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 あれから一週間ほど経って、僕は亜紀さんと会う約束をした。

 この前と同じように放課後、学校近くの喫茶店に入ると、これまた前と同じように亜紀さんが僕の方へ手を振ってきた。

「こんにちは」

「うん、こんにちは」

 挨拶だけすると、僕は椅子に座った。それから飲み物と軽食を注文して、少しだけ本題とは違う雑談をした。多分、いきなり本題に入るのは良くないと亜紀さんが気を使ってくれたようだ。でも、いつまでもこれじゃいけないと思って、僕から切り出すことにした。

「その……今回の件、亜紀さんはどう思いますか?」

 あの後、カナミは入院することになった。精神だけが幼い頃に戻ったかのようになってしまうという、いわゆる幼児退行だろうといった話をカナミの父親から聞いたけど、詳しいことは教えてもらえなかった。

「私は霊能力者じゃないし、あくまでオカルトライターとしての見解を順に話していくね。事の発端は、カナミちゃんが学校の掲示板に『真っ赤なコートを着た女性を見た』という投稿をしたこと。改めて見返した時に気づいたんだけど、この投稿って怖い話じゃなかったんだよね。学校帰り、亡くなった母親の面影を見ることがあるって素敵な話だと思うしね」

「カナミは本当に真っ赤なコートを着た女を見たんですかね?」

「その判断は難しいね。嘘だったものが現実の怪異になるって話をしたけど、信じたり怖がったりだけじゃなくて、こうなってほしいなんて願いも嘘を現実にするきっかけになることがあるの。この投稿、カナミちゃんの願いを書いただけのものか、そんなカナミちゃんの願いから生まれた怪異を伝えたものか、これはカナミちゃんにしかわからないだろうね」

 今、カナミはあんな状態になっているわけで、それを確認することはもうできなかった。

「でも、どうして駅のホームだったのかな? 帰り道とか、それこそ家の前で待っていてくれるなんてことを願っても良さそうだったんだけど」

「それは何となくわかるんです。カナミ、駅のホームで電車を待つのが嫌いだったんです。学校や仕事へ行く人、遊びに行く人、家に帰る人、みんな違った目的を持っているのに、同じ場所にいないといけないっていうのが嫌だと話していました。そういった感覚、僕はないのでうまく理解できなかったんですけど、カナミにとって駅のホームはそういう場所だったんです」

「それで納得できたよ。だからカナミちゃんは、そこにお母さんがいてくれたらいいのにって願ったんだろうね。もしかしたら、家に帰ってもお母さんには会えないって考えから家に帰りたくないなんて気持ちもあって、それが願いを強くする要因になったのかもしれないね」

「でも、それならどうして向かいのホームに現れるって話にしたんですかね? そんな少し離れた場所じゃなくて、すぐそばに現れてほしいって願いそうですけど」

「カナミちゃん自身が、そんな願いかなうわけがないと思っていたんだろうね。なぜか顔を確認できないっていうのも、あくまでお母さんそのものが現れるんじゃなくて、よく似た正体不明の何かが現れると考えた方が現実として起こりうると思ったんでしょ」

 それから、亜紀さんはタブレットを操作した。

「学校の掲示板のログを見させてもらったけど、カナミちゃんの投稿を怖い話と受け取った数人がすぐ返事しているね。ただ、本当に見たって人は多分いないと思うんだよね。おそらく、ふざけて自分も見たかのように書いただけじゃないかな」

「僕もそう思います」

「学校の掲示板では少しそんな返事があっただけで、そこまで話題にならないで終わっているね」

「この後、休校になったので、そのせいもあると思います」

「カナミちゃんは、母親と似た面影がある存在として『真っ赤なコートを着た女』の話を書いたのに、それが恐怖の対象になってしまったというのがショックだったんだろうね。もしかしたら、カナミちゃん自身、こんな投稿をしたこと自体なかったことにしていたかもね」

 カナミの心境を考えると、その時自分にできることが何かあったんじゃないかなんて後悔が生まれた。

「学校の掲示板ではそんな風に扱われたけど、君はカナミちゃんの投稿を私の掲示板に転載するという行動に出た」

「それは本当にすいませんでした」

「だから、怒っていないし謝らないで。それに、君がそんなことをしたのも霊障を受けていたからかもしれないしね」

「どういうことですか?」

 僕はただ怖い話のネタを見つけて、これを投稿すれば注目されるかもしれないとか、そんな動機を持って投稿しただけだ。でも、亜紀さんは別の考えを持っているようだった。

「霊障を受けた人が、何かに操られたかのようになってしまうという話をしたけど、無意識のうちに誘導されてしまうってこともあるの。君が学校の掲示板でこの投稿を見つけて、それを私の掲示板に転載しようと思ったのも怪異による誘導だったんじゃないかな」

「そんなこと本当にあるんですか?」

「こういう嘘が作り出した怪異は自ら広がろうとするんだよね。人から人へ噂として伝えられて、そうして広がっていくうちに変化もしていく。色々な人を操って、まるでウイルスが感染していくかのように広がっていく。もしかしたら、私の掲示板で噂が実在するかのようにふざけている人達も、怪異によって操られているのかもね」

 ここまで言われると、何が怪異で何が現実なのかわからなくなってしまった。

「学校の掲示板に書かれた時点では、学校の最寄り駅という特定の場所を示していた。それが私の掲示板に書かれた時点で、日本全国すべての駅を示すようになった。カナミちゃんが駅とだけ書いたことと、君がそれをそのまま転載したこと、結果としてどちらも噂を広める大きな要因になったんだと思うよ。普段から駅を利用する人なんてそれこそたくさんいるし、そこで何か怪異に遭遇してしまうかもしれないって不安を持つ人もたくさんいたんだろうね」

「正直なところ、あんなに盛り上がるなんて思っていませんでした」

「顔が確認できないといった話も、正体不明の何かってことで色々な推測ができるし、いくらでも広がる要素はあったんだよね。そうして噂は広まって、嘘が現実の怪異になってしまった」

 そんなつもりはなかったのに、結果的にそうなってしまった。そう理解したうえで、僕の中にある疑問を解決したかった。

「僕が見たのは、結局何だったんですかね? その……カナミの母親が幽霊になって現れたって可能性はないですか?」

「君はどう思う? あれがカナミちゃんのお母さんだと思った?」

 亜紀さんにそう聞かれたけど、答えられなかった。

「うん、その無言が答えだよ」

「え?」

「君は私の掲示板に真っ赤なコートを着た女という投稿をした後、しばらく経ってから、それがいつの間にか大きな話題になっていることを知ってしまった。単に転載しただけで元々は君の書いたものじゃなかったわけだし、もしかしたら実在する怪異を知らせる形になったのかもしれないなんて考えたんじゃないかな? だから、君の前に真っ赤なコートを着た女が現れた」

「それじゃあ、僕が見たのは亜紀さんの言う嘘が作り出した怪異ってことですか?」

「もう一度聞くね。君はあれがカナミちゃんのお母さんだと思った?」

 改めて質問されたところで、はっきり答えが出た。

「いえ、あれは違うと思います。懐かしいって感情も確かに持ちましたけど、カナミの母親の幽霊だったら、もっと穏やかな気持ちになるというか、少なくとも危険な存在だとかは感じないはずなので、絶対に違います」

「君がそう思うなら、そうなんだろうね」

「でも、カナミにとってはどうだったのか……」

 カナミがあんなことになってしまったのは僕のせいじゃないかと思うと、後悔しかなかった。

「なかったことにしたはずの投稿が全国的に広がって、現実の怪異として目の前に現れた。カナミちゃんにとっては、ずっと会いたかったお母さんに会えたって思ったんじゃないかな? 最初見た時はそんなことあるはずないって受け入れられなかったみたいだけど、どうしても会いたいって気持ちが強くて、ああいったことになったんだと思うよ」

「僕が……」

「君のせいでは絶対ないよ!」

 亜紀さんは強い口調でそう言ってくれた。それで僕は救われた気がした。

「私はカナミちゃんに会ったことがないし、こんなこと言っていいのかわからないけど、今カナミちゃんは休んでいるだけだよ。これまでも君はカナミちゃんと一緒だったんだし、これからも一緒にいてあげて」

「はい、わかりました」

 僕はその言葉に強い決心を込めた。

「随分と長く話しちゃったね。最後にちょっと話をまとめるけど、元々はカナミちゃんがお母さんの面影を追った嘘を学校の掲示板に投稿して、それを君が私の掲示板に転載したことで全国的に広まってしまった。結局、真っ赤なコートを着た女は、最初から嘘が作り出した怪異だったってわけだね。そのうえで、君に警告するね」

「警告ですか?」

「今後、真っ赤なコートを着た女を見かけても、決して見続けないで。そうすれば大丈夫だから」

 亜紀さんは強い口調だった。

「それはつまり、また僕の前にあの女が現れるってことですか?」

「不安にさせるようで悪いけど、君は怪異を全国に広めたと同時に自らも怪異に遭遇してしまった。完全に霊障を受けている状態だから、いつまた真っ赤なコートを着た女が現れてもおかしくないと考えて、しっかり対策して」

「……わかりました」

 ここまで強く言われたら、そう言うしかなかった。

「それと、今後私のブログや掲示板は見ないようにして」

「え?」

「とにかく見ないで」

 詳しい理由を聞きたいと思いつつ、そこまで強く言われると僕はうなずくことしかできなかった。

「それじゃあ、そろそろ帰ろうかね」

「はい、そうですね」

 喫茶店を出て、今日も亜紀さんは駅まで送ってくれた。ただ、もう真っ赤なコートを着た女の話は一切なくて、どうでもいい雑談ばかりだった。

 そうして話しているうちに駅に着いた。そこで、僕はずっと聞きたかったことを切り出した。

「あの、今回のことって記事にするんですか?」

 僕の質問に亜紀さんは困ったような表情を見せた。

「やめておくよ。何か根本的な原因を見つけて解決できるようなら書こうと思っていたけど、この怪異は広めれば広めるほど良くないものだからね。変に火消しをしようとしても逆効果になりそうだし、自然に落ち着くのを待つしかないかな」

「そうですか」

「それじゃあ、何かあったらまた連絡してくれていいからね」

「はい、ありがとうございます。それじゃあ、行きますね」

 亜紀さんと別れて、僕は改札を抜けた。ホームに着いたところで丁度電車が行ってしまって、またしばらく待たないといけないのかなんて思いつつ、僕は適当にスマホをいじった。

 亜紀さんに警告されたからなるべく見ないようにしようと思いつつ、やっぱり気になって別の心霊サイトなどを適当に見ていた。その中で、あるサイトの掲示板を見た時、そこにあった投稿から目が離せなかった。

 それは、ある掲示板で話題になっている真っ赤なコートを着た女に関する投稿だった。見ちゃいけないとわかっているのに、もう見てしまった。

「……見なければいいと思ったけどダメだった。後ろから女の笑い声がしたから振り返った。そしたらそこに真っ赤なコートを着た女がいた」

 思わず声に出して、その投稿を読んでしまった。だって、そんなことありえなかった。

 さっきからずっと僕の後ろで女が笑っている。息ができなくなるから、ずっと笑い続けるなんて不可能だ。そのはずなのに、女の笑い声は途切れることなく、ずっと続いている。

 少しずつ大きくなって、もう女が僕のすぐ後ろに迫っているなんて見なくてもわかった。

 そこで、僕は深呼吸をした。今まで、向かいのホームに女が現れた時は顔を確認できなかった。でも、今振り返ったら間近に女の顔を見ることができる。

 当然、恐怖はある。でも、それ以上に女の顔を確認したいという好奇心の方が今は強かった。

 そして、僕はもう一度深呼吸をすると、勢いよく振り返った。



1000 JBS 2020/08/27(木) 17:21:24.16 ID:3UqkJ5iE.


以上が僕の体験したことです。

あの日、何を見たのかという部分についてはうまく説明できないです。

ただ、見なきゃ良かったと今でも思っています。


最後にもう一つだけ書かせてください。


この話は全部嘘です。

この話を信じたり怖がったりしなければ、あなたの前に真っ赤なコートを着た女が現れることはありません。

だから、どうか安心してください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話が練られていて面白かったです。 ちょっとホラー色が薄いですが… [気になる点] 会話文と地の文が連続してて少々読みにくかったです。改行が欲しかった。 あと、個人的な要望としては0話という…
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