天使の微笑み
「津田!」
「荻野君」
由佳子が振り返ると、荻野が近づいてきた。
「今日の演奏……いや、最近ずっと、音が安定しているな。それに何ともいえない艶がある」
「ありがとう」
由佳子がにっこりと微笑む。
二人は並んで歩きだした。
「あれから、彼氏とはうまくいってるんだろ?」
「うん……。今度の春休みには、九州に二泊三日で旅行に行くの」
由佳子はそれが楽しみでたまらないという風情で、そう言った。
「案ずるより生むが易し、だっただろ」
「うん……」
恥ずかしそうに、由佳子ははにかんだ。
そんなところは、全く以前と変わらないが、それでもどこか由佳子は変わったと荻野は思う。
「今度こそ幸せになれよ」
「ありがとう、荻野君」
由佳子は、穏やかな微笑を浮かべる。
その笑みは、幼い少女から一人の大人の女性へと脱皮した自信に満ち溢れていて、なんとも艶っぽく、神々しいほど美しかった。
荻野は、もう由佳子が涙に泣き濡れることはないだろうと確信する。
俺の恋は実らなかったけど……
荻野は思う。
由佳子の今の天使の微笑みがずっと絶えないとしたら、それは悪くないことだと自分に言い聞かせ、そっと隣を歩く由佳子の幸せな横顔を盗み見た。
由佳子はそんな荻野の視線を知ってか知らずか、穏やかに微笑んでいる。
あれから。
晃輝と肌を合わせた。
晃輝は急ぐことなく、ゆっくりと由佳子のペースに合わせていてくれる。
怖いと思っていたことは何もなく、ごく自然に由佳子は晃輝とひとつになった。
それは、由佳子に女としての幸せを運んできてくれた。
なにがあれほど怖かったのかは、今となっては由佳子にもわからない。
十日後の九州旅行。
きっとそれは忘れられない楽しく美しい想い出になるだろう。
晃輝と育む日々の幸せをかみしめるように、由佳子はまた微笑んだ。
了
本作は、遥 彼方さまにアドバイスを頂きました。
遥さま、お読み頂いた方、どうもありがとうございました。