4.爆発魔じゃないです!
部屋を片付け、再び落ち着いた時にはもう大分日が傾いていた。お昼ごはんを食べ損ねたが、まぁ田舎ではよくあることだ。
とりあえずもう一度お茶を入れ、3人でテーブルにつく。
「とりあえず、ハルコ嬢の魔力量は神殿で測るしかないでしょうね。簡易計測器が壊れる程の魔力量となると、神殿の計測器が壊れないと良いですが……」
「そ、そんな破壊魔じゃないです!」
「まぁ、悪気があるわけではないのは分かっています」
苦笑するファルディンに、春子はジト目になる。なんか馬鹿にされているような気分になる。
「どのみち、異邦人登録も神殿で行いますので、一度王都へ行く必要がありますね」
「王都……」
「ハルコ嬢はこの街から出たことは?」
「ありません」
ふむ、と頷いたファルディンはサラリと現代日本人には辛いことを告げる。
「そうですか。王都までは、馬車などを使った場合ここから大体一月程度ですね。今の季節であれば、移動はそう辛くはないと思いますが、少々覚悟をして頂ければと思います」
「いっかげつ……」
「春子さん、大丈夫?」
呆然と呟く春子に、ネジュが心配そうに声を掛けた。この世界の人は、一般的な市民であればこんな旅をすることはないという。生まれ育った街近辺を移動する程度だそうだ。
もし、王都に行って異邦人登録とやらをして、その後この街に帰って来ると考えると、それだけで季節はあっという間に冬になってしまいそうだ。この街は比較的温暖な場所らしいが、冬支度はちゃんとしなきゃいけないとマールから聞いていたので、不安が募る。
「どうしても、行かないといけないですか……?」
「ハルコ嬢? そんなにお嫌ですか?」
「えぇ、まあ、気は進まないです。今まで、異邦人登録とやらをしなくても何も問題なかったですし」
眉間に皺を寄せてかなり渋っていると、ファルディンに苦笑される。そして少し首を傾げたファルディンが、異邦人登録のメリットを教えてくれる。
「そうですね。でも、異邦人登録を行えば、国から多少ですが支援金も給付されるようになりますよ」
「支援金……?」
「ええ。突然違う環境で暮らすことになるわけですから、生活環境を整えるための資金を給付される決まりになっているのです。それは、既にネジュ殿の元で生活をしていたハルコ嬢でも同様です」
「うぅ~ん……」
「まぁ、あとは決まりなので。申請があったからには、登録のために王都に来て頂かないといけません」
「お役所仕事かっ!」
少々心が揺れながら悩んでいると、結局ファルディンは笑顔で身も蓋もない理由を言い放つ。悩んだ意味は何だったのだ。
思わず半ギレで突っ込んでしまうと、ファルディンは少し目を見開いて固まっていた。エリートな騎士様の周りにはこんな反応する人は居なかったのかもしれない。
少し恥ずかしくなりながらむくれていると、隣からそっと干しブドウを差し出された。
「……ネジュさん?」
「春子さん、干しブドウ好きだよね?」
ほにゃりと笑うネジュに、ささくれ立った心が少し落ち着いた。一口甘い干しブドウを食べ、小さくため息を吐く。
こんな簡単なことで機嫌を直すなんてお手軽な人間だ、と自嘲しながら渋々頷く。
「分かりました。異邦人登録と魔力計測のために、王都の神殿に行けばいいんですね?」
「はい。ありがとうございます」
春子が折れると、ほっとした様子でファルディンが笑みを零した。流石にキラキラした容姿だけあって、笑顔が麗しい。
どこか他人事な気分でその笑顔を見ていると、隣のネジュが小さく息を呑んだ。同性でもファルディンの笑みに魅了されてしまったのだろうか。首を傾げてネジュを見るが、目を伏せていて視線が合うことはなかった。
不思議なネジュの挙動は気になるが、とりあえず話を進めようとファルディンに問い掛ける。
「それで、いつ出発するんですか?」
「そうですね……。荷物の準備もあるでしょうから、明後日の朝にでも」
「え、荷造りは明日一日でやるんですか……?」
「ええ。私もお手伝いさせて頂きますので。それに、少々長い旅路とはなりますが、あまり沢山荷物も持ち歩けませんし」
「あー、そうですね。旅に何が必要か分からないですし、色々教えてください」
「はい、お任せください」
ニッコリと笑うファルディンに小さく頭を下げると、春子は窓の外に視線を向ける。まだ日が長い季節のため外の様子は夕暮れというほどではないが、そろそろ夕食の準備を始める時間だ。
そんな様子に気が付いたファルディンが席を立つ。
「それでは、私はそろそろ」
「あ……。折角なら、夕食食べて行きますか?」
「ネジュさん?」
「あ、えっと。その。明後日から一緒に旅をするなら、もう少し、互いのことを知っておいた方が、良いんじゃないかなって……」
意外な誘いをするネジュに問い掛ければ、少々しどろもどろながらも、結構真っ当な理由だった。確かに、知り合って間もない人間と一ヶ月も旅をするのは辛い。もう少し親交を深めることも必要だろう。
ファルディンも意外だったのか、片眉を上げてネジュを見ていた。しかしすぐに笑顔になるとネジュの誘いに頷いていた。
「分かりました。では、お手数ですがご一緒させてください」
「うん、大したものは出来ないですけど……」
もにゅもにゅと呟いたネジュは、そのままキッチンに行ってしまう。
結構手先が器用なネジュは、料理も上手だった。そして春子は色々と調理器具に慣れることが出来ず、キッチン立ち入り禁止令が出されていたりする。おかげで、もっぱら料理はネジュの担当だった。
しかしファルディンからすると意外だったのだろう。目を瞠ってキッチンへ消えていったネジュを見ていた。
「ネジュ殿が夕食を作るのですか……?」
「ええ。ネジュさんの料理は美味しいですよ」
「そう、ですか……」
なんとも言えない微妙な表情のファルディンを小さく笑い、春子はもう一杯お茶を入れるために席を立つ。そして居間の片隅に置いていた魔道具のケトルに慎重に手を伸ばす。
魔力はほんの少しだけ、と内心で呟きながらケトルのスイッチを押した時だった。
バァァンッ! という本日二回目の音と共に、春子の前でケトルが吹き飛んでいく。
「春子さんっ!?」
「ハルコ嬢……」
「けがは、ないです……」
幸いに春子とは反対方向に吹き飛んだおかげで、何も怪我はなかった。しかし、心に重いダメージを負った春子は床に頽れる。
「怪我がなくて良かった。でも、春子さん。もう勝手に魔道具触っちゃダメって言ったよね?」
「……ごめんなさい。きっと、今日は出来ると思ったんだけど……」
「さっき計測器も爆発させてたのに……」
春子の側にしゃがんだネジュは、普段はあまり見せない厳しい表情をしていた。そのことに、よりしょんぼりとした春子に、ネジュはへにょりと眉を下げる。そして状況を飲み込めていないファルディンに説明する。
「春子さん、魔力の出力を調整したりとか、魔法へ変換したりとか苦手なんです。だから、魔道具も上手く使えなくって、今までも何個か壊しちゃってて……」
「あぁ……。じゃあ、料理担当がネジュ殿なのも……」
「うん、そうですね。調理器具は基本魔道具だから……」
この世界のコンロやオーブンは大抵魔道具なのだ。しかも、魔術師であるネジュの家にあるものは、自分の魔力を注ぎ込んで使うタイプだったのだ。一般家庭であれば、元々セットしている魔石の魔力を使うタイプであるため、きっと春子にも使えたはずだ。
だから、ただちょっと相性が悪かっただけで、決して春子が爆発魔で破壊魔な訳じゃない。
そう内心で自分を宥めながらも、生温かい目を向けてくる男二人に、春子はいじけて床に座り込んだまま丸くなるのだった。