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僕は家に帰ると着替えだけした後、押し入れに仕舞ってあったアルバムを引っ張り出した。いつ頃のアルバムから見ればいいかわからないし、とりあえず中学校や小学校の卒業アルバムから確認してみた。
こうして久しぶりに見ると懐かしくて、ついついじっくりと見てしまいそうになるけど、今の目的は真っ赤なコートを着た女の手掛かりを探すことだ。何か見つかればいいなと期待しつつ、順に写真を見ていった。
中学校と小学校の卒業アルバムを確認した後、その頃の写真をまとめたアルバムも確認したけど、手掛かりになりそうなものは何もなかった。でも、幼稚園の頃のアルバムを開いたところで手が止まった。それから少し考えて、他の写真も確認した。そして、自然と当時のことを思い出した。
「これって……」
思わず声に出たところでスマホが鳴った。急に大きな音が鳴ったから驚きつつ、確認すると亜紀さんからだった。
「もしもし?」
「今、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。僕も連絡しようと思っていたので」
「それなら良かった。君からもらった掲示板のログを確認してみたんだけど、最初に真っ赤なコートを着た女の投稿をしたのはカナミちゃんだよ」
「え?」
何でカナミがそんな投稿をしたのか、まったく見当がつかなかった。
「というか、私の掲示板に転載する時、投稿者名も完全にコピーしていたんだね。そうと知っていたら、『TUN』って投稿者名だけで何となくカナミちゃんかもしれないってわかったんだけど」
「何でですか?」
「これってパソコンのカナ入力で『カナミ』と打つ時、ローマ字入力の『TUN』を打つことになるからっていうのが由来なんだと思うんだよね。まあ、君からもらったログを見るまでは確信が持てなかったと思うけどね」
亜紀さんの話はよくわからなかった。それより、僕も亜紀さんに話があったんだと思い出した。
「僕の方もアルバムを見て思い出したんです。カナミの母さん、小学校に入る前ぐらいに亡くなったんですけど、よく赤い服を着ていたんです」
「そうなの?」
「僕もついさっきまで忘れていたんです。カナミの母さんは赤が好きで、冬には真っ赤なコートをよく着ていました。カナミも赤い服が好きで、迷子になってもすぐ見つけられるからなんて話していたんです」
ここまで話して、僕なりに考えて出した結論が正しいかどうか、亜紀さんに確認しようと決めた。
「あの怪異の正体は、カナミの母さんなんですか?」
「悪いけど、私としては何とも言えないかな。それより君とカナミちゃんの身近にいた人とよく似た怪異がいるというのが問題だよ。やっぱり、カナミちゃんとも会えないかな? そういえば、カナミちゃんの様子はどうだったかな?」
「特に何も……いや、本当に真っ赤なコートを着た女がいたのかって聞いてきて、何か気にしている様子だったかもしれないです」
思い返してみれば、カナミの様子はどこかおかしかった。
「少し遅いけど、これからすぐ会った方がいいかもね。君達の家の近くまで行くから、とりあえずカナミちゃんと合流して」
「わかりました」
「じゃあ、切るね」
電話が切れて、僕は親に出かけるとだけ伝えて家を出た。もう夕飯時が近いし、こんな時間に出かけるのかと心配されたけど、詳しい説明をするのは後にした。
カナミの家のチャイムを鳴らしてから少しして、インターホンにカナミの父親が出た。
「ああ、こんばんは」
「こんな時間にすいません。あの、カナミはいますか?」
「それが出かけてるみたいなんだけど、どこに行ったか知らないかな?」
「え?」
カナミが家にいない。それを聞いて、強い不安と後悔が生まれた。さっき会った時、何か理由を作ってカナミと一緒にいるようにすれば良かった。そんなことを思いつつ、今自分がするべきことを考えて、亜紀さんに電話をかけた。
「どうしたの?」
「亜紀さん、カナミが家にいないんです!」
「大丈夫。こうなるのも予想通りだから落ち着いて」
ただただ焦りしかなくて思わず叫んでしまったけど、亜紀さんが気持ちを落ち着けるように言ってくれたおかげで、これじゃいけないと気づいた。焦ってもしょうがないというのはわかっているし、僕は少しでも冷静さを取り戻そうと深呼吸をした。
「亜紀さん、これからどうすればいいですか?」
「多分、カナミちゃんは……とりあえず、私が向かうから、そこで待っていてくれないかな?」
亜紀さんは何かを言おうとしていた。それが何なのかと考えて、僕も気づいた。
「カナミ、駅にいるかもしれないので行ってみます!」
「待って! 危険かもしれないから……」
まだ亜紀さんが話していたけど電話を切った。亜紀さんが必死に止めようとしていたことも、僕だけで行くのは危険だということもよくわかっている。でも、今すぐカナミを見つけたいという僕の気持ちは止められなかった。
全力疾走で駅まで行くと、完全に汗だくになってしまった。気持ち悪いと思いつつ改札を抜けようとしたところで、定期も財布も持っていないことに気づいた。カナミに会ってから色々と準備すればいいと思ったのが完全に失敗だった。
これじゃあ、家に戻るしかない。普段ならそう考えて諦めるけど、今日は違った。
犯罪と知ったうえで、僕は定期も切符も持たずに改札を抜けた。うるさいぐらいの警告音が鳴って、駅員の止める声も聞こえたけど、そんなものは全部無視した。
カナミがいるかどうかだけ確認できればいいとホームに立ったところで、僕の視界の先に真っ赤なコートを着た女がいた。見続けたらやばいと目をそらしたけど、これだとカナミを探せない。だったら、トコトン見てやると僕は顔を上げた。
これまでは向かいのホームにいたけど、今は僕がいるのと同じホームに真っ赤なコートを着た女がいる。ここにカナミがいるかどうかはまだわからないけど、あの女をどうにかすればいいんじゃないかと僕は全力で走った。そして、女に向かってタックルするように飛び込んだ。
実体のない幽霊の可能性も考えていたけど、普通に触れたしタックルまでできてしまった。女は僕と一緒に倒れて、もしかしたら関係ない人にタックルしてしまったんじゃないかって不安が今更生まれた。
「ごめんなさい! えっと……」
どんな言い訳をしようかと思いつつ女の顔を見て、僕は気づいた。
そこにいたのは、カナミだった。今日は暑いのに、カナミは真っ赤なコートを着て、こんなところにいた。
「カナミ?」
「こうすれば、ママが見つけてくれる」
カナミがそう言うのを聞いて、もうおかしいとわかった。
「ママと同じ格好をすれば、きっと見つけてくれる。ママが会いに来てくれるよね?」
そう言うカナミを見て、幼い頃のカナミを思い出した。
当時のカナミは、いつだって母親にべったりだった。とにかく甘えん坊で、母親が出かける時は必ずついていった。母親が着ていた赤い服も、もしかしたら目立つからという理由で、カナミが母親に着るようお願いしていたのかもしれない。
母親が亡くなって、カナミは僕の姉面をするようになったけど、きっと今目の前にいるカナミが本来のカナミなんだ。
「カナミ……」
「ママがいる!」
カナミが向かいのホームを見ながらそう言ったから、僕は慌ててカナミの視線の先に目をやった。そこには、真っ赤なコートを着た女がいた。
「ママ!」
カナミが女の方へ行こうとしたのを見て、僕は咄嗟にカナミの腕をつかんだ。
「ママのところに行かせて!」
「あれはカナミの母さんなんかじゃない!」
僕が手を離したらカナミは線路に落ちる。いつ電車が来るかわからない状況だし、単なる怪我で済む保証はない。どんな手段を使ってもカナミを止めたかった。
「ママだよ! 私はママと一緒にいたいの! 私は一人になりたくないの!」
「カナミは一人じゃないだろ!」
どうすればカナミを止められるかと考えて、咄嗟にカナミを抱きしめた。
「僕がいるだろ!」
ホーム中に響くぐらいの声で叫んだ。そのすぐ後に通過電車が来て、僕が止めていなかったらカナミは電車にひかれていたかもしれないと思ったらゾッとした。
電車が通り過ぎて、向かいのホームを確認したけど、もう真っ赤なコートを着た女はいなかった。
「ママ……いない」
カナミはそう言った後、急に笑った。
「でも、いい」
カナミは僕のことを強く抱きしめてきた。一瞬戸惑ったものの、少しでもカナミを安心させたいと、僕もカナミを強く抱きしめた。