第1話 社畜、異世界転生す。
疲れた
なんだよ
俺が悪いのかよ
リリース直前に仕様変更しやがって
間に合うわけないだろ
そうでなくても、毎日毎日毎日まいにちマイニチ残業残業残業ざんぎょうザンギョウ
飯を食う暇もない
またに家に帰ってもすぐ出勤
休み?ナニソレ、オイシイノ?
あぁ〜…
こんな狭い事務所でPCの画面と向き合ってないで
何もない自然豊かな田舎でのんびり過ごしてみてぇなぁ…
薄給で金無いから逃げることもできない…
さて…
仕事進めなきゃ…
俺は…
なんで生きてるんだ…
なんのために生きてんだ………
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………あれ?ここは…?
俺…会社にいたよな…なんで芝生に寝てるんだ…?
なんか夢にまでみたザ・田舎にいるんだが。
草木が生い茂り、空気が澄んでる。
あれは畑か?人がいる。
民家もあるな。村か?
すげぇ!なんかテンション上がってきた!
夢でもいいさ!夢を見るのだって久しぶりだ!
とりあえず芝生を転がってみよう!
ゴロゴローゴーロゴロゴローーー
ゴーロゴロゴローーーゴロゴロゴロゴロ
風が気持ちいい…外がこんなに気持ちいいなんて…涙が出てくる…
夢なら覚めないでくれっ!
イッテ!ほっぺたつねり過ぎた。
ん?痛い?
夢だよな、コレ。
もう一回。
痛い。
やっぱり痛い。
夢じゃない…のか?
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…ぼーっとしてたら夕方になってしまった………。
《ぐ〜〜〜》
とりあえず、状況を把握したい。
腹も減ったし、雲向きも怪しくなってきた。
向こうの村で人に聞いてみるか。
ついでにご飯を貰えると嬉しい。
コン、コン。
『ごめんくださ〜い。誰かいらっしゃいますか〜。』
ガチャ。
「はぁ〜い。どちらさま?」
恰幅のよいおばちゃんが出てきた。
扉が開いた途端、煮えたスープの香りが鼻と腹をくすぐる。
奥のテーブルでは10歳前後の女の子と男の子、亭主と思しきヒゲのこれまたガタイのいいおっさんがデンッと座って食卓を囲んでいる。
『お食事どきに申し訳ございません。わたくし、どうやらこの辺に迷い込んでしまったようで。ここはどこなのでしょうか。』
「あら!いい歳して迷子?ここはムートン村よ。」
聞き覚えのない地名だ。外国か?
『すみません。ここは日本じゃないのでしょうか。』
「ニホン?なにが2本なの?」
『あ、いえ。国名は何でしょうか。』
「ああ。国ね。東国よ。」
またしても聞き覚えのない国名だ。
『申し訳ございませんが、地図を見せていただけますか?』
「はいはい。ちょっとまっててねー。
立ち話もなんだから入りな!そこの椅子に座って!」
おばちゃんが暖炉の側に置いている椅子を指差す。
『ありがとうございます。お邪魔します。』
おばちゃんが家の奥のタンスの引き出しを漁り始める。
1枚の紙を持って戻ってきた。
「はい、地図。ここがムートン村。」
おばちゃんが地図に指差し説明してくれた。
地図には見覚えのない地形に東西真っ二つの線が引かれていた。
『ありがとうございます。』
「あんたはどこからきたの?見慣れない服ね。」
スーツが珍しいのか、おばちゃんがまじまじと俺の全身を舐め回すように見る。
『日本国の東京です。』
「聞いたことないねー。第一、国は東国か西国のどちらかのはずよ。」
なにそれ。どういうことだ。
『あのー…質問ばかりで申し訳ございませんが今日の日付は分かりますか?』
「今は、506年雷の暦84日目よ。」
???ますます分からん。
俺はどこに来てしまったんだ。
タイムスリップでも無さそうだ。
俺は頭を抱えて唸りながら考えた。
「さっきからおかしなことばかり聞くねー。もしかして異世人?な訳無いわよねー!」
イセイジン?異星人?宇宙人ってことか?
『あの〜イセイジンって…?』
「あら、それも知らないの?有名なおとぎ話よ。別の世界からやってきた人が世界中を冒険するって話。」
それだーーー!
そういうことか!最近流行りの異世界転生ものだ!
それなら何もかも説明がつく!
俺は死んだのか!?会社にいたのが最後の記憶だから、過労死か〈急性何とか〉みたいな病気で!?
《ぐーーーーーー》
「あっははは!お腹が空いてるのね。行くところがないなら家に泊まりなさい!3食寝床付きよ。」
『そんな…いいんですか…?』
「ただし!働かざる者食うべからず!畑仕事手伝ってもらうわよ。」
『はい!もちろんです!ありがとうございます!お世話になります!』
「お世話します!」
こうして俺はムートン村のノエルさん一家にお世話になることになった。
ノエルさん一家は絵に書いたような幸せ家族だ。
肝っ玉母さんのノエルさん
寡黙だが情に厚い夫サカキさん
やんちゃで人見知りな双子のミサちゃんとコルくん
ノエルさんのシチューは絶品でこの家に来て初めて食べた料理だ。
久しぶりに他人と食卓囲み、温かい手料理を口にしたとき思わず泣いてしまった。大の大人が。恥ずかしか〜〜〜!
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ムートン村でお世話になるようになって10日経った。
その間に村のこと・世界のことをいろいろ教わった。
ノエルさんは穀物を育て、野菜や肉などを育てている家と物々交換する。食材は村の中で自給自足だ。
サカキさんは他の村へ出向いて物を売る商人。薬や紙などの消耗品は村では作れないからそれらの調達もしている。
俺はと言うとデスクワークで鈍りまくった身体に鞭打ちながら畑仕事を手伝ったり、村の子ども達に読み書きや算数を教えている。
この世界の言語は日本語だ。そこは助かった。
おかげで本を読んだり、村の人に教わったりしてこの世界の情報を吸収できた。そういえば前世より物覚えが良くなった気がする。
この世界にも四季が存在するそうだ。
風の暦
雷の暦
土の暦
水の暦
暦は4人の神を示している。
風の暦は風神・雷の暦は雷神・土の暦は土神・水の暦は水神
神の属性が気候や現象に大きな影響を及ぼす。
この4人の神たちが90日ごとに東国・西国それぞれでトップ争いをし、勝った神がその国の暦を制する。だから、1年ですべての暦が巡らないこともあるそうだ。
今回の東戦は水神が勝利したのだろう。この頃雨がよく降り、作物が不作だ。
まったく迷惑な神たちだ。みんな仲良くできないもんかね。
トップが無能だと下々は苦労する。俺はよーーーく知っている。
元底辺SEだからな。
早寝早起、
畑仕事で健康的な汗を流し、
村の人々と語らい、
自然と戯れ、
子ども達の成長を見守る。
電気もガスも通っていないが、
前より断然、人間の生活をしている。
俺はこのままこの村で人間らしく暮らしたい。
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「あんた!あんた!」
子ども達と木の実を取りに行っていたら、帰りが遅くなってしまった。
何やら家が騒がしい。
『ただいま戻りました…』
家へ入ると寝室からノエルさんの震えた声が聞こえる。
子ども達を連れて寝室へ向かう。
『…!?…サカキさん!どうしたんですかノエルさん!』
ベッドで寝ているサカキは赤黒い筋が右腕から全身に伝っていた。火傷のようだった。
「呪いだよ…悪魔の石に触った…」
『悪魔の石…?』
「触ると全身が赤黒く焼けて…死んでしまうこともあるわ…」
『そんな…』
子ども達の泣き叫ぶ声が家中に響く。
「売り物を探しに洞窟へ行ったから、たぶんそこで触ったのね。幸い命に別状はないけど、治るまで右腕は使えないわ。」
『その洞窟って…どこにあるんですか…』
「一番山の麓に…」
『俺、行きます。』
「あぶないわ!やめなさい!」
『売り物探して少しでも稼がなきゃ。ただでさえ、水の暦は作物が育たないでしょ。それに、働かざる者食うべからず!ですよ。』
「だめよ!」
『…俺、ここに置いてもらえて…温かいごはんを食べさせてもらえて…居場所をもらえて…本当に嬉しかったんです。…少しでも恩返しさせてください。』
「…わかったわ。でも、無理はしないでね。」
『はい!』
他人のために自己犠牲を選んでしまうのは社畜の性だな。
でも、怒鳴るだけで無能な上司と違って
この家の人達が俺に与えてくれたものは大きい。
少しでも役に立ちたい。
本当に、それだけを思って、つい口に出してしまったんだ。
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村の人に洞窟の前まで送ってもらった。
慣れない乗馬で尻を痛めながら馬を降りると
入口が5mはあろう、黒くまったく奥の見えない不気味な穴があった。
穴から風とともに大きな唸り声のような音が響いてくる。
ちょっとビビってるぞ、俺。
「兄ちゃん、気をつけてな。これ、採掘道具と灯。光る石には触るなよ…それが悪魔の石だ。」
竹製の背負カゴに入った採掘道具を渡された。
『ありがとう。道は分かったから村へ戻っててくれ。』
灯を手に洞窟へ向かった。
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『なんにもないなー…』
1人つぶやきながら洞窟を進む、が、自分の声は聞こえない。
『だいたいこの洞窟どこまで続いてんだー?もう1時間以上は歩き続けてるぞー…』
1人つぶやきながら洞窟を進む、が、自分の声は聞こえない。
くそっ!入口にいた時より音がでかくなってきた。
洞窟の奥から響き続けている、この音はなんなんだ。
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『……ん?なんだありゃ?…光ってる?』
しばらく進むと突然、
辺り一面が光る石に埋め尽くされた。
『プラネタリウムみたいだ…すげぇ…』
しばらく見惚れていると
ふと、村人の言葉を思い出した。
光る石には触るなよ…
それが悪魔の石だ。
『まさか…これ全部…』
肝が冷えた。ヒュンッと急に体温が下がるのを感じた。
身体が動かない。
ぐすんっ。
ぅえーーーん…
『…?…泣き声?』
ひときわ光る石に囲まれた中心部に目をやると
5才くらいの少女がうずくまっていた。
…
なんで!こんなところに女の子が!?
迷って出られなくなったのか!!!
『お嬢ちゃん!大丈夫か!?ケガはないか!?』
つい大声で叫んでしまった。
「…だ、れ…?」
『俺はムートン村の者だ。大声を出してすまない。君、迷子か?お名前、言えるかな?』
質問をしながら、徐々に少女へ近づく。
「…ナツ。」
『ナツ…ちゃんだね。どこから来たの?』
「………」
『誰かと一緒に来たの?』
「ひとり…。」
『そうか…待ってて。今、助けるから。』
とは言ったものの、ナツと名乗った少女は光る石に囲まれている。
触ると死ぬとも言われている悪魔の石をどう退けたものか。
だいたい、こんな光ってるだけの石にそんな力があるとも思えな…ん?
この石…なにかおかしい…。
光る石の周りを砂が覆っている。
砂…?まさか…?!
俺は背負カゴをひっくり返して採掘道具を地面に置いた。
空になった背負カゴで光る石をすくう。
『できた!やっぱり…この石は電気を蓄積してるんだ!』
石の周りについているのは砂鉄だ。石に蓄積した電気が磁力を生んだんだ。
大量の電気を蓄積した石に触ると、雷に撃たれたような火傷を負う。
だが、背負カゴは竹製だ。竹は絶縁体。電気を通さない。
だから背負カゴで触れば負傷もしない!
義務教育の勝利だ!ありがとう、エジソン先生!
背負カゴで少女の周りの石をあらかた退け、少女に手を差しのべる。
『もう怖くないぞ。おじさんと一緒に帰ろう。』
「どこに…?」
『ナツちゃんのお家に、だよ。』
「…ない。」
『え?』
「帰るお家ない。」
『家族は?』
「いない。」
『………』
余計なことを言ってしまった。
そりゃぁ…そういう環境の子もいるよな。
『じゃあ…俺と一緒にくるか…?』
さらに余計なことを言ってしまった。
少女が目を丸くして俺を見つめる。
ようやくずっと下を向いてうずくまっていた少女の御尊顔を拝見した。紛うことなき美少女だ。光る石が後光のようである。ありがたやー。
「…いいの?」
『ああ…俺も他人の家に厄介になっている身だから、あまり偉そうなことは言えないが…何があってもナツちゃんを守ってやる。』
またまた余計なことを言ってしまった。
しょうがねぇだろ。
美少女の前だぜ、かっこつけてぇんだよ。
「………」
少女が俺の手を取り、立ち上がる。
『…よっと。』
「おじさんは…?」
『?…』
「名前。」
『…ああ、そうか。俺は、ヒサシ。よろしくな、ナツちゃん。』
「ちゃん、はいらない。」
『そっか。行こうか、ナツ。』
俺は戦利品《悪魔の石と少女ナツ》を持って帰路へついた。
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「どうしたのその子!?」
村に帰り着いた俺にノエルさんの第一声が問う。
事のあらましを話している内に、村中の人たちが集まってきた。
「悪魔の石が竹で持てるだなんて…」
「電気…?悪魔の呪いじゃないのか?」
村の人々が口々に話す。
『それで…ノエルさん…この子を一緒に置いてもらうことは…』
「それは構わないけど、問題は食料よ。水の暦で不作が続いているから…土の暦の西国に水は売れるけどそれだけじゃあね…悪魔の石は不気味がられて売れるかどうか…」
『じゃあ、売れる商品を作りましょう。』
俺は新製品の開発を提案した。
悪魔の石を使った至って簡単な製品だ。
開閉式の竹かごで悪魔の石を包んだランプ。
商品名《悪魔のランプ》は灯としても使えるし、木や藁などを石に近づければ火種にもなる。
これ1つで電気とガスの両方を担える便利グッズだ。
物は使いよう。毒も薬も元は同じ、使い方の問題だ。
試しに作った悪魔のランプをテストも兼ねて村で使ってみた。
最初は皆、悪魔の石を使っているとあって難色を示したが
使ってみるともう手放せないと大絶賛。まさに悪魔に魅入られたようだ。
早速、西国へ売る分の製造を始めている。
ナツも竹かごの作り方を覚え手伝っている。
村の子ども達と一緒に俺の授業を受けたりして、たまに笑うようになった。順調、順調。
しばらくして、ナツと山菜取りに山へ入った日。
『ナツ、これが食べられるキノコ。』
「こっちは?」
『それは…綺麗だけどやめておこうか。』
「………」
『あ、でも、気分が落ち込んでいる人の薬とかになるらしいぞ。何かで読んだ。』
「そうなんだ。…ヒサシは、悪魔の石とか毒とか…怖くないの?」
珍しくナツが俺に質問をした。
『怖いよ。でも、怖いものを悪と決めつけるのが好きじゃないんだ。毒でもなんでも使いようだろ?勿体ないと思っちまうんだ。まあ、ただの貧乏性だな。』
「使いよう?」
『怖がってるだけじゃ、物の本質は見えないってことさ。』
「本質…」
『悪魔の石でランプができたように、便利な使い道があるかもしれない。こんなのあったらいいなぁ〜、て皆が考えてたものができるかもしれない。無いものは作る!が俺のモットーさ。元エンジニアだからな。』
「………ねえ、ヒサシ。」
『なんだ?』
「私も悪いモノだったら…どうする?」
『…どうもしないよ。』
「どうして?」
『約束しただろ、俺がナツを守るって。いままでと変わらないよ。』
「利用しようとは、思わないの?」
『思わないね。…ナツはナツであることに意味がある。』
「…ヒサシ…あのね…」
『うん…』
「…わたし、雷神なの。」
つづくかも。