第8話
太陽が夕陽へと変わりつつある頃
僕はストーカーとなっていた
それなりの荷物を抱えながら、友神喜一とイリーナ・リフォロヴァの後をつけているのです
彼の家の所在が分かれば、ミリンさんとの連携も捗るでしょう
「喜一、今日の晩ごはんは私が作るわ」
「良いのか?」
「良いも何も、あなたは公女殿下の相手をしておきなさい。その方が彼女の不安も少しは晴れるでしょ」
「ありがとうイリーナ」
おおよそとりとめのない会話ですが、やはり公女殿下は彼らの家にいるようです
「?」
一つ、違和感を抱きました
妙な既視感です。ここは初めて通った道だというのに
先ほどから似たような顔の方が目に入る事が多いのです
「あぁ…」
確証はありませんが、恐らくイルヴァンド公国の方々も、既に友神くんを張っているのでしょう
こう何と言うか露骨なのです
どの動きも演技じみていて、それに視線が全て友神くんに向けられています
「(気まずいな)」
無論、その視界は僕も捉えているのでしょう
荷物を抱えながら、二人を朝から尾行しているのです
警戒するのは当然ですし、それこそ事とあらば僕に手を出す事も辞さないでしょう
冷や汗が緊張感を強くします
これが、たまらなく、面白い
「………」
何かを意識したと悟られないように、歩調や呼吸、ありとあらゆるを維持します
「(…………あれ?)」
僕は一つある事を思いつきました
もしイルヴァンド公国の方々が尾行しているというのであれば、動くとすれば今夜になるでしょう
僕より多い人数で事に当たっているのですから、そのスピードも当然速いものになるでしょう。まして、一国の元首一族ともなればなおの事です
しかし、この世界はあくまで創作の世界
もし、僕が作者であるならば、今夜公女殿下の奪還に動くにはいささかテンポが速いような気がするのです
昨日今日で動く作品が無いとは言いませんが、それでも早い
友神喜一の物語のヒロインはハーレムなのです。変な話、お色気のシーンが欲しいというのが作者読者の共通事項でしょう
あくまで、予想に過ぎないのですが、今晩辺りにラッキースケベのようなイベントが起きて赤面して…という流れが相場でございましょう
しかし、そうなるとこの尾行の意味とは……?
「あ」
辺りを見回すと、いつの間にかSP?の方々がいなくなっていました
背筋に悪寒が走りました。イリーナ・リフォロヴァの姉の存在を思いだしたのです
スパイだか何だかは知りませんが、そういう組織に属している人物だと推測しております
さて、そうなると何が起こるか言うまでもありませんね
「…………」
「ごいぇ」
気絶する前に視界が捉えたのはイリーナ・リフォロヴァによく似た長身の美女でした
「何してんだお前」
「え!」
腹に衝撃を食らったかと思うと、それは最悪の目覚ましでした
ミリンさんに蹴飛ばされてしまったのです。それも部屋の前で
「あててて…ミリンさん」
「何があった? こんなとこで寝そべる習慣があるのか?」
「いえ、違います。その…中に入ってから出良いですか? 一息つきたい」
部屋に入るとまず水を一杯飲み干しました
おかげで色々と脳内が整理されていきます
ミリンさんは、食料品を買ってきたようで、テーブルに缶詰やカップ麺をばらまきました
「どうだ、落ち着いたか?」
「はい、すみません」
「ただ事ではないんだろうな。話せ」
僕は順を追って説明しました
学校を休んで友神喜一を張っていた事、帰路を尾行していたらイルヴァンド公国の手の者もつけていた事、そしてイリーナ・リフォロヴァの姉に気絶させられたであろう事
全てを話すと、ミリンさんは顎を撫でまわしました
「なるほど、その姉ってやつはロシア人か?」
「はい、凄い体術で良いんですかね? 一発で落とされました」
「イルヴァンドの連中もなんだな?」
「恐らくは」
「そうか……てことは、まだ誰もその友神喜一とやらの家は分かっていないんだな?」
「だと思います。イリーナの姉が色々と防いでいるのでしょう」
「まだ、誰も見つけていないのは救いというべきかな…そうだお前今日カメラ持って行ってただろ。見せてみろ」
「あ、はい、これ……あ」
鞄からカメラを取り出すとぺしゃんこになっていました。比喩ではありません。そのままの意味です
恐らくはあの姉にやられたのでしょう
「くそぅ! 高かったのに!」
「まぁ、待て。こういうのはそう叩きつけなくとも、直る部分があるもんだ」
カメラを見回すと、ひとつずつ丁寧に解体して中のデータ端末を取り出しました
「手際が良すぎますね」
「実家が漁師の家でさ。よくぶっこわれた船のエンジン直してたよ」
「はえー、流石」
端末とパソコンを繋げると、映像や写真から何かてがかりはないかと、目をこらしながら探しました
「勝手にソフト入れて良いか? 画像度もっと上げて解析したい」
「えぇ、構いませんよ」
ミリンさんは何やら見た事の無い海外のサイトからソフトインストールしました
ウイルスとか無いと信じましょう
「あ、ここもっと拡大してください」
「うん」
「あー、見えないなぁ」
イリーナさんが学生IDを取り出していた画像を拡大しましたが、それでも住所の部分はぼやけていました
友神喜一もおおよそ個人情報を特定できそうな画像はありません
「ねぇなぁ」
「すみません。なんか」
「ふん、まぁそこまで期待しちゃいねぇよ。それにイルヴァンドの連中もてこずってるみたいだからな。まぁ、俺たちは俺たちで進めるのが一番だ。それに…」
ミリンさんはテレビを点けました
画面にはイルヴァンド公国の大公と大公妃が手を振っておられます
「何かあればあそこに映るだろうからな」
「なるほど」
映像の両殿下は笑顔でいっぱいですが、その内心ではひどく焦っておられるのでしょう
「今日明日明後日寝られると思うなよ」
「はい?」
「恐らく、イルヴァンド公国の連中は今回以上に人を投じるだろうな。そうとなれば、そのロシア人女もどこまで捌けるか、という話になる」
「僕は何をすれば?」
「察しの悪い奴だな。街という街歩いて、そのトモガミってやつの家探してこい!」
「えぇ!? 無理ですよ! この島は19時以降学生の外出を認めてないんですよ!」
「馬鹿やろう! おおよその法律なんて破られるために存在してんだ! 戒厳令もどきで及び腰になってたら、公女殿下の居場所なんて影も掴めねぇぞ!」
怒号を飛ばされたが、こればかりは仕方が無かった
僕とミリンさんの間には服従の約束があるのだ
僕は項垂れて、玄関へと向かった
「(なーに、どうせ咎められても、帰宅させられるだけだろう。死ぬわけじゃないんだ! へーきへーき)」
顔をパンと張り、僕は夜の街へ繰り出した
死んでいた。これが新宿や梅田のようなところであれば、光り輝いていたであろうに
目抜き通りすら真っ暗である。人っこ一人の影すらない
まるで貸し切りにしたかのような気分だ
と、どうでも良い事の感傷に浸っている訳にもいかない
ミリンさんの言いつけを守らねば、と僕は先ほど気絶したであろう場所まで移動した
しかし、同時にこうも考えていた
またイリーナの姉に気絶させられるのではないのだろうか?
そう思うと、どうにもこの道を進む事をためらってしまう
「(そうだ!)」
僕は考えを転換させました
そもそもの目的は友神喜一の住所を知る事であり、その住所さえ知れば別にこうして一々現場に行く必要も無いのです
そう、友神喜一の住所を握っているであろうところに向かえば何の問題も無いのです
多少、汗と疲労感を抱えながら僕はある所へ向かいました
イルヴァンド第二学園です
「………」
ですが『賭け』の部分がありました
まずこの第二学園のセキュリティをいかにして破るかという点において、僕はモブキャラとしての立場を利用できるのでは?と思いました
言ってしまえば、モブキャラなどというものはどこにいようが、背景以上の、あるいはそれを越えるぐらいの価値しか持たないのです
そして、この場面
モブキャラが夜遅く学校に行ったところで、どうストーリーに影響を与えるのでしょうか?
「よし……」
校門に足を掛けました
監視カメラが堂々とこちらを向いていますが、それはどこから登っても同じ事
ならば、正々堂々と正門から行くべきである
「はぁ、はぁ……大丈夫なのか?」
校門を登り、足こそ着いていないものの、これは明らかにセキュリティが作動するであろう領域に触れました
しかし、何も起こりません。ランプも、警報もなりません
「……行くぞ行くぞ」
僕は校門から敷地内へと踏み入れました
賭けは………?
「よし! よし!」
声に出して、ずかずかと校舎内へ入りました! 警報、ランプ、いやこの手の学校なら防犯装置だとかで地面の下から自動機関銃が出てくるぐらいはありえるでしょう。何も起こらない!
賭けは、予想は見事に的中したのです!
きっとストーリーに関わるものがそこかしこにあるのでしょう
地下に行く道があるのなら、きっとそこは宝の山だ!
なんか国家機密レベルの秘密とかあるのでしょうが、ここは我慢
やるべき事をやるのが最優先です。スマートにいこう
職員室に入ると適当に机という机を漁り始めました
どうせ情報端末はパスワードがかかっているでしょうから電源を付けても無意味でしょう
「これでもない。これでもない」
書類という書類に目を通していますが、どれも見当違いのものばかりです
クソが。何の為に用意しているんだ
しかし、根気というものは非効率ながら当たるもの
「イリーナ…」と書かれた書類が目に入りました
これだ!と思って、手に取ると……
「(これだ! イリーナ・リフォロヴァ、住所は…学生宅団地2丁目10! 同居人の項目もある……友神喜一!)」
嬉しさのあまり、手をぐっと握りしめましたが、ここで冷静さを取り戻そうと呼吸を整えました
この書類を端末のカメラで認識し、念のため、適当な紙をちぎって裏面に住所を記します
よし、得るものは手に入った。帰ろう!
「(あてっ……これは?)」
何かが足にぶつかったかと思うと、それは小さなアタッシュケース?でした
中見は何だろうと思い、開けて見ると………
「(これは…使える! 間違いない! 機会は無いかも、無いようにするが、これは使える!)」
そう思った僕は、それを手に学校を飛び出しました
どうせモブキャラ。誰も手出しをしようとはしませんし、セキュリティシステムに反応しないほど問題視すらされないのです
夜の闇に紛れた僕は学生警察に細心の注意を払いながら帰路に着きました




