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2.色々驚きました

「え……? お迎えって……?」


 ファルディンの言葉に戸惑う春子を他所に、マールは嬉しそうに声を上げる。


「まぁ! ハルコちゃん!! いつの間にこんな立派な人とそんな仲になったのよ!」

「えぇ!? そんな仲って、そもそも初対面ですし! さっき名前確認された様な仲ですよ!」

「あら。そう言えばそうね。それじゃあ何かしら?」


 あっという間に盛り上がり、そしてあっという間に落ち着いたマールにファルディンも苦笑しながら、話を進める。


「えーと、そちらの方はネジュ殿でしょうか」

「はい。僕がネジュです。マイヤ神殿からってことは、僕の申請に対するお迎えってことでしょうか?」

「ええ。異邦人、ハルコ・セノウミ嬢をマイヤ神殿にて保護するためにお迎えに参りました」


 ニコリ、と笑って返すファルディンの言葉に春子は愕然とする。

 ネジュとは毎日顔を合わせている、というかこの薬屋の奥にある家で一緒に暮らしているのに、何も聞いていない。


 それに、顔馴染みの人が増え、この薬屋の店員の春子、として居場所が出来たと思っていた。

 やっと、ここで生きていく、ということを受け入れられたというのに。


 それなのに。


「神殿で保護って何……? もう半年も経ってるのに、今さら何なの!?」

「春子さん、落ち着いて!」

「ネジュさん、ねぇ、なんなの? わたし、ここに居ちゃダメだったの?」


 春子の肩に手を置き宥めるネジュを見上げると、青灰色の瞳を申し訳なさそうに反らされる。


「そういうわけじゃ、ない、けど。その……」

「ネジュ殿、説明していないのですか?」

「う……。ごめんなさい…………」


 要領の得ない言葉ばかりを口にするネジュに、ファルディンの冷たい視線が突き刺さる。


 マールは取り乱す春子の様子から色々察したらしく、春子を抱きしめると、宥めるように優しく背中を叩く。小さく、「ハルコちゃんはここに居て良いんだよ」と語りかけてくれるその笑顔に、春子はホッと息を吐く。

 ネジュに拾われた直後から色々と助けてくれているマールは、春子の事情も大体知っているのだ。そのマールが掛けてくれる言葉は、とても安心する。


「マールさん、ありがとうございます」

「なぁに、大したことじゃないよ。それよりネジュ、ちゃんと話をしなさいって前に言ったはずだけど、アンタずっと放置してたのかい?」


 春子が小さく笑いながら体を離すと、マールはからりと笑ったあと、ネジュへ呆れたように問いかける。

 ネジュは怯えたようにビクリと体を震わせると、小さくうなだれる。


「うぅ。ごめんなさい……。春子さん、これから説明するから、聞いてくれる?」


 自信なさげに眉をハの字にしながら聞いてくるネジュに、春子はため息を吐いて頷く。

 大きな体を縮こませているネジュは、どうにもご主人様に捨てられるのを恐れる大型犬のように見えて憎めない。ついついいつも、許してしまうのだ。


「分かったから。ファルディンさんも一緒にお願いしても良いですか?」

「ええ。どうやら補足も必要そうですしね」


 苦笑しながら頷くファルディンに小さく礼をする。そして心配そうにしながら帰っていくマールを見送ると、お店のドアに休みの札を出した。


 今日は、薬屋は臨時休業だ。


   § § § § §


 お店の奥にある居間へとファルディンを案内すると、春子はお茶を用意する。そしてひょろりと大きな体を小さく丸めているネジュも含めて三人でテーブルを囲むと、口を開く。


「異邦人を保護って、どういうこと? それにネジュさんが申請したって……。わたし、ネジュさんに拾われてから半年くらいここに居るけど、なんで今さら……」


 色々と募る疑問を口にしていくにつれ高まる感情から、春子は言葉を詰まらせる。その大きなこげ茶の瞳には涙の膜が張っており、今にも零れ落ちそうになっていた。

 それを見たネジュが慌てふためき、お茶を溢しそうになっている様子にファルディンは大きくため息を吐く。


「お二人とも、まずは落ち着きましょう。そして一つずつ、確認をしましょう。良いですか?」

「「………………はい」」


 優しそうな笑顔を浮かべながらも反論は許さない、という圧力を掛けるファルディンに、春子とネジュは大人しく頷く。

 キラキラと輝く様な空気を放っているのに、その笑顔には黒いものが見えた。


「まず、ハルコ嬢は異邦人で、半年前にこちらに来た。間違いないですね?」

「はい」

「ちなみに、こちらに来る前はどちらに居たのですか?」

「日本という国の東京という都市です。大学帰りに近道をしようと思って路地に入ったら、この街の外の森の中でした……」


 ここに来た時の事を思い出し、春子はため息を吐く。


 普段あまり通らないとはいえ、迷うような場所ではなかった。何より、元々春子が居たのは東京都内。舗装された道とコンクリートの建物に囲まれた道を歩いていたのに、気が付いたら森の中だったのだ。

 歩いてきた道があるかと振り返ってみても、周囲は木と土のみ。全くの別の場所だった。


 訳が分からな過ぎて、気が狂うかと思った。


 そんな時、偶然森へ薬草を摘みに来ていたネジュに拾われたのだ。


「そうですか。ニホン、トウキョウといった土地の名はこちらにはありません。過去の異邦人の中に、同郷の方は居るかもしれませんが……」

「そもそも異邦人って、そんなに頻繁に来るものですか?」


 ネジュに拾われた時も、驚かれはしたが、あっさりと受け入れられたのだ。しかも、何やら申請や保護、と言ったシステムもある様子だ。

 今さらながらに思い当ったことを尋ねると、ファルディンは申し訳なさそうな顔で答える。


「歴史的観点からすれば珍しいものではありませんが、頻繁に現れる存在ではありません。私が知っている限りであれば、現在この国にはハルコ嬢以外の異邦人は居りません」

「そっか……。ちなみに……、今までの異邦人が元の世界に戻った、ってことは?」

「分かりません。歴史書の記載では、明確に異邦人が帰ったといったものは、ありません」

「そう…………」


 今まで怖くて誰にも聞けなかったことを聞き、春子は黙り込む。


 何となく、そんな予感はあった。

 前触れやきっかけなど一切なく、この世界に迷い込んだのだ。帰り道が確保されているとは、元々思っていなかった。

 それでも、ショックは隠せない。


 しばらく俯いて目を閉じ、眉間に力を入れる。うっかりすると、涙が零れてしまいそうだった。

 それでも、胸の内でグルグルと渦巻く色々な感情を押さえこみ、大きく息を吐いて顔を上げる。


「あーもうっ! 落ち込んでもしょうがない!! それより、話の続きをしましょう!」


 あえて明るい声で話しかけると、ファルディンは意外そうに碧い瞳を見開く。ネジュは、心配そうに春子の顔を見つめ、何やらわたわたとしていた。

 そんなネジュの様子に小さく笑いを零し、話を促す。


「帰れないかもしれないことについては、薄々予想はしていましたから。それよりも、異邦人の保護とか申請って一体何なんですか?」

「ああ、そう、ですね。異邦人の保護、は言葉通りです。ハルコ嬢、貴女はここに来た当初、言葉に不自由は?」

「ん~、特に無かったですね」

「やはり。今までの異邦人も、異なる世界から来たのにもかかわらず、何故か言葉は問題なかったそうです。これは、異邦人への”贈り物”と言われてます」

「”贈り物”……」

「ええ。そしてそれ以外の”贈り物”を持っている者が大半でした。だから、保護するのです」


 ファルディンの説明に、春子は首を傾げる。


「”贈り物”を持っているから、保護?」

「はい。”贈り物”は一様にして、大きな影響力を持ちます」

「春子さんの場合、その大きな魔力が、”贈り物”だと思うよ」

「え?」


 そっと言葉を挟むネジュに、春子は目を見張る。

 確かに、前にネジュから途方もない量の魔力を持っている、とは言われたことがあった。とはいえ、日本に居た時には魔力なんて空想のものだし、全くピンと来ない。

 それに何より、ここに来たばかりの頃はしばらくネジュから魔力や魔法の使い方について教えて貰っていたが、途中でネジュがさじを投げたのだ。


 かろうじて魔力については存在を掴み、放出することは出来るようになっている。しかし量の調節とか魔法へと変換する、といったことが出来ず仕舞いなのだ。

 そんなものを”贈り物”と言われても、有難味もない。


 納得できずに首を傾げるばかりの春子に、ファルディンはため息を吐く。


「貴女のその魔力量は、尋常ではありません。使い方によっては、一国を滅ぼしかねない」

「ぇえ……!?」

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