躯
過去形ばっかで報告書みたいになった…
前線に最も近いとは聞いていたけれど、あの野戦病院は本当に最前線だったらしい。
少し大きな街の外周分くらい走り続けると、そこには私たちの目指していた魔王城が聳え立っていた。
まぁみんなは私と一緒には目指していなかったのかもしれないけど。
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魔王に打ち克ったとはいえ魔物が全て駆逐された訳ではない。
濃い瘴気を放つそこには依然として魔物が徘徊していた。
私一人では外を彷徨いているのを何体か相手しても魔王城の守りをについていたようなのが出てきてしまえば詰みである。
所詮は回復職なのだ。
余所には前衛と同じくらい戦えるのもいるのかもしれないが、他の三人が攻撃特化だった上にそこまで時間に余裕もなかったため護身程度にしか戦えない。
だが戦う必要などないのである。
勇者たちにしか教えていなかったが、聖女が身に纏うとされている聖気を全身を覆うように放出すると魔物から認識されなくなるのだ。
聖気を扱う訓練中に偶々判明したことであったがこれのおかげで命を拾った場面も何度もある。
さぁ、もう思いっきり泣いた。
今度はみんなが安らかに眠れるように私が頑張る番だ。
気合を入れるために両手で頬を叩く。
パチンと良い音がして少しヒリヒリする。
やりすぎたかもしれない…
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外は様々な魔物が混在してて闇鍋のようになっていたが、そこを抜けて入った魔王城の中は整然としていた。
外を彷徨うような弱い者たちは本能でこの中に入ったら殺されることを知っているのだ。
そんな空気をびりびりと肌で感じ、見つからないとは思っているのだがやっぱり緊張する。
でも私も死んだらまたみんなに会えるのかなぁ。
それなら死ぬのもアリかも。
私たちではついぞ辿り着けなかった魔王城だ。
ふと、もういないみんなの背中を思い浮かべてしまった。
みんなにとってはいなかったのは私の方なんだけれどね。
一緒に来たかったなぁ。
デートでも遊びでもなんでもなく死地に共に赴きたかったなんて、聖女になる前とは相当感性が変わってしまったのだろうか。
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大きな広間に出た。
どこかの王城かのように綺麗な装飾が施されている。
けれど魔物に建築の知識や知恵はないはずだし、なにより石造りのようだというのに継ぎ目が1つもない。
まるで城全体が一つの大きな石のようだった。
かつん、かつん、と静まった広間に私の足音が響く。
これで察知されないの本当に不思議だなぁ。
あまりにも見つからないから緊張も解けてきた。
広間の反対側の出口がなんだかやけに黒ずんで見えた。
遠くて見えなかったが、近くに行くにつれて私は、この先に進みたくない気持ちでいっぱいになっていった。
どうしよう。あれはきっと、
もう泣き尽くしたと思っていたがぽろぽろと目から涙が溢れる。
これだけ大きいのに人一人分くらいしかない出口にはアスターの、彼の使っていた斧が立て掛けられていた。
やだなぁ、見たくない。
特に何も思わずに歩いてきたがふと、足元をよく見ると
床には白い埃が積もっているのかと思っていたが全て骨の欠片だった。斧で断ち切られたような跡が残っている。
きらりと斧の下で何かが光っている。
行きたくはない、けれど私が何もしなかったら、ここで見ないふりをしたら、みんなはずっとここで眠るままだ。
ふらりと吸い寄せられるように近づいた。
拾い上げたソレは
左足だった。
随分と少なくなってしまった彼を胸に抱えて少しだけ泣いた。
バラバラと鎧の欠片が散らばっている。
骨も肉も残ってはいなかった。
茶色く引き摺ったような跡が残されているのを確認し、きっと亡骸はもうどこにも残されていないだろうと察する。
彼の左足は義足だったから、それだけ残して食べられてしまったに違いない。
他の二人の戦闘の跡は見当たらない。
一人で死んだのだろうか。
この広間いっぱいにいた魔物を全て薙ぎ払って
満身創痍になるまで戦い続け、腰を下ろして静かに息を引き取ったのだろうか。
義足に白くまぶされた骨の欠片を払う。
持っていた麻の袋にアスターの義足を入れ、
汚れてもなお銀に輝く斧は肩に担ぐ。
聖斧と呼ばれるそれを、持つ人の意思によって重さを変える特別製の斧だとよく鼻歌を歌いながら手入れしていた。
持ち主はもうこの世にはいないと告げるかのように軽かった。
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少し重くなった袋と斧を持って扉の向こうへ踏み出す。
目の前に大きな階段があった。段数は少ないが
その先にある扉は今まで以上の装飾が施されており荘厳であった。
意を決してぎぃ、と軋む扉を開く。
そこは普通の王城であれば謁見の間と呼ばれるような空間に見えた。
魔王城だと思えないほど明るい空間で、窓からはきらきらと光が差し込み思わず見惚れてしまいそうな幻想的な風景だった。
そんな景色に目を奪われたまま1歩中へ踏み出す。
ごろん、と落ちていた何かが足に当たる。
氷に閉じ込められたそれは
腕、だ。
見覚えのある腕輪をつけている。
部屋の中を歩き回ると氷の欠片はあちらこちらに散らばっていた。
持ち上げるとひやりと冷たいが溶ける様子はなかった。
黙々と拾い集めた。
なんだか実感がわかなかったが
顔を見てしまったときは自分の友人が、こんなモノの様になってしまったことが急に気持ち悪くなって吐いた。
ディリィの顔は恐怖に歪みつつも何かを叫ぶ途中のようだった。
他に外傷も見当たらないから戦いが始まってすぐに氷漬けにされたのだろう。
途中で気づいた彼女が対抗するために反対呪文を唱える。
けれど間に合わず彼女は時を止められてピシピシと氷で身体が覆われる。
そんな情景が瞼の裏に浮かんだ。
氷も集めて全部袋に入れた。
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それからしばらく探し続けたがカルヴァンの遺体はどこにも見つからなかった。
唯一見つかったのは彼が首から下げていた写真入りのロケットだった。
遺体が見つからないのだ。
もしかしたら生きているかもしれないと思いたかったが、私は彼も亡くなっているのだろうとなんとなく感じていた。
ロケットは階段の手摺に置かれていたようで傷もなくただそこにあった。
カルヴァンは、自分が死ぬってわかっていたのかな。
だから私を残して、私に回収させるためにあれだけ肌身離さずつけていたロケットをここに置いたのだろうか。
中を開くと普段からよく私たちに見せて自慢していた
カルヴァンの結婚式に撮ったという写真が入っていた。
写真の中の二人はそれはそれは幸せそうにはにかんでいた。
彼はよく優しい顔でそれを眺めていた。
勇者願望なんてなかった。
好きな人と結ばれて、日々を過ごすことを幸せだと思うような普通の人だったのだ。
ロケットを開けて眺めていると写真の下に小さな紙が挟まれていることに気づいた。
きっと奥さんに宛てた遺書だろう。
私には見る権利のないものである。
そっとロケットを閉じ、麻の袋に入れた。
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戦いが終わったのだ。
これからどうするか考えないとなぁ。
みんなを家に届けるために旅をするのもいいかもしれない。
いっぱいになった袋と斧を抱えて帰途についた。
ディリィ→まほーつかい、エルフのお姉さん、断崖絶壁
アスター→戦士、ドラ○エのオーガとポピュラーなドワーフを足して割ったような感じ
カルヴァン→勇者、合コンとか行ってもあの人いい人だよね〜で終わりそうな感じの人間
こんな感じで想像してますが
皆さんのお好きなように想像しつつ読んで頂いて結構です。