は怪我を負い、死んだ人もいるかもしれない状態だ。
他の街や都市へ行き冒険者家業をしている熟練の人達だけが自分の能力を過信せず十分に戦えている。
「大丈夫ですかい? 勇者さん」
「あ…… はい、すみません」
オークを倒し、胸に剣を突き刺し息切れしていると40歳を過ぎる頃の冒険者が苦笑して俺の肩を叩く。
「こんな…… しんどいとは思いませんでした」
手についた魔物の血が固まりゴム手袋をしているような感覚がする。これで剣を振れない。
トプトプ……
「あ!、すみません」
「おうよ、 な? 水は多めに持って来るべきだって言ったろ? 」
熟練の冒険者は目を魔物が襲って来ないか忙しく動かしながら俺の手に革袋から水をかけてくれる。
そうか、この人は昨夜のキャンプで水の大切さを酒の席で説いて若い冒険者に笑われていた人だ。
「おっさん心配性だな! 」
「うっせ! 外で戦うならホントに水は大切だって」
————— そんな言い合いを思い出す。
ザッザッと重いだけになった鎧で手を拭うと手の感覚がいくらかマシになる。
「勇者さん」
「はい? 」
「若いのを死なすんじゃねぇよ? 」
熟練冒険者の言葉にハッと気が戻り落ち着いて再度に周りを見る。
今回のレベリングに同行してくれた熟練の兵士や冒険者が返り血や自分の血で濡れながら真顔でこちらを見ている。
その人垣の向こうでは岩陰からは人が食い散らかされる叫び声と魔物の咆哮。
渓谷の底に向かい流れる血からは誰かが崖下に落ちたと容易に想像できる。
まだ魔物と打ち合い体を欠損して叫ぶ兵士……
あれ? 俺はなんて事をしているんだ?
「っっっ!! てっ…… 撤退!! 撤退します! 生きてる人は怪我人を運びながら昨夜のキャンプをした結界のある場所まで戻ります!! 」
俺に水を分けてくれた熟練冒険者は「30点」とボソリ呟き撤退の指示を出していく。
俺はそれを呆けて見ているだけだった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「え? 戦わなくていい? 勇者様、気は確かですか? 」
「勇者ではなく瞳と呼んでください… リックさんには、とりあえず小型馬車で軽食の運搬と補備測量をしてもらいながら王城に報告書を上げる為の簡単なメモも取ってもらいます。帆車ではないので馬車自体にも警備隊を2人つけます。これで大丈夫ですか? 」
「それは…… 後方で馬車を降りずに待っていて良いって事ですか? 」
俺の質問に勇者・瞳様はうなずく。
「寡戦でもないので戦力に余裕もありますからね(あなたのチート補助・強化があれば…… ね)」
——— 帆車じゃない馬車に乗ってしかも戦わなくていいって事は、戦端から後方に離れていて良いって事だ。あー気分が晴れた最高だ。
そそくさと馬車に乗る俺を見てから瞳様は兵士に今から戦闘に入ると檄を飛ばし魔物へ駆け出した。
俺は弓や魔法が届かない距離に離れて瞳様と兵士が戦うのを手団扇をしながら眺める。
もう剣なんかベルトから外してもいいよね? 戦闘職として公務員に就職したわけではないから外腿が剣の鞘でスレて痛いんだよね…… あ、治ってきた痛くなくなったわ。
「ふう…… 水がうまい」
暑いなぁ…… でも雲がこう、良い感じに空にあって直射日光が来ないヌルさがなんかいい。夏っぽい。
「おお、八神様は槍を使うのか! 」
「しかも早い…… いや魔物を倒す度に動きや力が研ぎ澄まされていっている? 」
「あれが…… レベルアップ…… !?」
馬車を護衛する兵士がわーわーと騒ぐ。
大変だなぁ…… 戦闘職の兵士にならなくて良かったよ。こんな暑い中、鎖帷子ガチャガチャさせて瞳様の戦いの考察を始めたよ。ここまでいけば趣味だこりゃ。
そうだ、一応は公務員なんだし俺も仕事をしよう。
王城に今回のレベリング遠征の記録を届けないとな。うん
【勇者様、槍を使う。早い強い】
よし、こんなもんかな。
よく働いた…… こんな遠くまで来たもんだ。俺は雲の隙間から空けた青空を見上げて、今年は暑くなりそうだと目を細めた。
◇
オーディン国の将軍である私、シャーンは顎髭を撫でながらため息をもらした。
「勇者タカギの隊は魔物に惨敗、スズキの隊は戦闘職の兵士を多用しなかったせいで碌な戦闘数を稼げなかった…… 」
我が国の兵士はオーディン国で一年前に起きた魔物による小型の集団暴走で死者も無く対応出来たはずだ。
なのに今回の遠征では同じ種族や強さの魔物に殺され、崖から落とされ墜落死し… と合わせて12名の死者を出した。傷痍軍人の数はその倍を超える。
報告書によると勇者タカギが強制徴募した冒険者達の方が死者は少ない。
忿懣遣る方がない——————。
戦闘職の兵士の練度を上げていたはずだ。
自国軍の兵士はスタンピードに対応出来る程度の実力はあるはずだ。
予算を組んで優秀な戦闘職の兵士を採用するにオーディン国の民ならば機会均等を与えてきたはずだ。
ぐるぐると自軍の御粗末さが頭に回る。
「それに引き換えて、勇者ヤガミの戦果は凄いな…… 」
報告書の1ページ目の落書き【勇者様、槍を使う。早い強い】は置いておいて、それとは筆跡の違う将軍である私が読むと見越した礼節がある報告書には驚く事が書かれている。
【勇者ヤガミヒトミ様は神速を持って槍を使い魔物を屠る度にその精度と威力を増していかれた。また、兵士にも積極的に声をかけていかれ、同戦闘中の兵士はいつもより早く、強く戦闘を行えた。しかも敵である魔物から受けた傷が戦闘が終わる頃にはうっすらと回復をしていた】
「勇者であり…… 聖女、か」
私は執務室に掛けられたイコン『神と聖女』が描かれた石版画を眺めながら思わずポツリと呟いていた。
なんとなく書きました。
ここまでです。
次回もギャグを書いてます。みなさんの暇つぶしになれば良いですが。