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コンビニでラブラブ(違

 トシヤが数十分(へたばっていた時間を含む)かけて上った距離はダウンヒルとはとても言えない短い距離でしかなかった。

 あっという間の短いダウンヒルを終え、麓のコンビニに着いたトシヤとハルカ。ロードバイクでなら交代で店に入るのだが、今日はママチャリだから盗難のリスクは低い。と言うか、この時間なら鍵をかけ忘れても大丈夫かもしれない。

だが、油断は禁物だ。駐輪場にママチャリを並べて止め、しっかりと鍵をかけ、トシヤとハルカは一緒に店に入った。


「手を洗ってくるね」


 ハルカはトイレに行きたかったわけでは無い。傷口を水で綺麗にする為、リアルに手を洗いに行ったのだ。


          *


「あいたた……」


 手を洗いながらハルカが声を漏らした。その場で払いはしたが、まだ傷口には小石や小さな砂粒がめり込んでいたのだ。それに傷口を水で流すことによって固まりかけていた血が剥がれ、またうっすらと血が滲んできた。


「はあ……最近ロードバイクでもコケたこと無かったのにな……」


 手の傷口を洗い終えると次は膝小僧だが、さすがに手洗いボウルに足を乗せるわけにはいかない。ティッシュペーパーに水を含ませ、チョンチョンと優しく叩くようにして傷口の汚れを落とす。余談だが、この時トイレだからと言ってトイレットペーパーを使ってはいけない。トイレットペーパーは水に溶けるから水に濡らすとボロボロになり、大変なことになるから。


 ハルカが手洗いで傷口を洗っている時、トシヤは衛生用品のコーナーで大判の絆創膏を探したが、さすがにコンビニに置いてあるのはLサイズまでで、広範囲の擦り傷をカバー出来そうな絆創膏は無かった。


「どうしよう? 無いよりはマシかな」


 トシヤは一応キープしようとLサイズの絆創膏に手を伸ばした。その時、トシヤは気付いた。絆創膏の下の段に避妊具が並べられているのを。


「うわっ、こんなん置いてるんだ」


 使った事は無いが、高校生なのだから知識(もちろん興味も)だけはある。思わず手を引っ込めたトシヤ。するとそこにトイレから出て来たハルカが現れた。


「ごめんね、トシヤ君。あっ、絆創膏、見ててくれたんだ」


「うん。でも、コレが一番大きいヤツなんだ。これでいけるかな?」


 トシヤが慌ててLサイズの絆創膏を手に取り、ハルカに見せた。するとハルカは目を細めて言った。


「うん。立ちゴケみたいなものだったから。ちょっと擦りむいちゃったけど、たいしたことはないよ」


 だが、ハルカの肘と膝には結構広い範囲の擦り傷が出来ていて、Lサイズの絆創膏ではとてもカバーしきれそうにない。


「いや、ちょっと無理っぽいよ。国道からちょっと下りたところに大きな薬局があったから、そこでもっと大きなサイズの絆創膏買った方が良いんじゃないか?」


 トシヤが言った。しかしハルカは「大丈夫、大丈夫」と言いながらトシヤが見せているLサイズの絆創膏を手に取った。


「飲み物も買わなくっちゃね。迷惑かけちゃったから奢るよ。何にする?」


「いや、良いよ。自分の分は自分で払うし」


「良いの良いの、私が奢ってあげるって言ってるんだから、ありがたく奢られときなさい」


「わ……わかったよ。じゃあ……」


「おっけー、スポドリね」


「選ばせてはもらえないのかよ!」


「ふふっ、じゃあ買ってくるからちょっと待っててね」


 ハルカは笑いながら店の奥にあるドリンクコーナーへと向かった。


          *


「お待たせ」


「あ、ありがと」


 支払いを済ませたハルカはスポーツドリンクを一本トシヤに差し出し、それを受け取ったトシヤと共に店を出ると店先に置かれているベンチに座り、絆創膏の箱を開け、一枚取り出した。


「ほら、やっぱり小さいよ」


「大丈夫、大丈夫。何枚か貼れば良いから」


 やはりLサイズの絆創膏では傷全体をカバー出来そうにない。心配そうに言うトシヤにハルカはなんてことはないという風に言うと一枚を傷具に貼ると絆創膏をもう一枚取り出し、最初に貼った絆創膏に並べるように貼った。そして更にその横にもう一枚、またもう一枚と、絆創膏をどんどん貼り足していった。


「うわっ、剥がす時痛そう……」


「大丈夫よ、慣れてるから」


 ハルカの隣に座ってその様子を見ていたトシヤが顔をしかめて言うがハルカは涼しい顔で言った。トシヤが顔をしかめるのも無理も無い、絆創膏が小さいのでガーゼ部分ではなく粘着部分が傷口に、それも何枚も触れて……と言うか、貼り付いているのだから。


 だが、ハルカは口にした『大丈夫』『慣れてる』という言葉通り平気な顔で立ち上がり、右足を軽く振った。だが、その途端


「あ痛たた……」


 絆創膏の粘着面が傷口を刺激したのだろう、ハルカが顔をしかめ、小さな声を漏らした。


「ほら、やっぱ痛いんじゃないか」


「てへっ、大丈夫大丈夫」


 トシヤが呆れたような、そして心配そうな声を上げたがハルカは笑い飛ばすように言うとベンチに腰を下ろし、スポーツドリンクのキャップを開け、喉に流し込んだ。


「ふうっ、美味しい。汗をかいた後のスポーツドリンクは最高ね」


 言って微笑むハルカを訝しげに横目で見ながらトシヤもキャップを開け、スポーツドリンクを口に含んだ。


「ふうっ、美味い」


 トシヤの口からもハルカと同じような感想の言葉が漏れ出した。


 暑い日に汗だくになって山を上った後はスポーツドリンクが妙に甘く感じられる。陳腐ではあるが、この『美味い』という言葉よりも的確かつ簡単明瞭にこの感覚を表現できる言葉は他に無いだろう。


 二人並んで座り、スポーツドリンクを飲んでいるうちにかいた汗が引き、また、ママチャリで渋山峠にチャレンジしたことで上がっていたテンションが落ち着いてきて、少し冷静になったトシヤは大事なことを思い出した。今日、補習終わりのハルカを誘った理由を。


「ハルカちゃん」


 上ずった声でトシヤが言った。


 もちろん今までの経緯からトシヤは『ハルカがトシヤの気持ちをわかってくれいるだろう』ということ、そして『ハルカもトシヤに好意を持ってくれているに違い無い』とは思っている。だがしかし、はっきりと言葉で伝えるとなると、思いっきり緊張するのは当然だ。


「ん? どしたの?」


 突然名前を呼ばれたハルカはキョトンとした顔で答えた。まあ、ハルカはハルカで期待するところもあったのだが、まさかこんな時にこんな場所でとは思いもしなかったのだ。


「えっと……その……何と言うか……」


 見事なまでにグダグダで煮え切らないトシヤ。今日は腹を決めてきた筈なのに、やはりイザとなるとダメダメだ。ハルカも雰囲気でなんとなくわかりそうなものだが、トシヤの口からはっきり言って欲しいのか、はたまた本当にわかっていないのか……

ともかくいきなり名前を呼んだと思ったら挙動不審になってしまったトシヤにハルカは困ってしまった。


「と……トシヤ君、今日はそろそろ帰ろうか」


 苦し紛れに言ったハルカの言葉にトシヤが落ち着きを取り戻した。


「そ、そうだね。今日は帰ろうか」


 こうしてトシヤとハルカのママチャリによる渋山峠ヒルクライム初挑戦は残念な結果に終わった。だが、二人して口にした『今日は』という言葉。つまりこれで終わりでは無いということだ。


今日はまだ夏休み四日目で木曜日。そう、夏休みはまだまだ始まったばかり。

そして補習期間は一週間で、土日は補習が無い。と言うことは、ハルカの補習は明日の金曜日で終わる。つまり、トシヤとハルカにとっての本当の夏休みは明後日の土曜日から始まるのだ。



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