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懺悔室の神父さん

懺悔室の神父さん Ⅳ

 懺悔とは、過去の過ちに気が付いた者が神仏に告白する行為。

 本日も懺悔室へ一人の女性が訪れた。上質な布地のローブで顔を隠し、何処か上品な香水の香りが鼻をくすぐる。余程顔を見られたくないのか、猫背になりながら懺悔室へと入る女性。

 私も反対側から入室し、薄い壁越しに女性の様子を伺いつつ、お決まりの台詞を。


「では……迷える子羊よ、己の罪を告白なさい」


 女性は少し躊躇いがちに、まずは自分の出生から私に告げてくる。

 どうやら彼女は、この港町の北に位置するグランドレア公国……その隣国であるマリムリボルという国の貴族のようだ。


「それはそれは……遠路はるばる……ようこそおいでくださいました」


「いえ……意外と驚かれないのですね。他国の貴族が懺悔などと……」


 まあ、他国のトンデモ王妃がトンデモ懺悔に来た事があるからな。

 そのまま女性はゆっくりと懺悔を口にする。

 

「実は……私には将来を誓った男性が居たのです。その方はマリムリボルの時期王位継承者と目されている……王族の長男なのですが……」


 ほう。王族との婚約か。

 と言う事はこの女性は……将来の王妃というわけか。

 そういえば礼節と言うか……雰囲気が既に他とは違う。幼い頃から厳しく教育されてきたのだろう。


「そして明日……私とその長男との正式な婚約を皆様にご報告する為の……祝賀会が開かれるのですが、恐らく私はそこで彼から婚約を破棄され、国外追放に処されるでしょう」


「……ん?! な、何故そのような……?」


「……話せば長くなるのですが……私と彼は幼い頃から既に共に過ごしておりました。許嫁という立場とは別に、純粋に共に惹かれ合っていたと……思います。あの時までは……」


「……どうぞ、続けてください」

 

 心なしか女性の声は震えていた。今にも泣きだしてしまいそうだ。

 一体何があったのだ。王族との許嫁として育てられながら、何故突然婚約を破棄などと……


「はい……三年前、私と彼が通う学び舎に一人の女生徒が転入してきました。その学び舎は主に貴族や、それに近しい者達が集う場所です。お世辞にも、彼女の振舞いは褒められた物ではありませんでした。礼儀を知らず、常識外れな言動を繰り返す有様……しかし彼はそんな彼女の自由な姿に惹かれたのかもしれません。彼は次第に……彼女と密談する程に仲を深めていきました……」


 まさかとは思うが……そんなポっと出の娘に許嫁を取られたという事か?

 そんな事がありえるのか? いや待て……なんか似たような話を昔聞いたような……


「私はそんな彼と彼女の関係に気付き、かと言って表立ってそれを指摘すれば彼の立場が危ぶまれると思いました。そして悩みに悩んだ結果……私は彼の幸せを第一に考えました。彼が望むのなら……私は彼女に自分の立ち位置を譲ろうと……」


「……いや、それは……」


 一体どういう事だ。そんな事がまかり通るのか?

 幼い頃から惹かれ合っていた仲では無かったのか。そもそも、国を背負う者がそうポンポンと相手を変えるなど……


「私は彼女が彼に相応しい相手となるよう……色々とお節介を焼きました。王族の妻となるのですから、それなりの礼節は押さえていてもらわねば彼に恥をかかせる事になりますから……。しかし私は彼を取られたという意識があってか……無意識に彼女に強く当たっていたのかもしれません。時には泣かせてしまう事もありましたが……私はそれが彼女のためと思い……」


 まあ、それはそうだろう。

 自分の立ち位置を譲る云々もどうかと思うが、仮にも王族との関係を望むのならそれくらいの事は当たり前だろう。寧ろ教えて頂ける事がどんなにありがたい事なのか。その娘は理解していなさそうだが……って、ちょっと待て。まさか……


「まさかとは思いますが……婚約破棄とは……」


「はい……周囲からしてみれば、彼を取られた私が嫉妬で彼女に当たっていた……と見えたのでしょう。私は今、まごうこと無き悪役です。明日、私は正式な婚約をすると同時に破棄されるのでしょう。彼の態度からしてそれは確実です。もう彼は……彼女に骨抜きにされてしまったようですから」


 なんという事だ。

 しかし……どういう事だ。何故彼女はここに……?

 ここは懺悔室。彼女が一体何の罪を犯したというのだ。


「申し訳ない、私には貴方が一体何の罪を犯したのか……分からないのですが……」


 薄い壁で隔てられた向こう側。確認しなくても分かる。彼女は泣いている。

 そして私の問いに、彼女が薄く笑みを浮かべるのも分かった。


「……神父様は……お優しいのですね。罪とは勿論……彼の心を留めておけなかった……私の未熟さです。しかし幸い、私はその罪を償う機会が与えられます。国外追放という形で……」


 んな……アホな。

 それはひたすら男がアホタレだっただけでは無いか。

 

 いや、待て……まさか……


「……その、突然で失礼なのですが……貴方とその娘さんの年齢は……」


「……? 私は今年で十九になります。彼女は……私の一つ年下の十八の筈ですが……」


 十八歳!

 まさかとは思うが、その娘とは転生者では?!

 この無茶苦茶な展開……ありうる。


「……神父様、私のような者の話を聞いていただき……ありがとうございます。少し……胸がすっきりしました」


 そのまま私と彼女は懺悔室を出る。

 結局私は何も言えなかった。既に国外追放に処される覚悟を決めている彼女。

 傍からすれば無茶苦茶な話だ。ありえない。懺悔室から出る彼女の姿は、教会に入ってくる時より悲し気に見える。ここまで無力感に苛まれる事は初めてかもしれない。


 そして彼女は教会を去る際、私へとこう言い残した。


「この港町は良い所ですね。国外追放された際には……ここで暮らしたいです」


「えぇ……是非……」


 彼女の状況で、国外追放される事などあってはならない。

 しかしもし本当に追放されてしまったなら……私に出来る事と言えば、せめてこの港町で幸せに過ごせるよう助力する事くらいだろうか。なんという無能。本来ならば彼女はここに住まう事などあってはならない。彼女には相応しい居場所がある筈だ。


 彼女はそのまま国へと帰り……明日、婚約破棄を告げられ母国を追い出される。


 そんな事があっていいのか?

 それは……一体どんな悲劇だ。彼女にとっては屈辱的以外の何物でも……


「むふぅ、話は聞かせて頂きました」


「って、うおほぉおぉ! あ、貴方様は!」


 突然私の隣に立っている人物。それはトンデモな姫君。


「さ、サラスティナ姫君……何故またここに……」


「いえ、アーライア姫君のダイエットロードがひと段落したんで。とりあえず体形は元の姿に戻りました。あとはリバウンドしない事を祈るばかりですが……それより神父様、先程の懺悔の内容を失礼だとは思いましたが盗み聞いてしまいました。シーフスキルで」


 本当に失礼だな。他人の懺悔の内容を聞くなどと。

 しかしある意味……これほど心強い存在は居ない。


「サラスティア姫君……私は神父という立場です。彼女が決めた己が道……否定する事など出来ません。しかしだからといって……納得出来る物でもありません……」


「当然でしょう。私も様々な国で無双して……いえ、知略と美貌で吸収していった身ですから、マリムリボルの事情は多少知っています。恐らく彼女の懺悔の内容は真実です。前にアーライア姫君の男を寝取った際に、そんな話をチラっと聞いたので……」


 あぁ、そうだ。

 彼女の許嫁が取られたと聞いた時、どこかで耳にした話だとは思ったが……それはこのトンデモな姫君の事だったか……。


「これは……思い知らせる必要があるようですね。男もアホですが、私が許せないのは国民、そして……転生者と思わしきポっと出の女です」


「国民……もですか?」


「えぇ。先程も言いましたが、私が寝取った男の話によると……国内外で噂になっているんです。マリムリボルには王族の婚約者を取られ、嫉妬の炎に焼かれた令嬢が居ると。つまり彼女は……悪役令嬢として国民に認知されています。真実も知らずそんな噂をポンポン流し、本当の彼女の姿を見ようともしない国民にも……俺は……いえ、私は腸煮えくり返っているのですよ」


 な、成程。

 

「しかしサラスティア姫君……一体何を……まさかマリムリボルも攻め落とそうと?」


「それもいいですが……ククク……彼女を悪役令嬢と扱うのであれば、それ相応の対応を取るべきでしょう。実は彼女に相応しい相手に心当たりが……悲劇の女の子を救うのは、やっぱり白馬の王子様で無くては」





 ※





 《翌日、マリムリボル》


 この日が来なければいいと何度思った事か。

 幼い頃から共に育ってきた彼、アルスラース様。

 彼が突然一人の少女に夢中になってしまった、あの日。私はいつしかこんな日が来ると予見していたのかもしれない。

 途轍もなく長く、早かった。私は本日、この国を追い出される。事前に彼から従者を介して確認の文が来た。何の確認など言うまでもない。私は今日、この祝賀会に出れるのかと。


 私が出ないのであれば婚約も破棄も出来ない。この祝賀会は私の断罪の場だ。私が未熟だった事への罪を裁く場。

 心の中ではもう決めていた。覚悟覚悟と唱え続け、自分を無理やりに納得させていた。

 今回の事は全て私が悪い。私が彼の心を留めておけなかった事が……全ての原因なのだから。


「アイン様……そろそろお時間でございます」


 子供の頃から私に付き添ってくれていた侍女、サーリャから声がかかる。

 私の唯一の理解者である彼女。今にも泣きそうな顔で私を見つめてくる。


「……そんな顔しないで、サーリャ。もう後戻りは出来ないんだから」


 サーリャは悔しそうに歯を食いしばりながら、大粒の涙を零し始めた。

 私はそっとサーリャを抱き寄せ、侍女である以前に妹のような存在の彼女の頭を撫でる。


「これまで……ありがとう。良く耐えてくれました。でももう大丈夫だから……私が追放された後は……父を頼って。サーリャの事は既に……」


「そんなの……どうでもいいんです! 私はあの男の首を……何度頭の中で捩じ切ったか……こんなの絶対に……絶対におかしい……」


 サーリャは泣きながら醜く顔を歪ませていた。私のためにそんな顔をしないでほしいと、そっとその頬を両手で包み込み、サーリャの額へと自分の額を合わせる。


「駄目よ、サーリャ……外でそんな事を決して言わないで……貴方まで追放されてしまっては……」


「……いいんです……どの道、私は……貴方と一緒に……」


 それは駄目だ。母国を追放されるのは私だけで十分。

 親族もサーリャも……居場所を無くすような事はあってはならない。


「サーリャ……その気持ちだけで私は救われる。だから約束して、決して私のために自分を蔑ろにしないで。この国には……貴方の家族も居るんだから」


 額を離し、サーリャの目から零れる涙を拭う。幼い頃から私と彼、そしてサーリャの三人で良く遊んだ物だ。幼い頃の思い出が、まるで走馬燈のように駆け巡る。そのまま私はサーリャに最後の挨拶とお礼を。


「これまでありがとう、サーリャ。いつまでも……健やかにね」


「……アイン様……アイン姉さま……」


 最後に昔のように姉と呼んでくれるサーリャ。

 あぁ、もう十分だ。私はもう十分に幸せだ。

 

 もう行こう。このままここに居たら決心が鈍ってしまう。

 この国に……既に私の居場所は無い。


 そのまま部屋にサーリャを残し廊下へと出る。

 そこには会場までの護衛を担う衛兵が二名。


「よろしくお願いいたします」


 私は衛兵へと深々と頭を下げ、共に歩き出した。

 この長い廊下の先に私の断罪の場が用意されている。

 まるで処刑台へと連行されている様。本来ならば、私の隣には彼……アルスラース様が居て下さる筈だった。でも今は私一人。


 一歩歩く度に、幼い頃の思い出を思い出す。

 一歩歩く度に……その思い出が泡と消えていく。


 一歩歩く度に……


「胸を張って、堂々として」


 その時、私の耳に誰かの声が。

 思わず振り返ると、そこには白いローブの後ろ姿が。

 声からして女性だろうか。一体誰……?


 衛兵は彼女の姿が見えていないのだろうか。何も気にする様子も無く、私はあっという間に祝賀会の会場前に。


 一際大きな扉の前で……一人で立ち尽くす私。

 この扉の向こう……そこが私の断罪の場。私の罪を裁く処刑台。


 ゆっくりと扉が開かれる。一瞬目が眩みかける。会場には既に王族、そして貴族達が集っていた。その大半が私が裁かれる事を望んでいる。嫉妬の炎に焦がされ、一人の少女を虐めた悪として。


 ……怖い。恐ろしくて堪らない。そこに居る人間全てが私に敵意を向けてくる。

 よかれと思って一人の少女へと厳しくした事が……こんな事になってしまうなんて。

 

 ……何を今更な事を考えているんだ。もう、終わった事なんだ。


 ゆっくり会場の中へと歩を進めると、耳に分かり切った疑問の声が。


「何故お一人で……? 一体今日は何の日か、忘れてしまわれたのかしら」


「今宵はアルスラース殿下との婚約を報告する場だと言うのに……当の殿下は別の女性と共に来場されるとは……」


「惨めな物ですわね……嫉妬に焼かれた女の末路というのは……」


 今まで散々言われてきた批難の声。

 この会場内でそんな囁く声が嫌でも耳に届いてくる。

 

 その声を聴きながら私は歩を進め、アルスラース様と対面する。

 傍らには例の少女。何故か純白のドレスに身を包み、アルスラース様と腕を組んでいる。

 しかし周りは誰もそれを咎めようとはしない。もはや二人の仲は周知の事実なのだろう。

 

「ごきげんよう。アイン。もう察しているようだな」


 久しぶりに聞く彼の声。

 その顔は醜い、汚れた物を見る目。そして傍らの少女は、一見私を心配するような顔を浮かべつつ……その奥では笑っているのが分かった。散々虐めてきた相手が断罪されるのだから、それはそれは楽しくて仕方ないのだろう。


「アイン、今この場で……君との婚約を破棄する」


 懐から出したお互いのサインを記した正式な書類。それをアルスラース様は目の前で破って見せた。その瞬間、ザワつく会場。


「理由は分かっているな。アイン」


 私は破られた書類を見つめながら、目の奥から溢れる物を必死に堪えていた。

 お互いにサインしたあの日を思い出す。どんなに幸せだったか。もう私は全てをかけて、アルスラース様を支えると誓ったのに。


『胸を張って、堂々として』


 その瞬間、私の中で再び囁かれるあの声。

 そうだ、堂々と……私は罪を受け入れよう。

 これは……私の不甲斐なさが招いた事なのだから。


「はい、承知しました。私、アインフォルデ・レヴュールは……婚約の破棄を受け入れます」


 私の潔い答えが意外だったのか、アルスラース様と傍らの少女は顔を顰める。

 もっと駄々をこねるのを期待していたんだろう。

 そして周囲からは様々な囁きが聞こえてくる。


「婚約を破棄……? やはり……あの噂は本当だったのか」


「しかし何故この場で……これではまるで……」


「破棄を受け入れる……とは。なんという事だ。この国の未来は……」


 少しばかり、時と場所を考えないアルスラース様の行動を批難しているような囁く声も。

 それもあってか、アルスラース様は傍らの少女の肩に手を添え、私にされた事を言いなさいと促した。


「さあ、キズナ。怖いかもしれないけれど、君がされた事を全て告白なさい。彼女に酷く叱責されたのだろう?」


「は、はい……」


 少女は相も変わらずアルスラース様にベッタリとくっつきながら……その小さな口を開いた。

 私にされた事を全て喋れと言われ……躊躇いがちに。


「……ご飯を食べる時……テーブルに肘をついてはいけないと……叱られました……」


 ……うん。言った。礼節以前の事だから。


「あと……ナイフとフォークを持つ手が逆だと……ねちねちと懇切丁寧に解説されました……」


 ……まあ、基本だから。ねちねちと言ってしまったのは、彼女の理解力が乏しくて何度も同じ事を言わせるから……。


「あとあと……他人の旦那様に抱き着くなと……酷く叱られました……」


 人として当然の事だ……っていうか当たり前だろ、このポンコt……いや、私としたことが口が悪すぎる。彼女はまだ子供だ。これから学んでいけばいいだけの話。私はその助力をしたかっただけなのに。


 しかしその彼女の告白を聞いて、周りの反応が一変した。

 皆首を傾げている。それは叱責されて当然の事ではないのかと。


「キ、キズナ? 何を言っているんだ、ほら、もっと酷い事をされたのだろう?」


 アルスラース様も気づいた様だ。恐らく今まで私に酷い事をされたとしか聞いていなかったのだろう。その内容まで気にしていなかったようだ。


「ぁっ、そうでした……っ! 私、凄い酷い事をされたんです!」


「そ、そうだ、言ってやれ!」


 少女、キズナは意を決した表情を見せ、私にされた凄い酷い事の内容を、声高々に言い放った。


「口を開けて物を食べるなと……口を無理やり塞がれまいた! 危うく窒息しかける所だったんですから!」


 静まり返る会場。

 もう完全に周囲の人間はこう思っているに違いない。一体、何を言っているんだ、この娘は……と。


「お菓子作りを手伝って貰った時も、細かく手順を説明してくるし! お化粧も自分のを使っていいからと無理やり教えられるし……集中して勉強できるようにとお屋敷に呼ばれるし……! もう本当に余計な事ばっかりネチネチと! 私、傷ついているんですから!」


 耳が痛くなるほどに静まり返る会場。

 そんないたたまれない空気で声を張り上げたのはアルスラース様。

 ここまで来たらもう後戻りは出来ない、そう思ったのだろう。


「と、とにかく! キズナの心に大きな爪痕を残した事に変わりはない! そしてキズナと私は今宵、正式に婚約する! 彼女は今夜、王族となるのだ。アインファルデ・レヴュール、君の罪は王族への反逆罪と問われてもおかしくは無い。この意味が分かるな?」


 どうしよう。微塵も分からない。

 昔はこんなアホじゃ無かったのに……。あの少女に夢中になるあまり、昔の彼は何処か遠い所へ行ってしまったようだ。まあ、後腐れが無いのはいいことだ。


「アイン、君を……国外追放の刑に処す。即刻、この国から出て行きたまえ!」


 そして言い渡される国外追放。

 覚悟していたとはいえ……こんなバカな男のために母国を追放されるなんて……屈辱以外の何物でもない。現国王も唖然としている。自分の息子が言い放った一言に呆れ返っているのだろう。


「衛兵! その女を摘まみだせ! 王族へと反逆罪なのだ、殺されないだけありがたいと思うがいい!」


 躊躇いがちに私の元へやってくる衛兵達。

 その誰もが困惑の顔を浮かべていた。そして口々に


「ちょ、どうすんの?」


「これ、いいん?」


「いや、駄目だろ」


「とりあえず……アイツ殺った方が国のためになるんじゃ……」


 そのまま非常に丁寧に、衛兵達はとりあえず私を守るように囲み、この会場から出るよう促してくる。彼らも混乱しているんだろう。本当に私をこの場から摘まみだす事が正しいのかと。


「待って下さい。彼女は私が連れて行きます」


 その時、一人の青年が声をあげた。

 私と同じくらいの歳の青年。黒髪に透き通るような茜色の瞳。

 あの瞳は……いや、それ以前にあの方は……


 現国王も驚きのあまり玉座から立ち上がり、その顔を知る貴族達は皆、道を開けるように首を垂れながら下がる。それは衛兵達も同じで、片膝を床へと付き最上の礼を持って接する。


 私は……正直頭が追い付かないでいた。

 何故この方が……この場に居るのだ。


「お久しぶりです。一度直接お話した事はあるのですが……アインフォルデ嬢。突然ですが、私と共にグランドレアへ赴いて頂けないでしょうか」


「……え?」


 そう、グランドレア王国。このマリムリボルの隣国にして、大陸一と言われる大国。

 この方は……そんな大国の次期国王と目されている……


「何故……貴方様が……ルクレツィア・グランドレア殿下……」


「私の事を憶えて頂いていたのですね。ありがとうございます」


 憶えているも何も……知らない方がおかしい。

 そして何故大陸一の大国の次期国王が、隣国とは言え星の数程ある小国の祝賀会に……?


 ありえない。一体何が起きている。


「突然の事で驚かせてしまって申し訳ありません。しかしながら……今この場で、私は貴方に婚約を申し込みます。アインフォルデ嬢、私と共にグランドレアへと赴き、妃となって頂けないでしょうか」


 そのまま騎士のように片膝を付き、私の手の甲へと口づけをする殿下。

 私は思わず硬直してしまい、石造のように。

 一体……何が……


「ま、待て! お待ちください!」


 その時、アルスラース様が駆け寄ってくる。そして不敬にも私と殿下の間に割って入り……


「何故突然そのような……! こ、この娘はたった今、王族への反逆罪で国外追放に……」


 何をしているのだ、このアホ……この男は。

 相手はあの大国の次期国王。指先一つでこんな小国滅ぼせる程の力を持っている。

 そんな方の前に割って入るなど……


 その瞬間、アルスラース様へと向けられる冷たい視線。

 周囲の貴族達は元より、割って入られた当人であるルクレツィア殿下は鋭い眼光でアルスラース様を睨みつけている。


「貴方はそれでも一国の王族か。時と場所を考えぬ断罪イベント……じゃない、婚約破棄。そしてその立ち振る舞い。母国の恥とはお考えになりませんか?」


「い、いや……だから、その……」


「彼女は貴方に婚約を破棄され、国外追放の身になった。ならば彼女がどうしようと貴方の知った事では無い。違いますか」


 アルスラース様は膝を震わせながら、なんとか立っている状態。

 一言も言い返せず、ただひたすらに震えあがっている。


 そしてそんな震える子羊を眼力で排除する殿下。そのまま私は手を引かれ、その腕の中へと収められてしまう。


「彼女は私が連れて行きます。反論はありませんね?」


 アルスラース様は何も言えない。先程の私のように石像のように固まってしまっている。

 しかしその時、黒い何かが祝賀会会場を覆うように顕現した。

 私は思わず殿下へと抱き着いてしまう。


「大丈夫ですよ、落ち着いて」


「……はっ、い、いえ、すみませ……」


 急いで離れようとするが、すぐに抱き寄せられてしまう。

 一体何だ、何が起きているんだ。


「何……この展開」


 耳へと届く不気味な声。

 その声の主は……あの少女、キズナ嬢。

 黒い何かは少女の体から発せられており、誰もが異様な状況に震える。

 だがその中で……殿下は冷静だ。力強く私を抱き寄せてくれている。


「何で……何で正ヒロインがこんな小国の妃で! 悪役令嬢が大国の王子様に求婚されてるの?! こんな展開なら……もういいや……全部壊して、また最初から……」


 一体何を言っているんだ、あの娘は。

 それにあの黒いのは……何?


「皆……皆消えて無くなっちゃえーっ!」


 黒い何かを振るうキズナ。

 何もかもを飲み込むように、黒い何か……闇が迫ってくる。

 

 しかしそれを引き裂く黄金の光が。

 

「やっぱり……転生者だったか」


 私達を守るように、私と殿下の前にいつのまにか白いローブの女の子が。

 この子は……先程廊下で私に声をかけてくれた子だ。胸を張って堂々としろと……。


「川瀬、あとは任せた」


「おう。任せとけ。たっぷりお灸据えてやるからな。その子、幸せにしろよ」


 ……?

 今殿下が私の知らない言語を……。良く聞き取れなかった。


「失礼します、アインフォルデ嬢。しばらく我慢してください」


「え……? ひゃっ!」


 そのままお姫抱っこされ、祝賀会の会場の外へと連れ出される私。

 そしてそこには数名の護衛と思わしき騎士達が。


「さあ、姫は奪った。グランドレアに帰還するぞ」


 そのまま私はグランドレアへと連れて行かれる事になる。

 国外追放になった身とはいえ……いざこの国を出るとなると不安に押しつぶされそうになる。


 でも何処か……私の心は落ち着いていた。

 殿下の胸が暖かいからか……その腕の中はとても居心地がいいと思ってしまった。


 出来る事なら……ずっとこうしていたい……


 そう願ってしまうほどに……




 

 ※





「ひぃぃぃぃぃ! なんで私と同じ転生者が邪魔するの?! っていうか強い! 強すぎる! 神様になんて願ったらそんな……」


「やかましい! この世界の方々に迷惑かけんな! まあ、俺が言えた義理じゃないけど……とりあえず、お前の特殊能力は中々のもんだ。俺についてこい、いい港町紹介してやる」


「やぁ! 私、魚とか嫌いぃぃぃ! っていうか正ヒロインとして成功する筈だったのに……! 原住民の悪役令嬢に邪魔されるなんてぇ……」


「いや、ただただ親切な良い人なだけだろ。あんな人に出会っておいて棒に振るとは。貴様の悪行、目に余る。というわけで当分はその能力を存分に使い漁師として過ごせ」


「いやあぁぁぁ! 私の『全てを飲みこんで出し入れ可能な超便利な闇』はそんな事に使う物じゃないのにぃ!」





【乙女ゲーム系小説にハマりました……断罪イベントいいですね|д゜) 私は王道なドンデン返しが好きです】


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