喪失
アリスちゃんはっちゃけます。
神官さんはなんとようやく名前が登場します。
こんなに喋っててようやくですね。
ゲイル様が出ていってしばらくしても私は呆然とベッドに座り込んでいた。
窓から見える空が深い紺に染まり外の門に篝火が焚かれる。
他の窓にも徐々に蝋燭の暖かい火が灯り始めて、真っ暗になった部屋の中でひとりぼっちになってしまったことを、今日も無事生き残ったと寿ぐ仲間を失ってしまった孤独に膝を抱え顔を埋めて泣いた。
「アリス君、入るよ」
ぼんやりとした頭でゆっくりと顔を上げると、そこには昼間の神官がいた。
「こんな夜に…蝋燭くらい灯したらどうですか。」
まったく、手間のかかる子ですね
とぼやきながら部屋の蝋燭を灯していく。
ぼんやりと明るくなったことで神官が籠に入ったパンを抱えていることに気づいた。
「それで記憶は……ッ」
こちらを向いた神官は言葉を詰まらせひどく痛々しいものをみるような顔をした。
「クロード卿に、伺いました。大事なお仲間を亡くされたそうですね…」
大事な、とても大切な仲間だった。
いや、過去になんてしない。
彼らこそわたしにとっては
「…みんな、家族のような存在でした。」
「貴女のようにうら若い女性にそんな体験をさせることが、どれだけ酷なことでしょうか…、」
覚悟はしていた。
いや、しているつもりだった。
自分が結局何も助けられなかった、変えられなかった事実に押しつぶされそうだ。
「いまは、戦乱の世です。私だけじゃない。」
「そうですね。けれど、だからといって哀れでないわけではないのですよ。」
哀れまれているのか。
聖女の力を与えられていたのに、何にも出来なかった。
役に立たなかった私だ。
なるほど、どう見たって哀れだろう。
「なぜ、なぜ私だったのでしょうか。」
口から言葉が零れ落ちた。
もっと魔力があれば、もっと力になれたかもしれない。
私じゃなければ、もっとみんなは楽に戦えて、
死なずに済んだかもしれない。
なぜ私が聖女だったのだろうか。
「なぜ、と自らを責めるのはやめなさい。起きてしまったことは神にだって戻せぬのです。どうにもならなかったことではなくやり遂げたことを見なさい。それはきっと貴女でなければできなかったことなのでしょう。自らに誇りを持ちなさい。」
頬を叩かれたような気がした。
『私なんか、じゃないだろアリー。』
『そうよアリス、私はあなたと旅ができてよかったわ。』
『アリス、お前はお前にしか成れぬし俺はお前には成れん。』
私が私を貶める発言をするたび、みんなが言ってくれていた。
みんないなくなってしまったのに、今聞こえた気がした。
「ようやく意識がはっきりしてきたというような顔ですね。冷やしたタオルを持ってきてあげますのでパンを食べたら目を冷やしなさい。酷く腫れていますよ。」
そっと瞼に触れる神官の手が思いの外ひやりと気持ちよかった。
思い切り泣き続けて塩分を失ったせいか長く保たせるために塩辛く加工された硬いパンが少しだけ美味しいと感じた。
一人の夜は夏も近いというのに肌寒く、しんと静まっていてなんだか逆に寝付けなかった。
✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾
「…ん、…リス君、ア、リ、ス!!」
びっくりした。目が覚めると顔を真っ赤にした神官が枕元で鍋とお玉を持ってカンカンと鳴らしていた。
「あなたはもともと怪我もないのですから朝はしっかり起きなさい!いったい何度呼びかけたと思っているのですか!」
眠れないと思っていたがいつの間にかしっかりと眠っていたようだ。まったく…とため息をつく神官に手早く布団を引っ剥がされた。
「さぁ、働かざる者食うべからずですよ!」
病人でないものに容赦はしませんと意気込む神官が少しおかしくて頬が緩んだ。
✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾
私に与えられた仕事は食事の配膳を手伝うことだった。
「わりぃな嬢ちゃん、人が足りなくてな。」
頭に包帯を巻いた隻眼の料理人が、20人分くらいありそうな量の野菜炒めが入っていそうな鍋を片手で軽々と振り回している。
明らかに料理人の膂力ではない。
おそらくこの人もお手伝いをしているだけで本業というわけではないのだろう。
「一気に人が増えちまってなぁ、目出度いことではあるんだがこう忙しいと素直に喜べねぇな。」
怪我人が増えることが目出度いとはいったいどんな思考回路をしているのだろうか。
「目出度いって、なんでですか?」
「お、嬢ちゃんまだ聞いてないのか。さてはシモンのやつ伝え忘れたな。終わったんだよ、俺たちの闘いが。勇者は魔王討伐に成功したんだ!」
「!、それは…本当ですか…?」
「もちろんだとも、これで国に帰れるぞ!」
魔王が討たれた。
それは私にとっても喜ばしいニュースのはずだ。
魔王とは人類全てに仇なすものであり災厄そのものなのだから。
でも、欲張りな私はちょっと考えてしまうのだ。
みんなとその報せを聞けたならどれほど嬉しかったことだろうと。
ことん、と皿をテーブルに並べていく。
もうみんなとテーブルを囲むことはないんだなぁ。
そう思うとまた涙が溢れそうになった。
ふとみんなの遺体がどうなったのかな、と思った。
きっと回収する予定なんてなかっただろう。
戦時下ならそんな贅沢は許されないがもう戦争は終わったのだ。
最悪私が死ぬだけだ。行ってみようかな。
思い立ったら即行動だ。
がっと雑炊を掻き込み、下膳する。
「ご馳走さまです!」
「おい!回復したばっかなんだから良く噛んで食べろ!」
「次から気をつけますね!」
廊下の途中で自分の病室に寄り、麻布だけ引っ掴む。
実はこの麻袋空間拡張の魔法が施されており、中に何を入れても袋や他に入ってるものが汚れないという優れ物でして
ってそれは今はいいや。
外でシーツを干している神官さんに走りつつ声をかける。
「あの!ちょっと出かけてきます!」
「え?あぁ、気をつけてくださいね?って神官一人じゃ危険ですから誰か連れていきなさい!」
いきなり声をかけられたことで驚いたのだろう。
神官さんの声が少し裏返っていた。
心配されることが少しくすぐったくて嬉しかった。
「近くですから大丈夫ですって!」
ここは最前線の野戦病院なのだ。
魔王城にここより近い基地なんて存在しないだろう。
だから近いというのに語弊はない。
それに曲がりなりにも勇者パーティーにいたのだ。
魔王のいない魔王城の偵察くらい一人でもできる。