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あまーいあまい、ちょっとほろ苦な焦げ茶色の魔法。前編

前後編になります。

 ウァリエタース魔法学園の召喚科二年生、シンシア・フォーンズはウキウキと廊下を歩いていた。

 同じ方向に向かう女生徒に混じり、シンシアのふわふわと波打つベージュの髪が歩を進めるたびに跳ねる。両手には入浴セットを抱えていて、彼女の軽い足取りに合わせローブの裾がひらひらとひるがえった。



 衝撃的な秋の学園祭の後、学園の落ちこぼれだったシンシアは一気に時の人となった。

 それというのもシンシアのへっぽこ使い魔が、実はとんでもない精霊だと判明したからである。


 雷の精霊王ライヴォルト。それが召喚士シンシアの使い魔ライの真実の姿だった。


 それが判明した時は上を下への大騒ぎ。ライの魔法で会場は壊れるわ、シンシアの両親は腰を抜かすわ、生徒たちは大興奮だし、先生たちは右往左往。

 その間にシンシアとライは正式に契約を結び、数日後には王宮からの使者もやってきて、シンシアの将来は約束された。


『晴れてウァリエタース魔法学園を卒業したなら、王宮付きの召喚士として迎え入れる』


 使者のその言葉に両親も喜び、シンシアの縁談はたち消えた。想いを寄せていたライとずっといられることと、幼い頃からの夢が叶う嬉しさが、羽毛みたいにシンシアの心と体を軽くしている。


 肝心のライは今シンシアの側にいない。今シンシアが向かっているのが共同浴場だからだ。


 契約を終えたばかりの二人は、色々な事にすり合わせが必要だった。その一つが風呂だ。

 契約当初はバタバタしていて、入浴は魔法で済ませていた。けれどやはり本物のお湯に浸かれることにまさるものはないので、今日は共同浴場を利用することにしたのだ。

 ところが片時もシンシアのそばを離れようとしないライは、当然のように浴場にまで付いて来ようとした。


「ちょっと待って、ライ。お風呂まで付いてくるつもり?」

 部屋を出ようとしたシンシアは、後ろのライを慌てて振り返る。ライはきょとんと金の瞳を見開いてから、にこにこと笑ってうなずいた。


「もちろん。人の命は一瞬だからね。ちょっとでもシンシアのそばを離れるなんて考えられない。俺と契約してるから普通の人間よりも少しは長命になるだろうけれど、限られた命であることには変わらない」


 そばを離れたくないという、ライの言葉をシンシアは嬉しく思う。普通の人間より、少し長命というところに少し引っかかりを覚える。けれど、今はその話じゃないと思い直した。


「あのね、今から行くのはお風呂なの。と、当然裸になるのよ」

 精霊王であるライヴォルトとの契約条件は、互いに全てを捧げ合うこと。全てとは身も心もで、つまりは裸だってもう見られたことがあったりする。

 それでもなんとなく気恥ずかしくて、シンシアは口の中でゴニョゴニョと言う。


「シンシアの裸ならずっと見ていたいけど?」

 照れるシンシアに対して、ライは臆面もない様子だった。

「ちょっ」

 さらっと言われた恥ずかしい内容が、シンシアの頬へ一気に血を上らせる。ぼんっという音が聞こえたんじゃないかと思うし、心なしか髪もふわりと逆立った。


 ライが嬉しそうにくすくすと笑う。

「恥ずかしがるなんて可愛い。なんなら今ここでもう一度裸を見せてくれる?」

「なっ、なななななっ、何言ってるのぅ」

 いたずらっぽく細められた金の瞳からして、からかわれているのは明白だ。けれど、こういうからかいに慣れないシンシアはいっぱいいっぱいで、何か言い返したくても口をパクパクするばかり。


 それをいいことに、ライはいっそう笑みを深めてシンシアのあごに手をかけた。金色の瞳が間近に迫り、慌てて手を差し入れストップをかける。

 この瞳はまずいのだ。どうにもシンシアはこの瞳に弱くて、何でもうなずいてしまう。


「あ、あのね、ライ。お風呂は共同なの。私ひとりじゃないの。皆いるのよ」

 手で目を隠してシンシアはあわあわとなぜ駄目なのかを説明する。シンシア一人だけだとしてもライとお風呂はどうかと思うが、他の女の子がいるのはさらに大問題だ。何とか分かってもらわなくては。

「問題ないよ」

 しかしライは何でもないように軽く流すと、顔と顔の間に入れていたシンシアの手にキスをした。

「あるのーーーーーっ」

 思わず手を引っ込めてシンシアは地団太を踏む。どうしよう、精霊には人間の常識が通じないのだろうか。

 精霊は人間のような眠りも食事も必要ない。ライも眠らないし、食事は食べることは出来るが単なる楽しみでしかないと言っていた。排泄もないのだから、なんだかうらやましい。


「他の女の子もみんな裸なのよ。男のあなたが一緒に入れるわけないでしょ!」

「なんで?」

 首をかしげるライの様子から、やはり分かっていないのかとシンシアは肩を落とした。が、いいことを思い付いたと顔を上げる。

「ライが他の女の子の裸を見るのが嫌なの。私だけを見て欲しいの。ね?」

 シンシアにべったりなライのこと。これなら納得してくれるのではないだろうか。

 じっと金の瞳を見つめてお願いしてみた。けれど、内容が少し恥ずかしくて顔はややうつむいたままだ。結果、上目使いにライを見上げることになる。


「嬉しい、妬いてくれてるの?」

 ライの金色の瞳になんともいえない光が浮かぶ。少し怖くてとても綺麗なこの目につい吸い込まれて、何でもいいやと思いそうになる。

 だが今回ばかりはそれでは駄目だ。ライがどうしても一緒に入りたいとごねても断らなくちゃと、シンシアはぐっとお腹に力を入れた。


「分かった。風呂には付いていかない。部屋でおとなしく待ってる」

 シンシアの意気込みは肩透かしで、ライはあっさりと首を縦に振った。

「分かってくれた?」

 心底良かったと、シンシアはほっと胸を撫で下ろす。だから油断した。

「留守番のご褒美は前借りね」

「えっ?」

 きょとんとまばたきした時には、頬を両手で挟まれていて。シンシアはライのキスを受けていた。



 こんないきさつがあって、入浴時はライと離れる唯一の時間となった。


 シンシアとしてもライと一緒にいられる今は夢みたいだ。ついスキップでもしてしまいそうなほどに。けれど、こうやってライと離れている時間もまた違った意味で嬉しかったりする。


「シンシアー!」

 雲の上でも歩いているのかという具合のシンシアを見つけたアマンダが、手を振っていた。

「これからお風呂? あたしもなのよ」

 並んで歩くアマンダの赤茶色の目がシンシアの周りを行き来した。

「流石にライはいないわね。ね、シンシア」

「なあに?」

 弛みっぱなしの口元でシンシアはふにゃりと返事をする。


「浮かれるのも、幸せそうなのも何よりなんだけど」

「えへへ、ありがとう」

 そうこうしている内にアマンダとシンシアはすぐに浴場に到着していた。脱衣場に並ぶロッカーへ荷物を入れて裸になっていく。アマンダはてきぱきと、シンシアはパタパタと脱いでロッカーへ服を放り込んだ。

 ロッカーに入れさえすれば、後はロッカーにかけられた設置魔法が服を管理してくれる。


「ああ、うん。ほんとごちそうさま。それはいいんだけど、あなたチョコレートはどうするの?」

「チョコレート?」

 シンシアはこてん、と首を傾げた。


「ほら、ウァレンティンの日よ」

「あっ!」

 ウァレンティンの日とは、大地の女神ウァレンナが天空の男神ティアンに、愛の証としてチョコレートを贈った逸話に端を発する。この日女は意中の男に内緒にして、前日までに用意したチョコレートを愛する男に渡すのだ。


 チョコレートを用意していることを意中の男に知られてはならない。渡すその時までチョコレートを見られてはいけない。


 これは女神ウァレンナが用意していたチョコレートを、ウァレンナがいない間に男神ティアンが見つけ食べてしまったことからきている。

「おお、愛しいウァレンナ。素敵な贈り物をありがとう。感激のあまりすぐさま食べてしまったよ」

 男神ティアンは戻ってきた女神ウァレンナに、まったく悪びれずもせず笑顔でこう言ったが、

「贈る前のチョコレートを勝手に食べるなんて信じられない」 

 と、怒り狂った女神ウァレンナに怒りの鉄槌を食らった。

 その後、男神ティアンは謝り倒し、女神ウァレンナが作り直したチョコレートで二柱は無事に仲直りしたという。


 男神ティアン、馬鹿じゃないの、とつっこみたい所だが、神話なんてそんなものだ。


「やっぱり忘れていたのね」

 硬直したシンシアを見てアマンダが仕方ない子だと眉尻を下げた。しかしシンシアはそれどころではない。


 とにかくウァレンティンの日までに、ライに内緒でチョコレートを用意しなくては。

 ウァレンティンの日など興味がなかったからすっかり忘れていたけれど、今年はライという恋人がいるのだから。


「恋人……そ、そうよね。私だけの恋人」

 火照った頬を両手で包み、シンシアは口の中で恋人という言葉を転がした。私だけの恋人。なんて素敵な響きだろう。

 へにゃりと顔を弛ませて服を脱ぎ終え、ロッカーの扉を閉めると光る数字が出てくる。シンシアが数字に手をかざせば、手の甲に番号が刻印された。


「まったく。しょうがないなあ」

 浮かれまくったシンシアに、アマンダが苦笑する。

 アマンダと浴室に入って洗い場の魔方陣の上に立つと、泡が勝手に二人の体を包んでから流れていく。これも洗い場にかけられた設置魔法だった。


「学校に通うまではなんとも思わなかったけど、これだけコンパクトな多重魔法ってすごい腕よね」

 アマンダが溜め息を吐いてつんつんと魔方陣をつついた。

 人の肩幅ほどの魔方陣には、魔方陣が消えないようにと防水の魔法、誰かが立ったことを感知する魔法、感知したら発動する洗浄の魔法、温度管理の魔法が刻まれている。


「そうよね。私も魔法の仕組みが分かってから町を歩くと、ついあちこち観察しちゃう」

 召喚科のシンシアは初級基礎しかやってないけれど、それでも習ってからは世界が変わって見えた。当たり前のように使っていたけれど、設置魔法はいぶし銀の職人技だ。用途別の効果はもちろん、いかに小さく丈夫で長持ちなのかは、魔法使いの腕にかかっている。

 アマンダは設置魔法を学ぶ生活魔法科だから、余計にすごさが身にしみると思う。


 広い湯船には何人かの先客がいた。今湯船にいるのは、同じ召喚科のシンシアとリリエナ、幻術科のココットと生活魔法科のアマンダとフィアンヌの五人になった。



「わたしたちは今週の休日に買いに行く予定なんだけど、シンシアはライがずっとそばにいるじゃない? こっそり買うの、大変よね」

 ココットがぽってりとした頬に手を当てた。

「そうよね、どうしよう」

 眉を下げるシンシアの目に、じわりと涙がにじむ。


「あたしたちが選んだチョコレートじゃ、シンシアからのプレゼントって言えないし……材料はあたしたちが買ってきて上げるから、ライのいない隙を見て作っちゃいなさい」

 両手を湯船のふちにかけたアマンダがあっけらかんと提案した。

「ええっ」

「大丈夫よ。溶かして型に入れるだけでもいいんだから」

「ようは心よ、心。ね?」

「そうそう」

 口々に言われてぽんぽんと肩を叩かれると、シンシアの丸い瞳がさらに潤んだ。

「ありがとぉお」

「もう、泣き虫さんなんだから」

 くすくすという笑いが浴場に響く。持つべきものは友達だと、シンシアは心から感謝した。

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