1、誕プレは前世の記憶でした。
初めての作品になります。
温かい目で見てくれると幸いです。
——もう、死んでしまおう——
ルイスアーレ公爵家の長女とされている、16歳の リリアンヌ・ルイスアーレ は自分の部屋で護身用ナイフを自らの胸に向ける。
そして、そのナイフを大きく振りかぶり、彼女の命が絶たれようとした、その時。
ナイフが胸に到達する寸前で手が止まる。そして、彼女の頭の中に知らない記憶が流れ込んできた。
激しい頭痛に襲われ、リリアンヌはナイフを手放し、両手で頭を抱える。そして小さく呟いた。
「私はまた、自ら命を断とうとした……?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私、リリアンヌは前世の記憶を持つ転生者である。さっき自殺しようとしたら、記憶が流れてきて気づいた。
前世は日本人で、社会人3年目の24歳の時、自宅のアパートから自ら飛び降りて命を絶つ、という、あまり良いとは言えない人生であった。
そこそこ良い大学を出て、そこそこ良い企業に入れたものの、自分で言うのはなんだが、結構優秀だった私は、ある一部の上司から嫌な目を向けられていた。聞こえるように言ってくる陰口なんて、日常茶飯事だった。
苦しかった。辛かった。こんなに頑張っているのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃならないのか、と。
それでも、私は笑顔を絶やさなかった。自分が苦しんでるなんて知られたくなかった。
だから誰にも相談しなかった。
大丈夫??そう聞かれても、笑顔で平気だよ、って答えるようにしてた。
さらには、大学から付き合っていた彼氏に浮気され振られた。ずっと彼に尽くしてきたつもりだったのに。その時だって、怒りも悲しみもあったけれど、笑顔で、別れを告げた。
どんなに辛くても、笑顔という仮面を付けて、弱みを見せないようにしていた。完璧を目指していた。
でも、そんな生活は長くは続けられない。明るく振舞っていた笑顔の中で、私の心は壊れていった。
そして、私は、命を自ら手放した。
死んでみて今思えば、もう少し周りを見ていればよかったなぁと思う。
弱みを見せまいと、完璧を目指そうと、周りが見えなくなっていた。心配してくれていた友人や家族を無視して、自分を自分自身で追い込んでしまった。
きっと今世は、神様が私に与えてくれた、チャンスであり、そして試練なのだろう。
——もう勝手に死んだりしない——
私はそう誓った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なぜ、今世で自殺しようとしたのかを説明しよう。
私はルイスアーレ公爵家、というそこそこ有力な貴族の長女として過ごしてきた。両親は私のことを、大切に大切に育ててくれていたはずだった。
少し違和感があったとすれば、自分では元気なはずなのに、
「あなたは、体が弱いからお外に出ては駄目よ」
と部屋の外へほぼ出させてもらえなかったこと。でも幼い私は、私を思ってやってくれていることなのだと、そう思っていた。
そんな両親の対応が変わったのは、私が7歳のとき、妹であるアリスが生まれたのがきっかけである。あんなに大切に扱ってくれていたのが一変、妹ばかりを構うようになっていった。
最初は妹が小さいから仕方ないと我慢していたのだが、どんどん私への扱いはひどくなり、アリスが喋り始めたあたりで、私が母に「お母さま」と話しかけると、
「お母様などと呼ばないで。」
とまで言われるようになった。
そして遂には、私が10歳の頃、自分の部屋を別館に移された。別館は公爵家の敷地内の本館からは少し離れたところにある、少し小さめの屋敷である。
理由は、病気のために静かなところで過ごした方が良いだろうから、とのこと。食事も3人とは別に取ることになり、家族と滅多に話さなくなってしまった。
おかしいとは思っていた。だって自分は元気なのだから。でも、私は当時10歳だ。日本だと小学3年生くらいだろうか?違和感を感じても、これは私の為なんだと、そう自分に言い聞かせていた。
そして、別館で過ごして16歳の誕生日を迎えた今日。だって誕生日なのだ、なんかしら期待して本館にこっそり足を運んだ。一昨年は料理長がケーキを作ってくれて、昨年は侍女達がお花をプレゼントしてくれた。
今年は祝ってくれるかな……。
そんな不安と期待を胸に、綺麗に花が植えられた庭を歩いていた。
すると、40代くらいの侍女2人が話しているのに気付いた。気になって建物の陰に隠れてそっと耳を澄ます。
しかし、その話は私にとって、とても重すぎるものだった。
「今日、リリアンヌお嬢様のお誕生日ですのに、旦那様と奥様、もうすっかり忘れていらっしゃるのかしら……。しばらくお祝いされてないわよね……。」
「ほんとにねぇ……。いくら血が繋がってないからって、ちょっと可哀想だわ……」
「孤児院から無理矢理連れてきたっていうのに、別館に放置するなんて……。移動されてからもう6年も経つのね。」
「アイリーナ様のことはお慕いしてますけど、アリスお嬢様が生まれてからのリリアンヌお嬢様の対応についてはちょっとどうかと思うわ……」
……そう、私は孤児で、養子だったのである。
あっ、ちなみにアイリーナ様ってのは私の義母のことね。
ずっと家族だと思ってた人と血が繋がってなかったことにショックを受けたのはもちろん、自分が邪魔者であることを自覚させられた。薄々感付いていたのが、確信に変わったのだ。
そして、私はナイフを自分に向けた。
…………んで、今に至る。
前世の記憶を取り戻した?思い出した?私は、そこまで暗い気分ではなかった。
私が養子だということへのショックはまだあるが、冷静になって考えてみれば、今までの両親の対応を思い出すと、まぁ納得って感じである。
前世の記憶を受け入れ、今の状況を受け入れ、頭の中の整理が出来たあたりで、ふっ、とまた何かの記憶が流れてきた。
やっと理解が追いつてきたのになぁ。はぁ。やれやれ……
その記憶は前世とは違う何かで、とてもぼんやりしたものであった。
ここは……どこだろう。20代くらいの女性が私を抱いて叫んでいる。顔はぼんやりしてて分からない…
「この子は大事な人から預かった大切な子なんです!! 渡すわけにはっ……!!」
すると次は男の人の声がする。
「こいつは私の赤い瞳と、アイリーナの銀色の髪を持っているのだ。こいつしかダメだ。」
この声と顔は……今より少し若々しいが義父だろうか……??うーん……分かりづらい。。
2人の会話は続く。
「でも……この子だけはダメなんです……!お願いします!!」
「貴様、この孤児院がどうなっても良いのか?ここは私達が寄付した金でなんとかやっていけているのだろう?それにここにいる子供らなんぞ、どうにだって出来るのだぞ?たかが1人の赤ん坊ごときで、こいつら全員が地獄を見ることになっても良いのか??あぁ、そういえば確か君には、病気の弟君がいたね……。私達に反発するとどうなるか、分かるね……??」
「……っ!そんなっ……!!」
「だったら、早く渡せ。このことを漏らしたら、ここも、お前の家族もただじゃあ済まないからな。」
「そんな……」
「それに、こんな薄汚い孤児院にいるより、私達のところに来た方がそいつのためだろう?」
「・・・・・・」
……えぇぇ。ひどいぃ……。
記憶はそこまでだった。赤ん坊って言ってるから、赤ちゃんのときの記憶なんだろうか……?
化粧台にある鏡を覗く。
『赤い瞳』に『銀色の髪』……ってきっと私のことだよね。孤児院で義父が自分達の子供として違和感のない子を選んだのだろう。
ちなみに、(これも自分で言うのはなんだが、)前世の私は、嫉妬されちゃうくらい結構かわいい顔をしていたので、それに比べると、顔に華やかさはないが、今世でも、そこそこ整った顔立ちをしているようだ。可愛い系ではないけど。
……っていやいや、自分の顔の話なんてしてんじゃないよ!!!
うーん。まだよく分からない事だらけだ。だってアリスを産めるのに、どうして私を養子に迎える必要があったのだろう?しかも養子としてじゃなく、本当の子供として。
うんうん唸ってると、コンコンと私の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「メアリーでございます。お嬢様、あれからしばらく経ちますが大丈夫でしょうか……??」
あっ、メアリーのことすっかり忘れてた……。
「えぇ、大丈夫よ。入ってちょうだい。」
彼女とはしっかり話さねば。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
メアリー・アイバルーン、2つ年上の私付きの侍女である。
茶髪で黄色の瞳の、とても可愛らしい容姿の女の子だ。
実は彼女も私が養子である事をその場で私と共に聞いていたのだ。
ちなみに、メアリーはもともとここで働いていたわけではない。私が町で拾ったのだ。
えっ、拾った子をどうして侍女にできるかって??ってか、なんで町に出れるかって??
ふふふ、それはですねぇ、両親が私への関心ゼロだったからです!!
……ちょっと自分で言って悲しくなるな、これ。
詳しい話は省くけど、別館に移されたあと、家庭教師が授業しにくる日以外は、基本放置されていたものだから、暇で暇で仕方がなかったのだ。
その時はまだ、私付きの侍女もいなかったし、別館を警備する人も入り口に1人しかいなかったから、窓の近くに生えてる木を伝って2階から降り、裏門っぽいところからお忍びでよく町に出ていた。
意外とアクティブでしょう??
それで町にちょくちょく遊びに行ってたわけなのだけど、13歳になる前くらいだっただろうか?その日も町に遊びに来て、通りを歩いていると、脇道の奥の方に女の子が倒れてるのを見かけて、咄嗟に駆けつけてしまったのだ。
体はボロボロで所々血がついており、とても酷い状態だった。特に左目から血が大量に出ていたのでとりあえず持ってたハンカチで抑えてあげたのだが、意識は薄く、今にも死んでしまいそうな様子であった。
とにかく何かしなければと、近くの店に行って水買い、その子に飲ませてあげた。
すると彼女は痛々しい顔で、それでも、とても素敵な笑顔で
「あり…がと…ぅ」
そう言った。
私は思った。この人の素敵な笑顔を守ってあげたい、と。
それで、肩を貸しながら、なるべく人の目につかないように屋敷へ連れて帰った。
まず最初に侍女長のメリダさんに会いに行った。両親が私を無視し続ける中、何かと私を気にかけてくれた人である。別館にもよく様子を見にきてくれていた。
彼女は最初は驚いたものの、メアリーを手当てしてくれた。私には特に何も聞いてこなかった。多分、放置されている私を思ってのことだと思う。彼女は、さっき私のことについて話していた侍女の2人のうちの1人であるから、私が養子であることも知っていたのだろう。
メアリーを私付きの侍女にするよう義父に交渉をしてくれたのもこのメリダさんだ。どうやって説明したのかは今でも謎である。
メアリーの体調が回復してきたところで、彼女に、私の侍女になることを持ちかけた。最初は戸惑ってたみたいだけど、笑顔でお願いしますと言ってくれた。あのときは、年上だと知っててもめちゃくちゃ可愛いと思った。
それからメアリーは、私の中で友達のような姉のようなそんな存在になっていった。
そんなメアリーが今、私の前に座って(無理やり座らせた)どこか、悲しげというか苦しげというか、そんな顔をしていた。
「あ、あのっ……!お嬢様がどんな方でもどんな身分でも私はお嬢様についていきますからっ……だからっ!……」
私を心配してくれているのだろう。
あぁ、よかった。あのとき死ななくて。こんな近くに私を思ってくれている人がいたのに。バカだなぁほんと。
「ありがとう、メアリー。正直驚いたし、ショックだった。でも納得してすっきりもしたのよ。それにこうやってメアリーが心配して くれて、それだけで私は十分幸せなの。」
「お嬢様……」
……あれ、そういえば私ってさ孤児出身なのよね?
「ねぇ、メアリー。」
「はい?」
「私は、もともと貴族の身分ではないんだし、お嬢様ってやめてくれない??」
「……っ!!ムリですムリです!!お嬢様がどんなでも私のお嬢様ってさっき言ったじゃないですか!!」
「えぇ〜、いいじゃーん。あ、じゃあせめて名前で呼んでほしいわ!!」
「えぇっと、、それくらいなら……リリアンヌお嬢様……?? 長いな。うーん。リリィお嬢様……??」
「リリィ……!!それがいいわ!!……できればお嬢様を消して欲しいけど……」
「ムリですよ!!」
メアリーが叫ぶ。
私はジト目をメアリーに向ける。
「うぅ……えっとーじゃあ、リリィ様……?? もうこれで勘弁してくださいぃぃぃ。」
メアリーが半分涙目である。仕方ない。
「まぁ仕方ないわ。いつでも呼び捨て歓迎してるけど!」
「はぁ……」
困った顔をしつつも、私と目が合うと、笑顔を見せてくれたメアリーにつられて、私も微笑む。
『リリィ』
リリアンヌとは違う誰かみたいで、自分の中でとても気に入った。
あれ……でも前に私を"リリィ"と呼んだ人がいたような、いなかったような……。
「あのー……お嬢様??失礼とは思いますが、1つ聞いてもいいですか??」
「えぇ、いいわよ。……あ、お嬢様が治ってない!!」
「あっ、すみません。……あの、どうして、そんなに冷静でいられるのでしょう??私がおじょ…リリィ様だったら、もっとこう、動揺すると思いますし、実際、私のことではないのに、少し動揺してしまうので……」
「動揺しないわけないじゃない。でも私は生きるって決めたの。それがどんな道だとしてもね。だから、悩んでも仕方ないって思ったのよ。一歩を踏み出す為に、前を見るしかないの。」
「おじょっ……リリィ様……」
……いい感じの雰囲気が"おじょっ……"で台無しじゃないか……
「んーよし!!とりあえず!メアリーは私がどんなでもついてきてくれるのでしょう??じゃあ、協力してもらうわよ!!」
「はい!!えっと、何をすれば良いのでしょうか?」
「まずは……情報収集よ!!」
「情報収集……ですか……??」
「えぇ、なんせ、分からないことばかりだからね。まずは、私を養子に迎えた理由を調べなくちゃ。あとは…これからの私をどうするのかが気になるわよね。」
「リリィ様をどうするか……???」
「えぇ、きっと義父達は私に跡継ぎになって欲しくないんだと思うの。アリスに継いでほしいと思ってるはず。だから、一応長女っていう立場にいる私が邪魔者ってわけ。そうなると、殺されてもおかしくないわね。追放くらいで済むかしら?私は病弱ってことになってるし、公の場に出たことなんてないから、病気が悪化して死にましたーって言えば解決だもの。」
「なっ……!!お嬢様が殺されるっ……???」
メアリーはものすごい蒼白になって椅子から立ち上がる。顔が怖いよ……。
「落ち着いて落ち着いて。はい、深呼吸ー。あくまで、可能性の話よ??まぁ、それに本当に義父達がそのつもりなのだとしたら、ちょっとおかしいのよね、今の状況が。」
「おかしい?なにがですか??」
立ったままだったメアリーを座らせて、私は話を続ける。
「私が今生きてるっていう状況よ。多分、本当にいなくなって欲しいなら、もうとっくに消されててもおかしくないのよ。アリスが産まれた時点でね。でも、今私は別館に移されてはいるけど、ちゃんと食事も摂れてるし、家庭教師だって付けてくれて、きちんと教育してくれてるわ。何かに利用しようとしてるってことなのかしらね?」
うーーん……。でも何に利用するんだ??
政略結婚?? でもそうすると、なぜ次女じゃなく長女を?って周りから疑問に思われるわよね…。もしかして人身売買!?それは嫌ね……。
はぁぁ、と大きめな溜息をつく。
もう、考えるの疲れた……
「……紅茶を入れますね。」
そんな私の気持ちを汲み取ったのか、メアリーはそう言って立ち上がり、紅茶の準備をしてくれた。
「リリィ様」
「ん?何かしら??」
「……リリィ様がどこに行っても、私は付いて行きますからね。」
カップに鮮やかな赤褐色の紅茶が注がれる。
「たとえ、そこが地獄でも……??」
「えぇ、もちろん。どこまでも付いて行きますよ!」
そう言って彼女は笑う。私の大好きな、守ってあげたい笑顔だ。
「ふふ、じゃあ私、絶対生きるしかないわね。メアリーを地獄に連れてくわけにはいかないもの!」
そうだ。生きるんだ。生きたいんだ。自分の為にも。彼女、メアリーの為にも。
……さぁ、作戦会議をはじめましょうか。
最後まで読んでくださりありがとうございます!