4話 Kings〜トロール〜③
Kings 〜トロール〜③
実際囮役は上手くいっていた。
グラークは一撃を入れる事にやっきになっていた。奴からすれば攻撃がまともに入れば、勝ち確定なのだから。
後は意識が完全にこちらに向いたら、姫に雷撃魔法を撃ってもらい終わりだ。巻き添えを喰らわないよう、さりげなく距離を取る。
しかし、ここで予想外の展開となる。予定とは違い、姫はグラークのすぐ後ろまで近づいていた。
近づかずに遠距離から雷撃を、と伝えていたのに……!
最悪のタイミングでグラークが動く。
「ええーいちょこまかとまどろっこしいわ!
一気に吹き飛ばしてやる! くらえ! フロントダブルバイセップス!」
攻撃が当たらず業を煮やしたヤツはエネルギー波を辺り一面に放出した。
「きゃっ!」
運悪くこのタイミングで、グラークの背後に迫っていた姫。余波をくらい吹き飛ばされて尻もちをついた。
「いったーい、おしり打った~」
姫の存在に気づくグラーク。
「貴様、後ろでこそこそと何をしている!」
後ろに回り込まれた事を不覚に思ったのか、グラークは怒る。
尻もちをついて、バランスを崩している姫に、強い魔力のこもった拳を打ち下ろしてきた。
「危ない!」
がっ……! 身体に衝撃が走る。姫とグラークの間に入り、強烈な一撃をまともに受けてしまった。
「ロベルト!」
姫が慌てて駆け寄ってくる。
「ロベルト! 大丈夫!? 死んじゃダメ!ごめんなさい、わたしが勝手に近づかずいたせいで!」
泣き出しそうな姫。
「ロベルト隊長!」
追撃をしようとするグラークに対して、手下を片づけたセルクルとモデムが、間に割っては入る。
「大丈夫です、これくらいでは…」
姫にそっと優しく抱きしめられる。痛みも柔らぐようだ。
「ヒール!」
姫の回復魔法。ただし効果は薄く、あまり回復はしない。
「後はわたしがやるからじっとしてて。無理して動いちゃだめよ」
確かにしばらく動けない、が致命傷には至ってない。もし姫がこの攻撃を受けていても無傷だっただろう。それはわかってはいた。わかってはいたが……
「ふん、つまらん。女を庇って自滅するとはな」
すっかり興醒めしてる様子のグラーク。
「折角熱中できる勝負だったのに、俺の筋肉もがっかりしているわ。情けない。戦いの中で信じられるものは己の筋肉のみだ!」
「おまけにそんな女々しいドーピング(ヒールの事)をしよって。回復する前にその女諸共叩き潰してくれる!」
セルクルとモデムを振り払い、渾身の力を込めた拳を打ち下ろしてくる。
しかしその拳は姫の手により弾き飛ばされる。鈍い音が鳴りグラークの腕が折れあらぬ方向に曲がっている。
「アグアァァァ!! あ? なあ!? はぁ!?」
その顔は困惑に極まっていた。いやーそれはビックリするだろうな。姫の勇者の力は余りに規格外。デタラメな強さなのだから。
「うぐぐ…セイ!」
そんなはずはないとばかりに強力なキックを放つグラーク。しかしまたも、鈍い音が鳴り足がおかしな方向にに曲げられる。
「ぐああああ!」
「貴様! それほど強大なパワー、ありえん! 一体どんなステロイドを使った!どれほど健康寿命を削って得たのだ!」
パーン!とグラークの顔をひっぱたく姫。
「うるさい! そんなの使ってないわよ!ロベルトにあんな大怪我させて許さない!」
バキッ!
「だいたい筋肉筋肉ってそれを人に強要したらダメでしょう!」
メキッ!
「だいたいあなた汗くさいよ!シャワーくらい浴びてきなさい。エチケットでしょ!」
ウッ!
一方的に打ちのめされグラークは心身共にズタボロになったようだ。そして、最後の追い討ちをかける姫。
「聖華掌!」
姫の手がうつくしく光輝いていく。拳に魔力を集め撃つ姫の得意技だ。
「グアアアア!!」
叫び声を上げ、動かなくなるグラーク。しかしまだ意識はある様子。やはり凄い耐久性能だ。
「姫、勝負はつきましたね。トドメをさして早く、ロベルト隊長を病院にお連れしましょう」
とクルセラ。
確かに姫は回復魔法が苦手で、さっきのヒールでは怪我はほとんど回復していない。まあ病院など行かなくても、自力で回復はできる。
「待てクルセラ、私は大丈夫だ。それより先にそいつには聞きたい事がある」
「ガハッ…う…な、なんだ、なんでも答えよう」
予想外のグラークの返事。意外にも素直だ。
「負けた…テンション魔法やテクニックではなく真っ向勝負でパワーで負けた。清々しい程に完敗だ。これが筋肉よりも太い、仲間同士の絆の力か……」
いや、それは別に関係ない。単に姫が強いだけ。
「ぐ……トドメをささないなら配下に加えて貰えないか? その圧倒的なパワー、尊敬する、感動すらした。世界が逆転するほど衝撃だった」
……!
魔王への裏切りを口にした。そしてあの能力。やはりコイツは特殊個体だな。
特殊個体とは生まれついて、もしくは後天的に魔力が変質し、特殊な能力を獲得した者の事である。これは人間でも魔物でも起こり、その魔力により独特なスキルを持つ。
特殊個体はスペシャルとかユニーク呼ばれ、当然戦闘能力も高くなる。魔物の場合は強い我を持ちやすくなる傾向があり、自由意志も高くなる。
魔王の意に反し易くなるが、その分通常のモンスターを凌駕する力を持つ。個性的であるが故の強さ、無個性であるが故の強さ、どちらも厄介だ。
結局我々はグラークを配下に加えることにした。もちろん全面的に信用したわけでは無いが軍の管理下に置きしばらくは様子見だ。
「そうと決まればその怪我も治してあげないとね。ヒール!」
姫はグラークにも回復魔法をかけた。
「かたじけない、配下に加えて貰ったばかりか回復まで……って薄っ !なんだこの回復魔法、全然回復しない。うっすいカルピスみたい!」
「うるさい!」
パーン!と姫にダメ押しをされ、また倒れ込むグラーク。結局仲良くモデムの回復魔法を受けながら町に戻った。
さて今回のクエストは終わりだが後日談。
キングトロールのグラークはそのまま東の街に居ることとなった。
流石に野放しとはいかず、軍の監視下で、兵士や町の人々の、ジムトレーナーとして働いている。
そのトレーナーとしての腕は素晴らしく、グラザップとして流行し、どんどんマッチョを量産していった。
やがて東の街はマッチョの名産地になるのだが、それはまた別のお話。