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10.ミランの街

 ミランの街に着いた翌日は、旅の疲れを癒すために神殿で大人しくしていた。しかしその一日で、春子は既に神殿での扱いに嫌気がさしていたのだった。


「様付けで呼ばれるのだけでも嫌なのにさ、何でもかんでもお世話しようとするし、どこ行くにも誰かついてくるし。ほんっと息が詰まるの!」

「春子さん……。でもさ、豪華な部屋とか、お姫様みたいな生活とかって、憧れるものなんじゃないの?」

「うーん……。まぁ、憧れなくはないけど、1日くらいでいいかなぁ。私は根っからの庶民だし」


 肩を竦めて笑えば、ネジュは驚いたように目を見開いていた。そんなに意外な考え方だろうか。

 少し首を傾げてネジュを見上げる。


「私は広い部屋で、知らない人に(かしず)かれるよりも、家族と暖かい食卓を囲みたいかな」

「そっか……」

「うん、そうなの」


 どこか無垢な表情で呟くネジュに笑いかけ、彼の服の袖を引く。


「さて、どこに行こっか?」

「どこ……。というか、抜け出して大丈夫だったの……?」


 ミランの街滞在3日目になった本日、春子はネジュを引っ張って神殿から抜け出し、ミランの街観光に出かけていた。もちろん、護衛の神殿騎士などは無しだ。


 神殿を勝手に脱走したことを思い出し、びくびくした様子で周囲を伺うネジュに、春子はニシシ、と笑う。


「だぁいじょうぶ! ちゃんとファルディンさんには許可取ってるし」

「え、そうなの?」

「うん。それに、控えの間にいた神官さんとかには、護衛付けなきゃいけないなんて貴方たちの街の治安に不安があるのかって詰め寄ったら引いてくれたし」

「うわぁ……」


 ドヤ顔の春子に対し、ネジュは少し引き気味だ。しかし春子はあえてそんなネジュの様子は無視して腕を引っ張る。

 神殿を抜け出すことは出来たが、多分グディアムへ報告されているだろう。そうなると、きっと護衛という名の監視を付けようと、神殿騎士が春子達を探している可能性が高い。なるべく神殿から離れた方が良いだろう。


 幸い、というか不幸というか、ミランの街の観光の目玉はマイヤ神殿だ。神殿内は一般公開されていない部分も含め、昨日のうちに見て回っている。

 今日は街中を気ままに散策したいのだ。


「ネジュさん、この街の名産品って何かな?」

「う~ん、なんだろう……。確か、飴細工は人気だったと思うけど」

「飴細工! 後で見てみたいな。とりあえず、大通り沿いのお店見てみても良い? 素敵なお土産があれば買いたいなぁ」


 ニコニコ笑いながらネジュを引っぱって進む春子の足取りはとても軽やかだ。

 今日はとても良く晴れた、観光日和だった。秋の入り口の過ごしやすい気候で、青い空も高くて気持ち良い。ファルディンの助言で持って来たお気に入りのワンピースを纏い、ネジュと賑やかな街を巡れるなら、神殿での鬱屈とした気持ちを晴らせそうだ。

 嬉しくなって笑いながらネジュを見上げれば、春子を見ながら何やら目をしばたいていた。


「…………眩しいなぁ」

「ネジュさん、たまには昼間に外出しないとね!」


 相変わらずネジュは明るいところは苦手らしい。

 苦笑しながらさらに腕を引っ張れば、ネジュは少し首を傾げて眉を下げていた。しかしすぐに曖昧な笑みを浮かべると、小さく頷いた。


「……うん。そうだね」


   § § § § §


 1日街中を気ままに観光したあと、春子達は街のはずれにある公園のベンチで一休みしていた。

 名物の飴細工を片手に、マイヤ神殿を見上げる。ミランの街の名所であり、高台に建っているマイヤ神殿は街のどこからでも見ることが出来るのだ。

 日が傾き始め、オレンジ色に照らされる神殿も美しい。


 棒に刺さった飴細工の端をペキリと噛み、春子は一つ息を吐く。


「ネジュさん1日付き合ってくれてありがとう。とっても楽しかった!」

「うん、楽しそうでよかった。随分沢山買ったね?」


 気の赴くまま、かなりあちこちのお店へと引きずり回したにもかかわらず、ネジュは嫌な顔をしないでくれた。今も、春子とお揃いで買った淡い紅色の薔薇の美しい飴細工を片手に、ほわりと笑っている。

 どことなく、ここ最近の変な態度も解消されている様に感じ、春子もにっこりと微笑んだ。


「神殿が運営する孤児院で作ってるっていうレースが素敵だったの。マールさんとかミーニャさんのお土産にピッタリかなって思わずたくさん買っちゃった」

「……みんなへのお土産、なんだ」

「うん。いっつもお世話になってるし、多分これからも沢山お世話になるから」


 とある雑貨屋で見つけた木綿の糸を使って編まれたレースのリボンは、孤児院の子供たちのお手製だったお蔭でかなり手ごろなお値段だったのだ。少しいびつな形も手作り感が増して、とても素敵なのだ。


 田舎では、洋服や小物はお手製なのが普通だ。このレースのリボンはそんな洋服などのアクセントに丁度よさそうだ。

 ちなみにお裁縫もそんなに得意ではない春子は、もっぱらマールやミーニャなど、街の女性陣にお世話になりっぱなしだった。それもあってこのレースのリボンをお土産にしようと思ったのだ。

 他にもマイヤ神殿が描かれたポストカードなど、いくつかお土産になりそうなものを買い込んでいた。街に帰って、皆に渡すのが楽しみだった。


 そんな少し先のことを考えてニコニコしている春子を、ネジュはじっと見つめていた。


「街に、帰るんだね……?」

「ネジュさん、何言ってるの? 当たり前じゃない!」

「そっか……。そう、だね」


 もにゅもにゅと呟き、微笑んだネジュはなんだか嬉しそうだった。

 なんでそんな反応なのかはちょっと分からないが、ネジュが嬉しそうなのは、春子としても嬉しい。自然と笑みが零れていた。


「あ、そうだ。ネジュさん、これ、今日のお礼」

「え……? 僕にくれるの?」

「うん。小さいけど、この石、祝福の結晶石なんだって。お守りとして大人気だって」


 今日買い込んだ荷物の中から取り出したのは、黒い皮紐の先に彫刻が施された銀色の金属板と小さな青い石が付いたペンダントだった。石が祝福の結晶石なおかげでちょっと値は張ったが、ネジュに贈り物がしたいとずっと思っていたのだ。

 色合いもなんだかネジュっぽく、お守りにもなる、ということで奮発してしまった。


 ネジュは気に入ってくれるだろうか。心配になり、そっと反応を伺う。


「……ネジュさん?」

「っ春子さん……」


 ネジュは受け取ったペンダントを見つめ、硬直していた。

 思わず不安になって声を掛けると、ビクリと体を震わせ、片手で口元を覆ってしまった。そして目元を赤く染め、幸せそうに笑う。


「…………ありがとう。すごく、うれしい」


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