12.温泉ってまさかの
グディアム達の会話やファルディンの表情に色々と衝撃を受けたが、春子はとりあえず温泉に入ることにした。決して、考えることから逃げたわけではない。
誰に対してというわけではないが、そんな言い訳をしながら入った脱衣室には他の客は居なかった。
「わぁ、やった。貸し切りだ」
うきうきして、小さく鼻歌を歌ったりもしつつ、手早く着替える。この温泉では、水着のような入浴着を着る決まりらしい。
水着を着て温泉に入るのは、日本人としては微妙な気分だったが仕方ない。
バン、と元気いっぱいに温泉へ繋がる扉を開けた。
「うわ、え? は、春子さん!?」
「え? ネジュ、さん!?」
他に人は居ないと思っていたし、入浴着も着ていたから、堂々と仁王立ちで扉を開けていた。
なのに、まさかのネジュが居たのだった。ゆったりと温泉に浸かっていたらしいネジュは、ぎょっとした様子で春子を見上げている。
その顔は、温泉のおかげもあるのだろうが、常になく赤かった。
「え、何? 何で!?」
「は、春子さん、とりあえず、隠して……」
「ぇえ? あ、うん。ごめん……?」
もにゅもにゅと呟きながら俯くネジュの反応は、なんだか乙女の様だ。仁王立ちしている春子の方が、まるでおっさんだ。
なんだか腑に落ちない気分になりながらも、片手に持っていたタオルで体を隠す。
そして周囲を見渡し、先ほどは見落としていた張り紙を見つけた。
「あ~、そういうことか……」
「え……? って、春子さん!?」
張り紙の内容に納得した春子は、いい加減冷えて来たのもあり、ずんずんと温泉へと向かう。
そしてネジュが相変わらずわたわたとしているが、とりあえず掛け湯をして温泉に浸かる。一応、乙女な反応なネジュに気を遣い、少し離れた場所にしておいた。
「この温泉、混浴なんだって。男女別に作るより、広いところでお楽しみくださいって」
「えぇぇぇ……」
小さく笑って張り紙の内容を教えてあげると、ネジュはふにゃりと温泉の中に沈み込んでいく。
「ちょ、ネジュさん!?」
「……っぎゃ、ちょっ、ちょっと待ってぇ」
顔までお湯に浸かりそうだったネジュを慌てて支えると、今度は悲鳴を上げて逃げられてしまった。湯船から逃げ出し、ヘリの部分でへたり込んでいるネジュは、ちょっとプルプルと震えている気がする。
なんていうか、春子が痴女みたいな扱いでとても不服だった。
むっすりと腕を組んで見上げていると、ゆったりとした海パンのような形の入浴着を着ただけのネジュの体が良く見える。
ひょろひょろとした頼りない体付きと思っていたが、意外にも筋肉がしっかりと付いているようだ。勿論、騎士であるファルディンなどと比べたら、かなり細身だろう。
だがガチムチよりは細マッチョ派な春子としては、悪くないと一人で頷いていた。
しかし、そうやってかなりまじまじと見ていたからだろう。
より一層顔を赤くしたネジュが、ひゃあ、といった声を上げて逃げるように出ていってしまった。
「あ、逃げられた……。流石に、痴女っぽかったかな……」
ブクブク、と口元まで温泉に浸かった春子は、一人反省した。
§ § § § §
その後は他に誰も温泉に客が来ることもなかったため、春子はのんびりと温泉を満喫した。そして心身ともにリフレッシュし、ほくほくした気分で脱衣室を出る。
「ふぅ~いい湯でした……って、ネジュさん!?」
「……春子さん。温泉、満喫できた?」
「とっても。でも、ネジュさん大分前に出たよね? 待ってたの?」
「う、いや、そういうわけじゃ……」
女性用の脱衣室の手前、男性用の脱衣室の前でネジュが丸まって座り込んでいたのだ。驚いて側に寄れば、もにゅもにゅと呟きながら、俯いてしまう。
その頬は、なんだか少し赤い気がする。
「どうしたの? 体調悪くなっちゃった?」
「ううん、大丈夫。春子さん、その…………」
「どうしたの?」
「う、その……。肌は、ちゃんと隠した方が、いい、と思う……」
「え?」
しゃがんだまま春子を見上げ、そう呟くネジュは耳まで赤い。
しかし春子としては、一体なんのことだろうと首を傾げるばかりだった。その様子を見て、ネジュは眉を下げながら言葉を紡ぐ。
「その、だから……。今回は、僕だったけど、他の男の人が居たかもしれないし、さ。ちゃんと隠した方が、良いと思う」
「え、でも入浴着は着てたよ?」
「でも、足とか……!」
そこまで言って温泉での出来事を思い出してしまったのか、ネジュは両手で顔を覆ってさらに縮こまる。
確かに、この世界の女性は基本的にロングスカートかズボンを着ており、日本のように足を露出することはほぼない。そう考えれば、ビキニではなくワンピースタイプなのだが、腕や足が完全に露出している入浴着は刺激が強いのだろう。
しかし、それと今この場にネジュが居る、ということにどんな関係があるのだろうか。
首を傾げて考え、ふと思いついたことを確認してみる。
「……もしかして、ネジュさん。他の男の人が来ないようにしてたの?」
「っ……、や、そういうわけじゃ……」
「でも、実際誰も来なかったし」
「…………ぅん」
「ネジュさん……」
へにょり、と眉を下げたネジュが渋々認めたことに、春子は小さく息を吐く。
ネジュは心配してくれたのかもしれないが、他の人に迷惑をかけてしまうのは嬉しくない。それにネジュを見てみると、彼の灰色の髪はまだ湿っているようだ。
しゃがんでいるおかげで低い位置にあるネジュの頭にそっと触れる。
「ネジュさん。私が不用心だったのは、ごめんなさい。でも、他の人に迷惑かけたり、ネジュさんが風邪ひいちゃうようなのは嫌」
「春子さん……」
「次からは、こういう風にするんじゃなくて、私に注意して欲しいな。まだ、この世界の常識も良く分かってないから、教えて欲しいの」
「次…………」
小さく呟いたネジュはなんだか嬉しそうだった。
そしてしゃがんだままではあったが、しっかりと春子に向いて、頷く。
「うん、分かった」
「よかった。じゃあとりあえず、髪ちゃんと乾かそっか。あと、体冷えてない?」
「ん、大丈夫」
「本当?」
「うん」
わしゃわしゃと持っていたタオルでネジュの髪を拭いてやりながら聞けば、目元を少し赤くしたネジュがほわりと笑う。
その笑みは、とても幸せそうだった。




