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 僕は昨日から起こっていることをアッキーに伝えようと、休み時間を利用してメールの文章を書いていた。どう伝えればいいか、というより自分でも何が起こっているかわからなくて、まとめるのは困難だった。でも、昼休みには何とか文章をまとめて、アッキーにメールを送ることができた。

 それから少ししてアッキーから返事があり、学校近くの喫茶店で会えないかと提案された。予想外の提案に驚いたけど、そうしてもらえるのは助かるし、僕はその提案を受け入れた。

 そして放課後、僕は学校を出ると近くの喫茶店に入った。カナミを連れていくべきかどうか迷ったけど、アッキーのことをどう説明すればいいかわからなくて、結局一人になってしまった。

 もしかしたら、もうアッキーが来ているかもしれないと店内を見回した。そんな僕の様子に気づいたのか、一人の女性が手を振った。

「ああ、こっちだよ」

 そこにいたのは、昨日駅で僕に警告してきた、あの美人の女性だった。

「やっぱり君だったんだね」

「あなたがアッキー……アッキーさんだったんですか?」

 面と向かって呼び捨てにするのは抵抗があって、思わず「さん」付けにしたけど、そもそもでアッキーと呼ぶのが失礼な気がした。そんな僕の気持ちを察したのか、アッキーさんは笑った。

「オカルトライターアッキーとして活動している遠山とおやま亜紀あきだよ。よろしくね」

 そう言いながらアッキーさんは名刺を渡してきた。その名刺には名前、ブログのURL、メールアドレスなどが書かれていた。

「遠山さんとか亜紀さんとか、それこそアッキーさんでもいいから、呼びやすいので呼んで」

「じゃあ、亜紀さんって呼びます」

 取材を受けるような形になるかもしれないと緊張していたけど、亜紀さんが気さくな感じで話しやすかったので安心した。

「飲み物はどうする?」

「あ、じゃあ、コーラにします」

 亜紀さんは飲み物だけ注文すると、笑顔を見せた。

「それじゃあ、色々と話を聞かせてもらってもいいかな? ある程度はメールで教えてもらったけど、もっと詳しく教えてほしいんだよね」

 亜紀さんはそう言いながら、タブレットやボイスレコーダーをテーブルに置いた。僕の発言が記録されると思うとまた少し緊張してきたけど、とりあえずこれまであったことを順に話した。

 途中で飲み物が来たからそれを飲みつつ色々と話してみたけど、うまく説明できたかどうかは怪しかった。でも、亜紀さんは真剣に僕の話を聞いてくれた。

「ただ、カナミは真っ赤なコートを着た女なんて見ていないって言っていて、それがよくわからないんです。あの時、カナミは何かに操られたみたいに女の方へ向かっていったんですけど、まったく覚えていないようでした」

「なるほどね。カナミちゃんからも話を聞いてみたいけど、難しいかな?」

「すいません、亜紀さんのことをどう説明すればいいかわからなかったんです」

「まあ、そうだよね。オカルトライターって名乗ってもみんな変な顔になるし、わかるよ」

 亜紀さんは冗談のようにそう言うと笑った。

「じゃあ、聞いてばかりもあれだし、私もわかっていることを話すね」

 亜紀さんは僕が見やすいようにタブレットをこちらに押してくれた。

「既に知っているかもしれないけど、真っ赤なコートを来た女について書かれた最初の投稿は2月12日にあったこれなの。この投稿、実は君達の高校にあるパソコンから投稿されたみたいなんだよね」

「え、どうしてわかったんですか?」

 あまりにも意外なことを言われて、驚きしかなかった。亜紀さんは少しだけ考え込むようにして黙っていたけど、何か納得したようにうなずいた。

「具体的なことは言わないけど、調べようはいくらでもあるの。それで見てもらえばわかる通り、この投稿にすぐ反応している投稿もあるんだけど、これも同じところから投稿されているんだよね」

「……そうなんですか?」

「IDが一緒だから、わかりやすい自作自演だと思うけど、その辺の話は詳しくないのかな?」

「すいません、ちょっとわからないんですけど」

 亜紀さんはタブレットを操作すると、一部を拡大させた。

「厳密に言うと違うかもしれないけど、わかりやすく説明するね。どこから投稿されたかを暗号化したうえで示すのがIDって言えばわかるかな? あまり時間も経っていないのに、二つの投稿は同じIDになっているでしょ? つまり、同じところから投稿されたのに別人のふりをしている自作自演だってわかるの」

 亜紀さんは、まるで先生みたいな感じで説明してくれた。おかげで理解はできた。

「一応、これが自作自演だってことは、ある程度ネットをやっていればわかることなの。だから、投稿された当初は反応する人もあまりいなかったんだよね。でも、最近になって他の人がふざけて『自分も見た』なんて投稿をいくつも載せるようになったの。それに釣られて、ネットに詳しくない人が自分も遭遇したらどうしようなんて不安を投稿して、またみんなが面白がって色々な投稿をする。そんな流れが自然と生まれたみたいなの」

「僕もネットに詳しくない人の一人なので、耳が痛いですね」

「まあ、やっていれば覚えるから落ち込まないで。少なくともIDについては今日の話でわかったでしょ?」

「そうですね。それじゃあ、この掲示板に書かれた内容は全部嘘ってことですか? いや、でも僕は昨日と今日の二回、真っ赤なコートを着た女を確かに見たんです。あれは何なんですか?」

 亜紀さんは一息つくように飲み物を飲んだ後、口を開いた。

「あくまで私の見解を話すね。私の掲示板で話題になっている真っ赤なコートを着た女は、嘘が作り出した怪異だよ」

 どういう意味かわからなくて、僕は反応に困ってしまった。

「いや、嘘が作り出した怪異って、どういうことですか?」

「というか、私はこの世界に存在する怪異の多くが嘘によって作り出されたと思っているの。ごめん、わかりづらいよね。具体的な例で、こんな話を聞いたことないかな?」

 少しだけもったいぶるように亜紀さんは間を空けた。

「友人と数人で集まった時、みんなで怖い話をすることになった。でも、一人がそういった話に詳しくなくて、『昔この近くで交通事故があって、幼い子供が亡くなった。それから、その辺りでは幼い子供の霊が現れるようになった』なんて嘘の話をしたの。そうしたら他の人が意外に怖がってくれて、早速そこへ行ってみようなんて話になってしまった。今更嘘だなんて言えないし、うまく合わせてみんなと一緒にそこへ行ったんだけど……そこには本当に幼い子供の霊がいた。一見して生きている人じゃないとわかったから、みんな慌ててそこから逃げ出したという話」

 不意を突かれる形でそんな話をされ、僕は何も言えなかった。

「何かしらかの理由で嘘の話をしたのに、それが現実になってしまったという話は他にもたくさんあるの。共通点としては嘘の話をした時に、周りの人がそれを信じたり、怖がったりしたという部分かな。それによって嘘だったものが現実の怪異になってしまったんだと私は考えているよ」

「いや、そんな話を聞いたことはありますけど、今回のこととか他のまで同じというのは意味がわからないんですけど?」

「それじゃあ、次はお岩さんの祟りについて話すよ。結構有名な話だけど、これも嘘が作り出した怪異じゃないかと私は思っているの」

「え、どういうことですか?」

 お岩さんの祟りについては、古い怪談を調べていた時に見かけたことがある。それを題材にした映画などが比較的最近もあるみたいだし、有名な話なんだろうなということは知っていた。ただ、それが今話していることとどう関係しているのかは見当もつかなかった。

「お岩さんの祟りというのは四谷怪談を始めとして色々と語られているんだけど、話の内容もバリエーションがあるから人によって認識は違うかもね。単純にお岩さんだけ知っていて、話の内容は知らないなんて人も多いし」

「四谷怪談って、確か実際にあった昔の事件というか出来事を脚色した怪談ですよね? 脚色=嘘ってことですか?」

「ああ、君はそういう認識なんだね。一般的に知られている話として簡単に言うと、痴情のもつれなどから夫との別れを強制された、話によっては殺されてしまったお岩さんの祟りによって、元夫とその周りの人々が不幸になるって話だね。君はこの話のどこまでが実話で、どこからが脚色だと思っているの?」

 自分の中で答えは決まっていたけど、どう答えればいいか迷ってしまい、少しだけ考えてしまった。

「えっと、痴情のもつれがあったこととか、元夫とその周りの人々が不幸になったというのは実話で、幽霊になって現れたとか祟りっていうのが脚色というか、不安に思った人達がそう考えたのかなって思うんですけど……」

「残念でした。モデルになったお岩さんという人は実在したけど、痴情のもつれみたいなことはなくて、夫と仲睦まじく過ごしたというのが事実だって言われているの」

「え?」

 予想外すぎる答えに言葉を失ってしまった。

「実際のところ、四谷怪談を舞台や映画などで扱う場合は神社でお参りをしないと祟りにあうと言われていて、実際に祟りと思われるような事故も多くある。でも、実在したお岩さんは祟りなんて残すような存在じゃなかった。これは多くの人がお岩さんの祟りを信じたり、怖がったりしたからこそ起こっている怪異って言えるの」

「いや、そんなこと言われても納得できないんですけど」

「このケースはちょっと特殊な部分もあるからね。色々と説があるんだけど、お岩さんの祟りは四谷怪談の作者とされる鶴屋南北が残した呪いじゃないかって私は考えているの。多くの人が信じて怖いと思うことを怪談として残すことで、お岩さんの祟りという怪異を現実のものにした。ここまで言えば、お岩さんの祟りは嘘が作り出した怪異って解釈もできるでしょ?」

 全部を信じることはできなかったけど、亜紀さんの話には納得できる部分が多くあった。その上で、僕が遭遇している真っ赤なコートを着た女という怪異について改めて考えてみた。

「真っ赤なコートを着た女って怪異も、色々な人が信じたり怖がったりしたから現実になってしまったってことですか?」

「初めて君が怪異に遭遇したのは昨日だったよね? 私の掲示板に多くの投稿があるのを目にした後、君は怪異が実在するのではないかと考えなかったかな? それはつまり、君も信じたり怖がったりしたってことでしょ?」

「そうかもしれませんけど……それじゃあ信じなければ、真っ赤なコートを着た女を見ることはもうないってことですか?」

「随分と極端だね。君はもう真っ赤なコートを着た女を実際に見てしまっているわけだけど、今更信じないなんてできるのかな?」

「……難しいですね」

 僕の言葉に亜紀さんは笑った。それから亜紀さんは笑いを止めると、真剣な表情になった。

「ところで、私の掲示板に『真っ赤なコートを着た女』の投稿をした最初の人物は、君だよね?」

 亜紀さんは質問じゃなくて確認をしてきた。それは、既に気づいているという意思表示にも見えた。

「いや、あの……」

「私の掲示板にあった最初の投稿が君達の高校から投稿されたものだって話した時、君は『どうしてわかったのか?』って質問してきたよね。つまり、君は私が質問した時点でわかっていたということ。それはなぜかと考えて、君が投稿したからかなって何となく思っていたんだけど、君の反応を見る限り正解みたいだね。鎌かけてごめんね」

 亜紀さんはライターで、話を聞くのが目的の人だ。もしかしたら、僕から話を聞き出すタイミングをずっと探っていたのかもしれない。そうだとしたら、まんまとしてやられてしまった。ただ、それより僕が投稿者で、しかも自作自演と呼ばれるものまでしていると知られてしまったことが問題だ。どう言い訳しようか迷っていたところで、亜紀さんは笑顔を見せた。

「別に怒っているわけじゃないから安心して。私の掲示板に投稿されるものは必ずしも実体験ってわけじゃないし、投稿に反応がなかったら自作自演で反応があるかのように見せかけるってのもよくあるしね。それより教えてほしいんだけど、あの投稿は何を基にしたのかな?」

「えっと……」

 ここまで言われてしまうと、正直にすべて話すしかなかった。

「僕の学校に生徒と先生だけが見たり投稿したりできる掲示板があるんです。そこにこの投稿があって、亜紀さんの掲示板にそのまま投稿したんです。それから何の反応もないままだと嫌だなと思って、こっちの掲示板にあった返信も後で投稿したんです」

「つまり、この二つの投稿は元々君が考えて書いたものじゃないんだね?」

「はい、そうです。すいません……」

「ああ、さっきも言った通り怒っていないから謝らないでよ。それよりここからが大事なんだけど、さっき話した通り、全国的に広がっているものは嘘が作り出した怪異だと私は思っているけど、元々は何だったのかって疑問が残ったの。初めから嘘として投稿したものなのか、実在する怪異を知らせたくて投稿したものなのか、これだけだとわからないからね。もしかしたら、君達の学校の最寄り駅っていう限定的な場所にだけ現れる『真っ赤なコートを着た女』って怪異がいるんじゃないかと思って、それを調べるためにここまで来たの」

 まるで探偵のような感じで亜紀さんは話を続けた。

「君が遭遇した真っ赤なコートを着た女、もしかしたら嘘が作り出した怪異じゃなくて、元々ここに存在する怪異の可能性も考えられるの。そうだとしたら、例えばそれを成仏させるとかできたら問題解決でしょ? 問題が解決したことをまた投稿することで全国的に広がっている噂も収束すると思うしね。そのためにはまず、君の学校の掲示板にこの投稿をした人物が誰なのか調べたいんだけど、これから学校に戻って掲示板のログを落としてきてくれないかな? USBメモリは渡すし、やり方がわからないなら私が指示するから」

 急なお願いをされて一瞬困ったけど、僕が見たものが何なのか確認したいという気持ちが強くて、すぐに決められた。

「わかりました」

 そう答えてから飲み物を飲み干すと、僕は学校に戻った。

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