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ほっと一息いれようぜ

『最後の手段』それは『足ブレーキ』だ。幸いにもスピードはかなり落ちている。これぐらいのスピードなら足を着いて突っ張れば完全に停止する事が出来るだろう。格好悪いが赤信号で交差点に突っ込むよりは遥かにマシだ。


 トシヤは左のクリートを外し、尻を少し左にずらした。両足を着きたいところだが、ロードバイクのちゃんと調整されたサドル高さだと、両足だと爪先がなんとか地面に着く程度で、とてもではないが足を突っ張って止まることなど不可能だ。


 尻をずらし、直進を保ちながら車体を微妙に傾けて左足を地面に着ける。SPD‐SLのビンディングシューズだとまず地面に着くのはクリートだ。しかし樹脂で出来ているクリートはグリップなど期待できないのでビンディングシューズの踵部分で踏ん張らなければならない。クリートは消耗品だから交換出来るのだが、踵部分は交換出来るシューズもあれば出来無いシューズもある。ちなみにトシヤのビンディングシューズの踵は交換出来無いヤツだ。正直言って交換出来無い踵部分が削れるのは痛いが、止まりきれずに赤信号で交差点に突っ込んでしまうよりは遥かにマシだ。そしてトシヤは何とかリアクトを停止線ギリギリで完全に停止させる事が出来た。


 停止線ギリギリで止まったトシヤが安堵して大きな溜息吐いているとマサオが少し遅れて後ろに止まった。これはトシヤのリアクトのブレーキが105なのに対しマサオのプリンスのブレーキは上級グレードのアルテグラだという事も大きいが、何と言っても『マサオがトシヤより少し遅れて後ろに止まった』つまりダウンヒルの速度がトシヤより遅かったという事が最大の要因だ。


「ギリだったな。こんなのハルカちゃんに見られたらボロカスに言われるぜ……」


 後ろから言ってきたマサオにトシヤは返す言葉が無かった。渋山峠は一般公道なのだから最も大事な事は安全に走る事だ。ハルカが前を走っていない為に交差点前でどれぐらい速度を落とすべきかを読み違え、危ない目に遭ってしまったのだ。トシヤは自分がまだまだ未熟者だと反省するばかりだった。


          *


 渋山峠を下るのにかかった時間は十分弱。このまま家まで走るとすれば、トシヤとマサオが家に帰り着いた頃にハルカも家に帰っているかどうか微妙なトコだろう。


「なあ、これからどうするよ?」


 赤信号で停まった時、マサオがトシヤに言った。


『どうするよ?』と尋ねる様な口ぶりだが、マサオの本音は『ハルカに連絡してルナを誘ってもらってくれ』だという事は想像に難く無い。だが、午前中に補習を受けていたハルカならともかく夏休みを満喫している(多分)ルナがそうそう都合良く誘いを待っているだろうか? それにそもそもこんな交差点の信号待ち中にハルカに連絡するわけにもいかない。


「とりあえずコンビニ行こうぜ」


 トシヤが答えて数秒後、信号が青になったところで二人は走り出した。いつもの麓のコンビニに向かって。


 程なくしてトシヤとマサオはいつものコンビニエンスストアに到着した。こう毎週の様に、それもピタピタのサイクルジャージにレーシングパンツという妙ちくりんな格好(一般人からすれば)で来店するのだから店の人にそろそろ顔を覚えられても良さそうなものだが、『ヒルクライムの聖地』と言われる渋山峠の麓近くにあるコンビニ、言って見れば渋山峠にもっとも近い店なだけにサイクルジャージにレーシングパンツのローディーなど珍しくも無いみたいだ。まあ、覚えられていようがいまいがこのコンビニがトシヤ達にとって天国である事には変わりは無いのだが。


「お前、先に何か買って来いよ。自転車、俺が見といてやるからさ」


 マサオがトシヤに言った。そう言えば前回ココに来た時はトシヤが同じ事を言ってマサオを先に涼しい店内に入らせてやっていた。だからマサオはその借りを返そうとして、今回は先にトシヤを涼ませてやろうとしたのだろうか? 

だが、一つ腑に落ちない点がある。それはマサオがそんな殊勝な事をするだろうか? という事だ。 

 マサオは事ある毎にご飯やお茶を奢ってくれたり、トシヤにフルクラムのホイールを無償無期限で使わせてやったりと良いヤツである事は間違い無いのだが、それはあくまで経済的に恵まれている、余裕があるからこそ出来る事だ。だが、今のマサオにトシヤを先に涼しいコンビニの店内で休ませてやる体力的な余裕があるとはとてもではないが思えない。一体マサオは何を企んでいるのか……?

 などと下衆なことをトシヤは考えたりはしない。


「そっか、サンキュ」


 素直にマサオの好意を受け入れたトシヤはリアクトをアーチ型の車止めに立てかけ、そそくさと店に入って行った。



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