親父さん説得
貴族特区に向かう途中、俺達は容認し難い出来事に遭遇した。
貴族特区への入り口に騎士が立っており、近付く者すべてにその眼光を向けていた。それだけなら良かったのだが、ボール遊びをしていた子供が誤って騎士の方へボールを転がしてしまった。普通なら笑顔で転がし返すだろう、だが騎士は腰に帯びた長剣でそれを思いっきり叩き割った。
更に、泣きじゃくる子供に平手打ちをしようとしていたので、闘気領域で近くの壁に闇属性を付与し、騎士を引力で磔にしてやった。もちろん相手から見えない民家の裏側からそれらを行った。
「あ、気絶した」
泡を吹いてガクッと項垂れた騎士を見たナーシャは慌て始めた。
「タクマさん!もうあれを解いてください!死んじゃいます!」
「大丈夫大丈夫、もう止めてるよ」
ピクピク痙攣しているが、騎士の闘気を視認する限り安物のポーションを振り掛ければ命に別状はないと思う。
「アレ、どうするんですか?」と、子供に新たなボールを買ってあげてた雪奈が言った。
「あそこの茂みに隠しておこう」
そう言って俺は騎士を茂みに隠し、念のため装備を確認した。
「兄さん、今なにか騎士の懐に入れませんでした?」
「財布見た限りピンチそうだったからな、お金で重くしてやれば口も重くなるだろ?」
「タクマさんの言う通りです。昨今の騎士にプライドなんてありませんから、良いことがあればすぐに忘れます」
まぁ、それはそれで騎士とはなんぞや?って疑問に思うところはある。きっと、賄賂さえあればどうにかなるんだろうな……。
「それよりも、今から貴族特区に入るけど……やっぱ挑戦されるのか?」
それに対し、ナーシャは申し訳なさそうに答えた。
「今日までに結構な人数を倒しましたので、数は少ないと思います。ですが、それは私が倒せる相手のみ……酒場での騎士は勝てる相手ではなかったので逃げ回っていました」
「さっきの騎士は強いのか?」
「今気絶した人は従騎士なので私は狙われません」
ナーシャの話しでは従騎士は見習い期間の騎士で、主に都市の警備に当たっている。見習い期間を終えるとジョブに応じた騎士団に振り分けられるとのこと。
「じゃあ酒場の騎士は?」
「ルークと同じ聖騎士です。ただ、ルークのように"女神の加護"はありませんが、私ではレベル的にも厳しく……」
「レベル?」
「はい、あの方は50超えております」
「ナーシャはいくつ?」
「今43です」
「なるほどそれで逃げて……わかった、俺が自由にしてやる。任せろ」
「はい!」
いずれは誰かと結婚しなくてはならない、だけどナーシャはもっと冒険をしたかった。それが戦争のせいで予定が早まったのだ。
──ある意味、俺のせいとも言える。
かといって俺はナーシャの相手にはなれない、何故なら……腕は2本しかないからだ。じゃあ2人の妹は? それについてもちゃんと覚悟は決めている。
2人は絶対に連れて帰る……ティアには家族として、雪奈には可能性を見せるため。
だから父親をなんとかするために動くとしよう。
☆☆☆
ナーシャの予想通り、グレシャム邸に辿り着くまでに3人の剣騎士と2人の槍騎士を相手にすることになった。ちなみに剣騎士は剣を扱うジョブの人が騎士の職業に就いた名称、同様に槍騎士は槍を扱うジョブの人がなる職業となる。この世界のややこしいところは、ジョブと職業が別々で職業は大人になってからなる仕事の名称である。
なんと言うかナーシャは人気者だな、グレシャム邸が近付くにつれて明らかに出待ちしてるようにしか見えない。アイドルか!?って正直突っ込みたかったほどだ。そうじゃなければ、国民的ゲームに出てくる短パン小僧としか思えないレベルだ。
そして最後の短パン小僧を倒した俺達はグレシャム邸へ入ることができた。西の魔道都市国家にあったエードルンド邸と比べると、2回りぐらい小さい屋敷だった。
エードルンド邸と違って、石造りの塀に魔道技術による細工がなされていないのは、中央より西の方が魔道建築に秀でているからだろう。
門を潜り、噴水のある庭を通り、大扉を開けてエントランスに入るとそこに居たのは初老の男性だった。和服を着ていて腰には刀を帯びている。第一印象としては”隙がない”そう思わせるほどに不自然な自然体だった。
「ナーシャよ、その者がお前を倒した男なのか?ふむ、黒髪は勇者の血を引くから総じて優秀ではあるが──」
ナーシャは俺を見ている。彼女が俺に何を期待しているかはわかってる、だけど俺はそれに答えるわけにはいかない。一人の友人として直談判をしに来たんだ。
「俺は拓真、こっちは妹の雪奈、アンタには悪いが俺はそういうつもりで来たんじゃないんだ」
「ほう、この屋敷の周辺で待っていた騎士どもを蹴散らして来たのは君ではないのかね?」
「もちろん俺だ。だが俺はこういうやり方で婚姻を結ぶのはよくない、そう思って直談判に来たんだ。ここには友人として来ている」
ナーシャの親父さんは顎を擦りながら、視線を下から上へと俺を舐めるように見ていた。
「昨今の騎士どもは上っ面だけの気品を鎧のように着て私の前に立つ。その癖、目の届かないところでは民に対して非常に高圧的な態度で接している。それに比べたら、平民の君に嫁いでもらった方がいいと思うのだが?」
「え?」
「ベストは当家を吸収できないレベルの下級貴族、それも次男あたりに嫁いで欲しかったが根回しが不十分だったのか、どこかで話しを嗅ぎ付けた上級貴族が出張ってきたのだ。奴等相手に”嫁いでくれ”なんて言えるわけもなく、渋々条件を出した」
「俺がいいと言ったのはアンタ自身の本心で、家長としては下級貴族を所望ってわけか……」
「いいや、本心であり──伝統だよ」
その言葉と共に突如屋敷全体が魔力で覆われ始めた。
「な、なんだこれは!?」
「君ならこれが何なのか、今までしてきた冒険で見てきたのではないかね?」
言われてみると、魔力で覆われた地面や壁はどこかで見たことがある。それもついこの間まで……あ!?
「どうやら気付いたようだね。そう、君が今右手に着けているそのグレシャム家の指輪は当家の秘宝だ。そしてそれを持った者が当主に意見するとき、この屋敷全体が決闘場と化す。これは当家に伝わる婚姻の儀式そのものだよ!」
ティアと会う前、俺はこれをナーシャからもらった。武器を魔力で覆う指輪だと、そう思っていた。事実、DeM IIを使うまでは壊れた剣をナーシャの指輪で補強して戦っていた。壊れたとはいえ雪奈が設計し、武器屋の親父が作った剣だったからそれを大切にする意味も込めて使い続けた。
まさか、娘をもらう為に親と戦うためのアイテムだったとは思わなかった。
「タクマさん!?ごめんなさい!私……私、おとぎ話だと思ってたんです。だってお父様のときは普通に挨拶に来たって聞かされていたから!」
「ナーシャは嘘は言っておらんよ。私とてこの現象を生きているうちに見られるとは思っておらんかった」
「待てよ、挨拶ってアンタ婿養子なのか?」
「ああ、そうだ!なにせグレシャム家は女しか生まれないからな!」
「エードルンドか!?」
思わず俺は突っ込みを入れてしまった。エードルンド家も女しか生まれず、その子供は例外なく”ヴァルキリー”になると聞いていたからだ。そんな特殊な貴族が2つもあるなんて思わないじゃないか。
「エードルンド家か……あの家も大変だろうなぁ。君は知らないかもしれないが、女しか生まれない貴族の存続は非常に苦しいのだよ……どうか、気持ちを汲んでくれないか?」
「断る!さっきも言っただろ、無理だって」
「だとすれば────」
「戦って屈服させろって、そういうことだろ?」
俺が勝てばナーシャの処遇は俺が決める、俺が負けたらナーシャと結婚する……実にシンプルなルールじゃないか。
ちなみに雪奈はどす黒いオーラを放ちながら腰の刀に手をかけている。雪奈がナーシャの親父さんを斬る前にさっさと決闘で勝負を着けよう。
だだっ広いエントランスで互いに距離を取り、武器を構える。
「園田 拓真──」
「ミハイル=グレシャム──」
「「いざ参るっ!!」」




