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ライドはあっけなく終了、そしてマサオのプリンス

 食事休憩を終えた三人はまた走り出した。食後という事でとりあえずは周辺をポタリング気分で景色を楽しむ事に重点を置いてゆっくり走るのだが、トシヤはリズミカルに揺れるハルカのお尻が気になって景色を楽しむどころでは無い。

 もちろんトシヤの目の前でハルカのお尻が揺れている状況、絵面としてはさっきまでと変わらない。しかしカフェで口走ってしまった一言がトシヤの頭の中を支配し、見える光景を一変させてしまっていた。


「さっきのハルカ、可愛かったよな……」


 トシヤは思わず呟いた。いつもツンツンして、何かと言えばトシヤに突っかかってくるハルカがカフェで見せた笑顔。いや、それが本来のハルカの姿なのだが。しかもトシヤはハルカの素っ気ない態度は『初めて男の子を意識した相手』であるトシヤにハルカがどう接したら解らない事から来ているなどとは夢にも思っていない。


「顔は可愛いんだけどなぁ……」


 残念そうに溜息を吐くトシヤだが、本当に残念なのはトシヤ自身である。

 そんなこんなで気が付けば朝に集合したコンビニに到着、楽しいライドは終わった。時計を見るとまだ五時前、名残惜しいがここで解散だ。


「どうトシヤ君、今日は楽しかった?」


 コンビニで買ったスポーツドリンクを片手にルナが笑顔で尋ねてくるが、この期に及んで「楽しくない」とか言うヤツなど居る訳が無い。もちろんトシヤも当然の如く「ええ、楽しかったです」と答えたのは言うまでも無かろう。


「じゃあ、また学校で」


 スポーツドリンクを飲み干したハルカが素っ気無く言いながらエモンダに跨りクリートを嵌めた。


「おう、もう行くのか? 気をつけてな」


 トシヤはあっさり帰ると言うハルカに内心がっかりしながらも、それを出さない様に言って手を振った。


 二人が帰ってしまい、一人取り残されたトシヤはサイクルジャージの背中のポケットからスマホを取り出した。


「おうマサオ、今ドコに居るんだ?」


「おう、家に居るぜ。どうしたんだ? サイクリングは終わったのか?」


「ああ。今コンビニに居るからちょい寄っても良いか?」


「おう、来い来い。待ってるわ」


 電話の相手はマサオだった。家に帰る前にロードバイクに乗った感想を聞こうと思ったのだ。もちろん高額車両のピナレロプリンスを見たいという気持ちも有るのは言うまでも無い。


 コンビニからマサオの家までロードバイクで十分ちょっと。確か朝、マサオは歩いてコンビニに来ていた。という事は、マサオはロードバイクで十分ちょっとの距離を歩いて来たという事だ。ロードバイクで十分という事は歩きなら少なく見積もっても三十分はかかる。そうまでしてマサオはルナとハルカを見たかったのかと呆れながらトシヤはインターホンを鳴らした。


 キンコーン


 マサオの家はお金持ちなだけあってインターホンの音もよくある『ピンポーン』では無く重厚感のある音だった。シャッター付のガレージには高級外車が並んでいるに違い無い。


「おう、トシヤ。早かったな」


 マサオの声だ。インターホンのカメラで確認したのだろう、すぐにトシヤの名を呼んだ。

 玄関ドアが開き、マサオが顔を出し、手招きしたのでトシヤは門扉を開けて敷地の中へと入った。するとマサオは玄関ドアを全開にして固定して一度引っ込んだかと思うと今度はロードバイクを押しながら姿を見せた。赤と黒に塗り分けられた、いかにも速そうなロードバイク。もちろん今日納車されたばかりのピナレロプリンスだ。ちなみにこのロードバイク、モデル名はプリンスと可愛いが、ピナレロのフラッグシップであるドグマの金型を使用していると言うバリバリのレーシングモデルなのだ。


「おおっ、ピナレロ格好良いなぁ!」


 トシヤが感嘆の声を上げるとマサオはさもありなんとばかりに胸を張った。


「コイツはカーボンの材質こそ違うもののフレームはドグマの金型を使ってるバリバリのレーシングモデルだからな」


 マサオが言う通りこのロードバイク、モデル名はプリンスと可愛いが、実はバリバリのレーシングモデルなのだ。それにしてもいつの間にかマサオが妙に詳しくなっている。多分、買ってから本やネットで色々と調べたのだろう。


「で、どうよ? 乗った感想は。ロードバイクって面白いモンだろ?」


「ああ。ママチャリとは訳が違うな。スピードは出るし、クイックだし。それに手にダイレクトに伝わる振動がた

まらねぇ。まさにレーシングバイクに乗ってるって気分にさせてくれるぜ」


 トシヤが尋ねるとマサオは不敵な笑いを浮かべて答えた。その感想はトシヤが初めてメリダに乗った時のものと殆ど同じ。笑いそうな顔のトシヤにマサオは訝しげに尋ね返した。


「な、何だよ変な顔しやがって。俺、何か面白い事言ったか?」


「いや、そうじゃ無ぇよ。お前も俺と同じ様に思ったんだって思うと何か嬉しくてな」


 トシヤが微笑んで言い、男と男の熱い友情シーンが繰り広げられるかと思ったが、マサオの一言がその空気を台無しにした。


「うわっ、気持ち悪ぃ。悪いが俺、そーゆー趣味無ぇから」


 もちろんトシヤも負けてはいない。


「俺だって無ぇよ、んなモン!」


 トシヤもマサオも彼女いない歴=年齢だ。そもそもマサオがロードバイクを買ったのもトシヤがロードバイクが

きっかけでルナやハルカと知り合い、自分もその仲間に入ろうというふざけた考えからなのだ。二人に妙な趣味が有る筈が無い。


「ま、冗談は置いといて……どうだ、乗ってみるか? プリンス」


「えっ、マジで? 良いのか?」


「おう、乗ってみろよ」


 マサオは五十万円以上する、しかも今日納車されたばかりのプリンスを惜しげもなく差し出すと、トシヤのリアクトに目を向けた。


「その代わり、お前のリアクトにも乗せてくれよな」


 トシヤからすれば願ってもない話だ。二人はロードバイクを交換すると、まずはお互いのロードバイクをじっくり観察した。


「軽い」


 マサオのプリンスをじっくり舐めまわす様に見た後、ひょいっと持ち上げたトシヤが感嘆の声を漏らした。プリンスの重量は8キロを切っていると言う。トシヤのリアクトの重量は約10キロ。たかが2キロの差と思うかもしれないが、ロードバイク界の定説では100グラム軽量化するのに一万円かかると言う。もっともマサオのプリンスとトシヤのリアクト400の価格差は二十万円では収まらないのだけれども。

 トシヤはプリンスを地面に降ろし、トップチューブに跨ると右足のクリートを嵌めた。


「んじゃ行くぞ。って、マサオ、ヘルメットとグローブは?」


 トシヤが声をかけるとマサオは家に入るとすぐ、ヘルメット片手に出て来た。もちろんヘルメットの中にはグローブが突っ込まれている。

 マサオの準備が出来たところでトシヤは右のペダルに体重をかけ、サドルに跨ると一瞬にして速度が上がる。その加速はリアクトの比では無い。更にペダルを回すとサイクルコンピューターのスピードメーターが狂ってるのではないかと思う程の数値を示す。


「凄ぇな、コイツは」


 初めてのバリバリのレーシングモデルに乗り、興奮するトシヤ。フレームは硬ければ良いと言う訳では無いのだが、トシヤ達にとってはゴツゴツした硬い乗り心地がレーシング気分を味わわせてくれるのだろう。ちなみに現在ではレーシングモデルも乗り心地を少しでも良くする方向に向かっているのだけれども。


「速ぇよ、トシヤ」


 信号に捕まって止まったトシヤにマサオが追い付いて文句を垂れるが、トシヤとしてはそんなに飛ばしたつもりは無い。これがプリンスとリアクトの差なのだろうか? いや、普通の道でそこまで差が付く事は無いだろう。単にマサオが遅いだけだ。まあ、今日初めてロードバイクに乗ったのだから仕方が無いのかもしれないが。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 あっけなくルナとハルカとのライドは終わってしまいましたが、ハルカの事をかわいいと意識してしまったトシヤがこれからどう出るか、見守ってあげて下さいます様お願いします。

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