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護衛依頼

 ゴトゴトゴト


 冒険者ギルドの受付で討伐証明である魔石を大量に取り出すと、あまりの多さに別室で鑑定してもらうことになった。


「……はぁ。いつまで待たされるんだ?」


 別室に移動してすでに1時間が経過していた。ティアはソファで寝てるし、ルナもティアの上に乗って寝ている。1個を除いて全ての魔石は鑑定が終わっており、最後に出した灰色の魔石を見せた途端に血相変えて受付嬢が出ていった。


 そう言えば、ルナとティアは初対面の時から仲が良かったな。二人とも『月』繋がりだから馬が合うのだろうか?雪奈の時はもっと苦労してたから良いことなんだろうな。


コンコン


 感慨に耽っているとドアが開き、緑のローブを着た老人が入ってきた。ローブをよく見ると金の刺繍が施されており、身分が低くない事がわかるデザインだった。


「お待たせして申し訳ないの……この灰色の魔石の事で少しお主に聞きたい事があってな」


「正直疲れてる。なるべく手短に頼みたいんだが……」


 老人は時間は取らせないといいつつソファに腰をかけて正面から俺を見据えてきた。


「まずは自己紹介じゃ。ワシの名はロルフ = フェーンストレム、パルデンス方面のギルドマスターをさせてもらっている」


「俺は拓真、こっちで寝てるのがティアだ」


 ティアもロルフに負けず劣らずのローブを羽織らせているため神子とは気づかれてはないはずだ───そう思っていたがロルフは看破していたようだ。


「その娘の事は知っておる。月の娘じゃろう?ワシらギルドマスターは偏見など持っておらんから安心せい。この魔石をお主が持ってる時点でそやつの素性などわかっておったわ」


「で、この魔石について聞きたい事があるって言ってたな?こちらも魔石についてできるだけ教えて欲しい、これはなんなんだ?灰色であることが特別なのか?」


 ロルフは側に控えていた受付嬢を退室させると、神妙な面持ちで手を組んで言った。


「それは『終末の獣の尖兵』の魔石じゃ。神子の一族を拐っては北の大地に連れ帰ってるという報告を受けておる」


「北は封印されてるって聞いたんだがな。それに……400年も前に討伐された悪神の尖兵がなんでウロウロしてるんだ?」


「それがのう……ここからは口外しないで欲しいんじゃが、討伐はされてはおらんのじゃ」


 想像通りの返答に対して驚きもしなかった。だが、そうなるといよいよチートクラスの力が必要になってくる。雪奈も俺もチートは無い……雪奈はそもそも本人が秀才故にチートに見えるだけで、本物のチートの前にはそれも霞んでしまう。俺は……まぁ、言うまでもない。


「事態は600年前よりも最悪の状態になっておる。ギルマスしか知らない情報じゃが、400年前の討伐直後に何らかの原因で悪神が急遽復活し、やむ無く女神と勇者が北の大地ごと封印したみたいなんじゃ。女神とて力は有限、徐々に封印も弱まっておる……」


「じゃあ、あとどのくらい維持できる?」


「持ってあと10年───それまでに人類は悪神を倒す術を見つけなくちゃならん」


 最悪だ……倒してたと思って余裕こいてた400年、貴族は当時よりも衰退し、主力と思われる教会騎士も中は恐ろしく腐っている。これだけ衰退期の人類に10年しか時間がないとか詰んでるだろ!


「王には世間を騒がせないように箝口令が敷かれていただろ?なんで俺にそれを言った?」


 ロルフは黙って俯いたあと、ティアを指差した。


「黒髪の男と銀髪の少女……まるでおとぎ話の『勇者と神子』のようじゃないか……。奴隷商どもは神子を3週間周期でたらい回しにしていたじゃろ?」


 そう、まるでどこかの呪いのビデオのように周回させてたって聞いたな。


「お主だけが彼女を最後まで見捨てなかったんじゃ。パルデンスは魔道学院が発展しすぎて冒険者になる人間が少ない。それ故に、冒険者の質が大きく落ちているんじゃ。普通の冒険者ならその娘を見捨ててるじゃろう。なのにお主は守りきった……ワシはお主を骨のある冒険者として信じたくなった、それだけじゃよ」


「どうせ来るべき日に備えて俺も取り込んでおこう、とか言うやつだろ?」


「バレちゃった」


 ロルフが気持ち悪いテヘペロをしてきたので叩こうとするが避けられる。


「おお、そうそう。ティアちゃんにこれを渡してくれんかの?」


 ロルフは話を無理矢理無視して俺に指輪を渡してきた。


「これは?」


「尖兵に感ずかれないようにする指輪じゃ。もしや、お主たちはあれで終わったなんぞ思っておらんだろうな?結界が弱まる日に毎月襲ってくるんじゃぞ?知らなかったのか?」


 ああ、それで一ヶ月周期なのか……。


「ン……?お兄ちゃん、鑑定終わりましたか?」


 ティアが俺たちの声で目を覚ましたようだ。

 

「お兄ちゃん!?お主、お兄ちゃんと呼ばせておるのか?」


 ロルフを無視してティアに指輪を渡そうとするが、受け取らずに手の甲を俺に見せたまま動かない。


「お兄ちゃん、左薬指に嵌めてもいいよ?」


「お主らそういう関係なのか!!!」


 俺はロルフを無視して右手薬指にはめた。


「私、お兄ちゃんの彼女なんだ……」


 ティアが両手を頬に添えてクネクネし始めた。


「は?おい待て!そういう意味になるのか!?薬指は左だけに意味があるんじゃないのか?」


「お主、無知じゃのう……」


 ロルフを無視してティアから指輪を抜こうとするが、ティアが激しく抵抗するため諦めた。

 元の世界に帰るのに……なにやってんだよ俺。


「そうそう、その指輪の代金として1つ依頼を受けてくれんかの?」


「有料なのかよ!!」


 俺の突っ込みを無視してロルフは語る。


「魔道女学院の令嬢をパルデンスまで護衛してくれんかの?ワシも同行するが……お付きのメイド長にきつく言われての。加齢臭がお嬢様につかないように若い冒険者を近衛に、そしてワシが離れたところで策敵をするように言われたんじゃ……爺の風当たりもなんとかして欲しいものじゃ」


「えーっと、じいさんも苦労してるんだな……。わかったよ。引き受けるよ」


「他に冒険者1名と傭兵1名を雇っておるから今呼んでくるわい」


 ロルフに呼ばれて現れたのは全身甲冑姿の冒険者と……大剣を背負ったどこかで見た男だった。


「初めまして!俺、拓真。こっちがティアだ」


 ティアは淑女のようにスカートを摘まんで挨拶をした。


「おいおい!初めましてっじゃねえだろ!オズマだ!覚えてないのかよ!」


「なんじゃ?二人は知り合いかの?じゃあ紹介はいらんな。こっちの甲冑の冒険者だが、寡黙なやつでのう。筆談か身振り手振りで意思疏通はできるからよろしく頼む、名前は『スノウ』じゃ」


 甲冑……この世界は異世界人が来る度に文明開化してるから、すでに無用の長物となってる。理由は詠唱式魔術発動から魔方陣式に変わったことが原因だった。高速化する魔術の登場により甲冑だと重すぎて前衛が的にしかならなくなったからだ。次に来た異世界人はそれを克服するために私服に魔方陣を刻んで甲冑と同等の防御性能を得る技術を考案した。


 さらに次に来た異世界人はそれだと異世界の空気が崩れるということで実用性と私服を折衷した『ファッション』という新たな分野を開拓したようだ。

 ティアもローブの下はレザーの腰当てとワンピースが一つの『ファッション』として成り立っているため喜んで着ているのだ。


 いつの間にか目の前に甲冑のスノウが立って握手を求めてきたので、こちらも快く握手をした。

 オズマは喧嘩腰だったのに、この人は友好的だ。傭兵はやはり血の気が多いのだろうか?


「ニャーーーーーー」


 ルナが甲冑をガリガリと引っ掻いている。


「わ、悪いな!普段はイタズラとかしないんだが、今日は虫の居所が悪いみたいなんだ。すまん」


 スノウは手を横に振っていえいえとジェスチャーをしている。うん、この人はいい人だな。ったく、あとでルナに言い聞かせないといけないか……。


「では明日10時ごろにここで待ってるからの!」


 ギルドマスターロルフ──正直彼がいれば明らかな余剰戦力となる。ほとんど楽してパルデンスに向かうようなものだろう……。ここまで過保護な護衛の必要性に疑問を抱きつつも、実際二人だけでパルデンスにいくのは困難だったので破格の依頼に飛び付くしかなかった……。

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