雨に打たれて
何が悪かったんだろう……
歩きながら由佳子は考える。
最後まで晃輝を拒否したこと。
でも……
私にはああしかできなかった。
恐怖心をかかえたまま、晃輝に抱かれることは、自分には……
子供の自分……
結局、初めての恋は、本当の本音も言えないまま、流されて終わった。
雨……?
その時。
十一月の曇天の空から、ぽつりぽつりと雨が降りだした。
傘を持ってない由佳子は、ただ濡れそぼったまま、京都の街並みを歩く。
晃輝さん
晃輝さん
本気で好きだった。
生まれて初めて好きになった人だった。
雨は次第に激しくなり、由佳子の躰を叩く。
しかし、由佳子はただ、闇雲に歩き続ける。
由佳子の白く小さな顔から流れ落ちる雫は、雨か涙か。
いいんだ、濡れたって。
涙を隠してくれる……。
その時。
「津田!!」
背後から声をかけられ、振り向くと、赤い軽自動車の運転席から荻野が顔を出していた。
「馬鹿。傘もささずに……。とにかく乗れよ」
そう言って、荻野は由佳子を助手席に乗せた。
「どうしたんだ、一体」
その荻野の問いに由佳子は答えない。
まるで、由佳子は意思のないお人形のように蒼白な顔をしていた。
由佳子に何があったのか……
ただ、只事ではないことだけは荻野にもわかる。
何を考えたか、荻野は車を降り、どこかへ走って行った。
「ほら」
程なくして戻ってきた荻野は、由佳子の前にホットの缶珈琲を差し出した。
「飲んで。あったまるぞ」
「……ありがとう」
ようやく由佳子は言葉を発し、珈琲のプルをゆっくりと外した。
「少しは落ち着いたか」
暫くして、荻野は静かに由佳子に語りかけた。
「何があった?」
その問いに
「晃輝さんと別れてきた」
と、一言、色のない声で由佳子は答えた。
荻野は、黙って珈琲を一口飲む。
「それで本当にいいのか?」
「晃輝さんは……サークルの先輩とつきあう、て。私とつきあうのは無理がある、て……」
そこで、由佳子はまた泣いた。
「私は、今度こそついていこうて、思った時には遅かった……」
由佳子のすすり泣きが、狭い車の中で響く。
「それで本当にいいのか?」
「え?」
「本当に好きなら、もう一度ぶつかってみろよ。彼の気持ちも今ならまだ変わるかもしれないぞ」
「でも……」
「お前は、その自信のなさがいけないんだ。もっと強い気持ちになれよ。抱かれる…ことにしたって、きっとびくびくかまえすぎなんだ。もっと自然体でいれば、きっとうまくいく」
荻野は続ける。
「諦めるなよ」
「荻野君……」
「だから、この場面で泣くな! お前はまず泣き癖を治せ」
ぶっきらぼうな言いようとは裏腹に、荻野の口調は優しかった。
「……ありがとう」
ぽつんと由佳子は言った。
「もう一度、自分の気持ちを見つめ直して。考えてみる」
由佳子は、缶珈琲をその細い指でぎゅっと握った。
その目にもう涙はなく、由佳子は前を向いている。
「ああ。きっとうまくいくよ」
穏やかに、荻野は言った。
今度こそ失恋確定か……と、ふと思いながら。