第5話
「それでお前は捕まったと」
「はい、よりにもよってあの連中、僕のパフェを勝手に……」
取り調べにおいて、殿ヶ谷先生は半ば呆れた表情で僕を見ました
というのも、先ほどから僕が話している内容はあのパフェへの執着がほとんどを占めていたからです
「ふぅむ、そうか…よし! 聴取につきあってもらって悪かったな。もう帰って良いぞ」
「はぁ、ありがとうございました」
取調室を出るとタナベさんが待っていました
既に聴取を終えたのでしょう
タナベさんは無言で指を差しました
外で話をしたいそうです。そのままついていきます
「よし、もう十分でしょう」
「え?」
学生警察の事務所を離れに離れて児童向けの小さな公園につきました
すると、タナベさんは僕の袖をぎゅう!と掴みました
「な、何を」
「これですよ」
握られた手のひらを開くと、何やら金属?の破片が散らばっていました
「盗聴器」
「正解。よく分かりましたね」
「一体、誰が」
「強いて言うなれば、修正力、と言いましょう」
「修正力?」
曰く
あのテロリストがその表れであるとタナベさんは言いました。
あんな一民間営業施設を狙うのはあまりにもおかしい。
恐らく、物語の何らかの力が働いて我々を排除しようとした、との事でした
「ってことは、これからもああいうのに巻き込まれるんですか!?」
「いえ、あれはどちらかというと炙り出そうとしていたと捉えた方がよろしいでしょう」
「え?」
「もし、あの時、茂武様が大活躍してあの連中を一網打尽にした時。その時こそ物語は茂武様を狙いにいくでしょう」
「あれはあくまで主人公が解決すべきだったと」
「そうです。でなければ、あなたが『躍り出る』のではなく『引きずり出される』のです。この違いは重要ですよ」
「……改めて、聞きますよ。この盗聴器、誰がしかけたんですか」
「それは、茂武様がお考えになる事かと」
タナベさんがニヤつくと公園の前にタクシーが来ました
「それでは時間ですので」
「えぇ、分かりました。この盗聴器、誰が仕掛けたか当ててみせます」
「頑張ってください」
最後に笑みを浮かべるとタクシーは夕方特有の闇へと消えていきました
手のひらに残る、盗聴器の残骸は、物語へと踊り出るきっかけになるのでしょう
かばんのポケットへそろりと入れた僕もまた夕方特有の闇へと消えます。
18時
夕方だとか夜だとか言われる時間帯はこの神城島が一番にぎわう時間です
学生の外出活動時間が19時以降規制されている以上、やれおかずを買いに行く、やれ振り込みに間に合わないなど、色んな理由で街の往来が激しくなるのです
『次は―、天戸学団地、天戸学団地で、ございます。お荷物のお忘れなきよう~』
モノレールから見える風景に心明け渡していると最寄り駅に着いていました
改札を出ると、ベッドタウン特有の風景が目に入ってきます
客でにぎわうワゴン、カラオケからでてきて3人肩を組む学生、ケーキ屋から出てくる女子高生
どいつもこいつも青春しやがって、と僻みながら歩くと、外国の方でしょうか
帽子からはみ出す日本ではまず見ないあまりにも自然な白髪の女子が駅前の地図を眺めていました
史学徒、それも世界史の分野だからなのか、あるいは持って生まれた性分なのかは分かりませんが、外国の方と交流したいという思いから、幾人かを拙い英語で道案内してきた実績が僕にはあります。
「っ!?」
「あ」
彼女は何に気づいたのか
いきなり走り出しました
……確かにデリカシーが無かったかもしれません
見知らぬ土地で自分より体の大きいデブに絡まれるなんて悪い迷惑でしょう。
もしかしたら、彼女は僕ではない何かの理由で走ったのかもしれませんが
近づこうとしていた人間からすりゃ言い訳でしかありません
すごすごと帰宅するとドっと疲れたのかソファへと寝転がり、無造作にテレビを点けました
『それでは次のコーナーは~!?』
『おぉっと、山田選手、まさかのホームラン! ホームラン! 京奈和ザリガニーズ、まさかの大逆転!』
『だからね、私はね、思うんですよね。財政健全化の為にはね、全てのね、企業を国有化してね……』
どれもわざわざ見たいとは思わない番組ばかりで結局、神城島チャンネルに変えて、島の出来事をキャッチしようと思います
『本日、神城島第一研究所は遺伝子工学における重要先端技術獲得のためとして、イギリスの学術研究島であるケンブリッジ大学領グランジュース島DNA総合研究所との提携を発表しました』
『神城島中央委員会が開かれました。今後の研究に対する投資について話し合う予定でしたが、外では学生自治を求めて激しいデモが……』
『本日、イルヴァンド公国より王室のご一行が来島されました。国王陛下は、神城島をはじめ各国の学術独立法人に関心を示しておられ…』
ほう王室とな
僕自身はそこまで王党派ではありませんが、歴史を嗜む身としては無視できる存在ではありません
ですが、イルヴァンド公国とは初めて聞く名前です
一体、どこの国でしょうか
本棚にある、歴史書のコーナー(非常に狭い)から適当に選ぼうとすると、違和感を抱きました
北欧史を取り扱った歴史書が明らかに厚くなっていたからです
そうきっちりと並べる癖が無い僕ですが、本が厚くなったことにより取りにくくなっている事が決定的でした
「?」
北欧史と題された本を開けると、その違いは明確でした
まず紙の色が違う。この本は国ごとに章が分かれているので、非常に分かりやすく現れました。
次に、表紙のデザインでした。非常に簡素なものだっただけによく覚えています
記憶が正しければ、横一線に国旗が並べられているはずですが、この本は縦2列の形になっています。
「ふーむ」
とりあえず、読んでみなければ話は始まりません
北海に孤高漂う島国、イルヴァンド公国
その起源は、ナポレオン戦争時代に遡る
それまで、デンマークにスコットランド、ノルウェーからスウェーデンと主を変える事で生き延びてきたイルヴァンド島であったが、宗主国スウェーデンが対仏大同盟へと参加した事が独立のきっかけであった
当時のイルヴァンド島の状況は、産業と言えば漁業ぐらいであり、政治は専らイルヴァンド公による世襲、宗主国より代官の地位が与えられる形で治められていた。この時の代官とは、すなわち初代イルヴァンド公リューク1世である。
初期におけるリュークの統治は、それまでの代官と同じく漁業権を諸国より認可される事と、広く北海沿岸で売買することにあった。しかし、1810年北海において大不漁といえる時代が到来した。リュークは酪農や麦の栽培などを奨励したが、どれも振るわずに終わった。
その状況においてスウェーデンはこのイルヴァンド島に、ナポレオン戦争への出兵を要請した。
リュークはスウェーデンに対して現在のイルヴァンド島は戦える状況では無い事、また、若い男たちが出ていけば新産業や漁業が壊滅する事を理由に反対したが、聞く耳を持たれず、それどころか「代官を変える」とまで脅迫された。
これに憤ったリュークは島内の有力者、名士を招集。上記の事を伝えた上で、スウェーデンより離反する事を決定した。満場一致であったという。
直後、スウェーデンの艦船がイルヴァンド島よりほど近いところに迫っている事を知ったリュークは、島全土に再招集をかけて、逆に艦船を急襲、撃退に成功した。
これにより島内部でのリュークへの名声や期待感が高まり、有力者たちの合議により島の全権委任が決定。ここに、イルヴァンド公リューク1世が誕生したのである。
「なるほど」
中々に興味深い内容でした。
国名も歴史も人物も、全てに新鮮さを感じてしまうほどに
つまり、このイルヴァンド公国とは、物語の為に生まれた新しい国、という事でしょう
そう考えると、先ほどのニュースというものがよく分かってきます。
学園バトルモノ特有の、貴族やら王族を絡めたいという考えでしょう。
ヒロインとしても、能力の裏付けとしても幅を利かせるには、ちょうど良い存在。
どうせ転校してくるだのなんだのと言って、主人公とイチャイチャするのでしょう、クソが
「すげーな、この国…」
飛ばし飛ばしで読み進めると第二次世界大戦ではイギリスとドイツをも退け、冷戦では東西の陣営に対してなびく事なく敢然とした態度で賛否を決め、世界各国から賞賛されたと書いてあります
ここから読み取れるものがあるとすれば…
「この国、大した影響力はないな」
独英米ソ相手にここまで大舞台を広げられるとすれば、資本や軍事がこれらの国々を上回る規模か、全くその逆のどちらかで、恐らく後者の方でしょう
まして、地図を見る限り北海の小さな島国
そんな国がどちらの陣営にも付かないということは、外交や貿易とかが希薄なもので、ここ最近になって動き出したという事でしょうか
「しかし……」
この世が物語である以上、そういった政治的な側面はあくまで調味料の内の一つに過ぎません。恐らくですが、このイルヴァンド公国という国は物語の都合上作られた国なのでしょう
ニュースは、これから3日間イルヴァンド大公一家は神城島に滞在、様々な研究施設を見るとの事で終わっていました
物語として、ここから考えられるルートは3つ
・大公一家が見学中にテロリストに襲撃されるも、主人公が撃退し、公女殿下が惚れてヒロインに
・公女殿下(お転婆と想定して)が勝手に抜け出して主人公とロマンスを繰り広げ、ヒロインに
・大公一家には別の目的(神城島にとって良くない)があり、その最中で公女殿下と遭遇、バトルするにしても何にしても、心を通じあいヒロインに
共通して決定している事は、ヒロインになる事、転校してくる事、この二つで良いでしょう
デスクトップパソコンを点け、早速このイルヴァンド公国について知れるだけの情報を知る事にします
「EUでの演説、ロシアへの訪問……うーん、どれもまぁ普通の事だなぁ」
いえ、どちらも規模からして重大なニュースではあるのですが
となると、第一案にあったテロリストの襲撃が次に起こるイベントでしょう
「ん?」
少し興味深い記事が出てきました。今から1カ月ほど前の記事です
イルヴァンド公国に関するものではありませんが、軍需産業を特集した記事でした
内容は否定的なものでしたが、僕が気になったのはイルヴァンドの名で検索に引っかかった事でした
読み進めるとイルヴァンドの名は購入者として挙げられていました。
メーカーの名は「MGルブルトン」
「あー、あー」
繋がってきたような気がしました
三好晴治郎のヒロイン、イネス・ルブルトンの父親が経営する会社です
つまり、物語の内世界観という意味では、公女殿下は三好晴治郎のヒロインになるということでしょうか
そういえば、公女殿下のお顔を確認しておりませんでした
えーっと確かお名前は、シーラ・イルヴァンドで、検索っと
「はえー、かわいい…ん?この顔どっかで」
思いだすのに時間はかかりませんでした
あの駅前地図を眺めていた女性。彼女で間違いありません
ですが、あの時護衛らしきものを連れていなかったとなると…
どうやら、お転婆な性格で抜け出して、主人公とロマンスを繰り広げるタイプのお姫様だったようです
「はぁ、あの時声かけときゃなぁ」
それも無理か、と呟くと19時のチャイムが鳴りました
あぁ、もう晩御飯を食べないと、と思ったその時
『こっちだ!こっちへ来るんだ!』
『は、はい!』
外より何やら男女の声が
まるで誰かに追われているような
晩御飯はもう少し後でも良いでしょう。
僕はひっそりとベランダへ躍り出ました。




