ゆで卵からドラゴン生まれたっ!
ゆで卵が鍋の中で動き回ってる音を聴いてたら、こんな話が降りてきました。
怖くないから安心してね。
カタ。カタカタ。
「よく動くな?」
俺は今、いつもより早く起きたので朝食に一品 ゆで卵を追加するため、鍋で卵をゆでている。
普段ならもう動きをとめているタイミングで、卵が動いたのだ。
カタ。カタカタカタ。
「まだ動くのか? ずいぶんいきがいいな」
スーパーで買い物した際に、ちょっとでか目の茶色の卵を買って、それが今ゆでてる奴なのだ。
カタ。カタカタカタ。カタカタ。
流石に動きすぎだな。
「火、止めよう」
ちょっと気味が悪い。余熱に切り替えるべく、俺はコンロの火を消しに、リビングから台所へ向かう。
「……ん?」
気のせいだろうか? 茶色いはずの卵の殻の色が赤い。それどころか、卵からブクブクと泡が出ている。
「おかしいな。ゆで間違ってないはずなんだけど」
不信に思いつつ、とりあえず火は消しておく。赤くなった卵が気のせいかどうか確かめるため、いったん顔を洗いに洗面所に行くことにする。
スッキリした後また見て、なお赤ければ錯覚じゃないってことだからな。
「……マジか」
バッシャバッシャやって鍋前に戻ったら……うん、卵が赤いままだ。どうやら、気のせいではなかった。
それどころか、なんか罅が入ってるように見える。
「なんなんだ、この卵。そういや店の人が、お目が高いとかなんとか言ってたっけ……俺、いったいなんの卵買っちまったんだ?」
値段が百円ばっかし高かったのは、サイズのせいだと思ってたけど。もしかしたら、希少価値の問題だったのか? いや、それにしてはさりげなさすぎるし、なにより貴重品にしては堂々と売ってたし、価値が高かったにしては普通のプラス百円は格安すぎる。
ピキピキ。ピキピキピキ。
「お、おいおい。罅、増えてるぞ?」
まさか……なんか、出て来るんじゃなかろうな?
バキャッ!
「なんかでたー!」
恐る恐る中身を確認。
つぶらな瞳でこちらを見つめる茶色い生き物。熱湯なんぞヘでもないとばかりに、顔だけをチャポリと出した。
ーー見られてる。確実にガン見されてるっ。
「これ……ファンタジー小説なんかでよく見る。ドラゴンに、そっくりだな」
キャァ。そのドラゴンらしき生き物から、そんな子猫のような、かわいらしい鳴き声がした。
つい最近、月から降りて来たらしい兎少女と同棲を始めたダチがいる。冗談みてえな話だけど、兎少女本人見ちまってるんだよなぁ俺。
ーーでも、だ。でもだよ。
まだコスプレ趣味の女の子で、納得できるあちらさんと違って、
こっちはドラゴンだぞ。それも卵から出て来た赤ちゃんドラゴン。
「……どうしろって言うんだよ、これ?」
朝飯が一品減ったとか、そんなことはどうでもよく。今鍋の中で、熱湯をチャプチャプやってるこの生き物をどうしたらいいのか。それに困っているのである。
パシャー。
「あ……」
出てきてしまった。お湯の中から。
見つめ合う俺と赤ちゃんドラゴン。鍋の直上で小さな翼をパタパタしながら高度を保っている。
ドラゴンからしたたり落ちた水滴が、ポタポタと音を立てている。
少し体が赤みを帯びてるのは、今の今まで熱湯に浸かってたせいだろう。
「キャァ」
また鳴いた。
「……俺になにしろって言うんだよ?」
絶望を含んだ俺の声をどうとったのか、赤ちゃんドラゴンはあろうことか、俺の方にパタパタと飛んで来たのだっ!
「うわっ! くんな!」
あとずさる。熱湯に浸かってた生き物だ、くっつかれでもしたら火傷しちまうじゃねーか!
***
「く。この……! ようやくとまったか」
どれぐらいパタパタとバタバタが狭くも広くもない俺の部屋に鳴っていたことだろう。悲し気にキャァと鳴いたのを最後に、赤ちゃんドラゴンは追跡をやめてくれた。
お湯はすっかり乾いたらしく、もう掌サイズの幻想生物から水滴はしたたっていない。
「やれやれ。部屋中拭かねえとな」
はぁと一息吐いて、俺はてきとうにフェイスタオルを持ち出して、床を拭いて行く。そんな俺の真上では、パタパタと翼をはばたかせる音がしている。
おっかけっこしてる間に乾いたのか、床は殆ど濡れてはおらず、ただの床掃除タイムと化してしまった。
「朝からいい運動したぜ、まったく」
言いながら朝食の用意をする。って言っても、パンにハムはさんで食う程度の簡単なもんだけど。
「キャァ」
ハムを見たとたん、赤ちゃんドラゴンは駄々をこねるように鳴いた。
「なんだ? 食いたいのか?」
一枚差し出してみた。そしたら、驚いたことにハムの厚みに合わせて小さく口を開き、ちょこちょこと噛み千切った。
生まれたばっかりだってのに、もう肉を噛み千切れるほどの歯が生えているらしい。しかも口を開ける最低限の幅すら理解している。
「……こいつ。めちゃくちゃ頭いいんじゃねえのか?」
親ばかって物の気分が、ちょっとわかったような気がした。
「キャァ」
ハムを半分ほど食べたところで、赤ちゃんドラゴンは満足そうな声を出した。
ちょこちょことハムを食べて行くさまが、なんともかわいらしくて、ついついぼんやりと見てしまっていた。
「もう、いいのか?」
意志疎通が図れると思ったわけじゃなくて、つい言葉にしてしまった感じだ。
すると、なんとだ。なんとドラゴンは、小さく首を縦に振った。人間の言葉を生まれたばっかで理解し、なおかつ適切な返事を動作で返して来たのであるっ!
「……こいつ。天才だわ」
……今こそ理解した。
ーーこれが。親ばかの心理であると。
***
「ついてくんのか」
家を出る時間になった。でかける俺の横には、パタパタと翼をはばたかせている赤ちゃんドラゴン。当然のこと、とでも言うように俺の横にいる。
こいつ、本来は茶色なんだな。いったいなに属性のドラゴンなんだろう、なんて考えちまった。聞いたところで答えはキャァだから不明のままだけどな。
「学校いる間、世話できねえぞ、俺」
婉曲について来るなと言ってみた。が、無視。しかと。スルーである。
「中途半端にコミュニケーションできるのって、困るんだな」
やれやれと、俺は学校に向かうことにした。
横でパタパタ浮いてるのは、初めて見る世界を知ろうとでもするように、キョロキョロと辺りを見回している。
「やめよう。あんま見てっと、前方不注意で大変なことになりかねねえ」
「キャァ」
なにやら疲れたような声で、赤ちゃんドラゴンは俺の右肩に掴まって来た。
お疲れさんと声をかけて、俺は右肩の重みに顔を少ししかめた。
この一匹の誕生が、はたして俺にどんな変化を運んで来るやら。
不安と期待の入り混じる心境で、通学路を歩き出すのだった。
おしまい。