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やっぱハルカでもママチャリじゃ無理!

 自分に喝を入れ直したトシヤだが、だからと言って一気に上るパワーが湧き出るわけでは無い。ならば気力と根性で……なんて精神力で上れるほどヒルクライムは甘いものではない。前に進むのは気持ちだけで車体は相変わらず全然前に進まない。数メートル進むのに数十秒かかってしまっている。いっそのこと自転車から降りて押した方が速いぐらいだ。

 前を行くハルカとの差は開く一方で、トシヤは少しばかり焦り出した。

ヒルクライムのスキルに関してはトシヤはハルカの足元にも及ばない。それはトシヤ自身が一番よくわかっている。だから焦ることなど全く無いのだが……


 焦るトシヤの前方を走るハルカ。だがしかし、走ると言っても調子よく走っているわけでは無い。ダンシングで上っているのだが、そのリズムはぎこちなく、速度もトシヤと同様歩いた方が速いぐらいしか出せていない。


「はあっ、やっぱキツいわ……」


 玉のような汗がハルカの額から頬を伝い、顎から滴り落ちる。上り始めてからまだ10分も経っていないというのにだ。


「わかってたけど……」


 吐き捨てるように言い、浮かしていた腰を下ろし、サドルに座ると額の汗を拭った。その途端、ハルカのママチャリはグラっとバランスを崩した。ダンシングで体重を利用し、なんとか回せていたペダルがシッティングに切り替えた事によってハルカの脚力では回せなくなり、駆動力を失ったからだ。


「あっ……」


 ハルカは短い声を出し、立て直す間も無く足を着き、ギリギリのところで楽者を免れた。


「あーあ、残念。まだこんな所なのに」


 ハルカは悔しそうに呟いた。ハルカが足を着いたのはスタート地点からわずか600メートル程の地点だった。スタート早々足を着いてしまったトシヤと比べたら遥かに進んではいるのだが、この辺はまだヒルクライムのコースとは言っても道沿いに民家があったり畑が広がっていたりと山の景色とは全く違う、面白味に欠ける景色だ。

ここからあと100メートルも進めば左に大きくカーブを描いた後の短い直線で西側に街を見下ろせる区間があり、一気に山を上っている実感が湧いてくるポイントなのに……

 悔しげに溜息を吐き、ハルカが後方を振り返って見るが、トシヤの姿は見えなかった。


 ハルカは考えた。ここで休んでトシヤが追いつくのを待つか、トシヤが追いつくのを待つこと無く少しだけ休んで再スタートするか。


「トシヤ君、来ないな……」


 ハルカはママチャリの前カゴに放り込んでおいた飲みかけのスポーツドリンクのペットボトルに手を伸ばした。


「うわっ、ぬるっ!」


 ペットボトルがヌルヌルしていたわけでは無い。この炎天下に前カゴに放置されていたペットボトルは太陽やアスファルトの照り返しによって熱せられ、すっかりぬるくなってしまっていたのだ。

 それでも飲み物はこれしか無い以上、このぬるいスポーツドリンクを飲むしか無い。ハルカはペットボトルのキャップを開け、口に含んだ。


「ううっ、全然冷たくないよぉ」


 それはそうだ。まあまあの値段がする保冷サイクルボトルに氷を入れておいたとしても暑い中を二時間も走れば中身はすっかりぬるくなってしまうのだからペットボトルの飲み物なんぞ瞬く間にぬるくなってしまう。本当に長い時間冷たさをキープしたいのならプラスチック系のサイクルボトルでは無くサーモス等の二重鋼構造のステンレスボトルを使う必要があるだろう。

 だが、ステンレスボトルは重いのが最大のネックだ。まあ、日本国内ならコンビニや自販機で容易に冷たい飲み物は手に入れられるのだから、ローディーのほとんどはプラスチック系のサイクルボトルを使っているのが現実なのだ……と思う。


 ぬるくなってしまったスポーツドリンクは美味しくない。でも、喉が渇いているので飲まないわけにはいかない。と言うか、ぬるくっても飲み物があるだけありがたい。ハルカは身体中に染み渡らせるかのように一口ずつぬるいスポーツドリンクを口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。


 そんなうちに一台の自転車が上ってくるのが見えた。まだ遠くてよく見えないが、乗車姿勢からするとロードバイクでは無い。かと言ってママチャリでも無さそうだ。ロードバイクほど前傾が深く無く、ママチャリほど乗車姿勢が起きていない自転車と言えば……クロスバイク(他にもマウンテンバイクやBMX等もあるけど)だ。


 そのクロスバイクはゆっくりと、しかし確実に上ってきた。そしてハルカのすぐ後ろまで来ると足を着いて止まった。クロスバイクに乗っていたのは大学生ぐらいの若い男だ。ナンパか? と警戒したハルカだったが、クロスバイクの男が口にしたのは意外な言葉だった。


「お嬢ちゃん、ママチャリって事は、もしかして後ろ走ってる友達待ってる?」


 ハルカは思った。この男の言う『後ろ走ってる友達』とはトシヤの事で、二人してママチャリという渋山峠には似つかわしくない乗り物に乗っているので友達だと思ったのだろうと。


「ええ。そうですけど、どうかしましたか?」


 答えたハルカに男は残念な事実を告げた。


「そっか。お友達、下でへたばってたよ。降りて見に行ってあげた方が良いかも」


「えええぇぇぇっっっ!?」


「声かけたら大丈夫だって言ってたんだけどね、ちょっと気になったから。じゃあね」


 言うと男はまた上って行った。


「トシヤ君……」


 ハルカは焦った。トシヤがへたばってる事ぐらいは予想出来ていた。しかし、後ろから来た全く知らない人から心配されるほどとは……


 もう迷ってる場合では無い。ハルカは山を下る事を決め、スポーツドリンクのペットボトルを前カゴに放り込んだ。




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