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1.キラッキラな騎士が来ました

 ピチチチ、と鳥の鳴き声が響き渡る長閑な朝。春子は棚の埃を落としながら、商品である薬が入ったビンを並べていく。

 まだ日も高くなく、お店の周囲の木々を抜ける風は涼しいものだ。しかしくるくるとせわしなく動き回る春子は、うっすらと額に浮かんだ汗を拭い、上着の袖をまくる。


「夏の終わりって言ってもまだまだ暑いなぁ」

「そう? 僕は少し肌寒いくらいだよ。春子さんが元気すぎるんじゃないの?」


 春子の独り言の様な言葉に返答するのは、お店のカウンターの奥で静かに作業していた青年だ。白いシャツを着た彼は、ふるりと小さく体を震わせると、椅子の背に掛けていたモコモコとしたカーディガンを羽織る。


「わ、ネジュさん!? そんなの着るくらいなら日なたで作業したらいいんじゃないの?」


 青年――ネジュが居るのはお店の奥。窓からの光が届かない、薄暗い場所だった。春子は声を掛けながら明るいカウンターの端を指すが、そこを見たネジュはふるふると首を横に振る。


「ダメだよ。調薬するには薄暗い方が向いているんだ」

「そうかなぁ? この前、おばば様があんな暗い所で調薬するのはネジュさんくらいって言ってたけど?」


 おばば様は年齢ゆえに既に引退しているが、ネジュが来るまでこの街で唯一の薬師だった女性だ。そしてネジュの師匠というわけではないが、何かとアドバイスをくれる存在であり、頭の上がらない相手であった。

 ネジュは拗ねた様に春子から視線を反らし、ポツリと言葉を零す。


「……明るいのは、苦手だから」


 そしてまた黙々と薬草をすり潰す作業に戻るネジュは、薄暗い場所に居ることを差し引いても、陰気な空気を振りまいている。日光に当たりたがらないために青白い肌も、中途半端に伸びた灰色の髪の毛も、より陰気な雰囲気を助長していた。


「もうっ……」


 お店の片隅に渦巻く暗い空気に、春子は大きくため息を吐く。

 しかしこれ以上文句を言ってもネジュは動かないし、ネジュを発生源とする暗い空気が増量するだけだ。それに、このお店の片隅で陰気な空気が渦巻いているのはいつもの事であり、街の人ですら誰も気にしなくなっているのだ。

 放置するしかない。


 大人しく仕事に戻り、棚に薬の入ったビンを補充することしばし。カランカラン、と高らかにドアベルが鳴った。


「ハルコちゃん! 酔い覚ましの薬はあるかい?」

「マールさん、おはようございます! またおじさんは飲みすぎですか?」

「そうなのよ。いくらお休みの日だからって、いつまでもグダグダ頭痛いとか言われると堪ったもんじゃないわ」


 そう言って大きなため息を吐くのは恰幅のいい中年の婦人――マールだ。この薬屋の隣にあるパン屋を夫婦で営んでおり、何かと春子やネジュを気に掛けてくれる人だった。


「そうそう、ハルコちゃん。昨日の夜、キラッキラした神殿騎士がこの街に来たらしいけど、知ってるかい?」

「神殿騎士?」

「うわっ、ネジュ! 居たのかい!?」

「はい。最初から居ましたよ」


 急に話に割り込んだネジュは、日中では珍しくカウンターの奥から出てくる。そしてひょい、と春子が一生懸命背伸びをして取ろうとしていた薬のビンを取り、マールへと渡す。


「酔い覚ましの薬。薬が必要になる様なお酒の飲み方は体に良くないから、気を付ける様に伝えておいて下さい」

「分かってるよ。あの人ももうイイ歳だからねぇ」


 そう言ってカラカラと笑うマールに、ネジュも困った様な笑いを返し、先ほどの話の続きを促す。


「それで、神殿騎士ってどこの神殿から来たのですか?」

「宿屋のミーニャの話だと、麦穂の印が入った鎧を着てたって言うから、マイヤ様の神殿だろうね」

「マイヤの神殿騎士。そっか、良かった……」


 何やら一人で安心した風情のネジュを不思議に思いながら、春子はマールに尋ねる。


「マールさん。マイヤ様って、豊穣を司る女神様ですよね?」

「そうだよ。他にも婚姻とか子宝とかも司ってるねぇ。この辺みたいな田舎じゃ一番身近な女神さまだよ」

「へぇぇ。じゃあ、神殿騎士ってなんですか?」


 のほほんと首を傾げる春子に、マールは目を見開いて肩を叩く。


「知らないのかい、ハルコちゃん! 神殿騎士っていったら、神殿を守護する騎士様だよ。よっぽどの事がなきゃこんな小さな街になんて来ない、エリートだよ!」

「へ~、そうなんだぁ」

「そうなんだぁってハルコちゃんは興味ないのかい? いらっしゃった神殿騎士様はキラッキラしたお綺麗な顔の青年だって言うし、街中この話題で持ちきりだよ。ハルコちゃんももう年頃だろう?」

「年頃っていうか……」


 マールの勢いに押され、春子は苦笑する。

 この街の女性に比べてかなりの小柄であり、童顔なおかげでいつもかなり幼く見られているが、春子は既に21歳だ。この街のような田舎では結婚適齢期は16~18歳と言われており、その基準に照らし合わせれば立派な嫁き遅れである。

 しかしそんなことを自分から言うのは嫌であるし、言ったら言ったで今度はマールが旦那候補を次々と連れて来るであろうことが目に見えている。


 どうやってこの話題を切り抜けようか。そう悩んでいる時、まるで天の助けかのようにカランカラン、とドアベルが高らかに鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 反射的に挨拶をした春子は、店内に入ってきた大柄な人物を見て思わず動きを止めていた。

 同じように入ってきた人物を見たマールは「あらぁ」と嬉しそうな声を上げ、じっくりとその人物を観察する様に視線を送る。


「はじめまして。私はマイヤ神殿の神殿騎士、ファルディンと申します。貴女が、ハルコ・セノウミ嬢でしょうか」


 ピカピカに光る銀色の鎧を纏い、キラキラと輝く金の髪を頂く騎士――ファルディンは丁寧な礼をすると、真っ直ぐに春子を見据えて問いかける。

 田舎の街で見ることのない洗練された動きに戸惑いながら、春子は慌てて頷く。


「は、はい。私が春子です、けど……?」

「そうですか、良かった」


 そう言ってニコリ、とファルディンは綺麗な笑みを浮かべる。女性であれば誰でもうっとりと見惚れてしまうであろうその笑顔のまま、恭しく右手を春子へ差し出す。

 そしてまるで姫君に対するかの様な態度で、ファルディンは告げるのだった。


「お迎えにあがりました、ハルコ嬢」

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