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落ちこぼれ召喚士

 シンシア・フォーンズはウァリエタース魔法学園の召喚科二年生である。


 明るいベージュの髪はふわふわとウェーブがかかっていて、大きな紫の瞳は丸っこい。シンシアは魔法学校の制服であるローブに身を包み、片手に杖を持ったまま腕組みを仁王立ちをしている。

 なんとも勇ましいポーズとは裏腹に、シンシアの目には涙が溜まっていた。

 そんな彼女の前には、正座した少年がしょんぼりとうなだれている。


 広い会場の真ん中で、少年に説教を食らわせている彼女の後ろでは、他の生徒たちが忙しそうにしていた。シンシアと少年がああしているのはよくある事なので、誰一人気にするものはいない。


「ちょっとそこの看板、左が下がってる。浮遊の魔法足しといて」

「はいよ。レウィス」

 生徒が杖を向けて呪文を唱えると、看板の左側が持ち上がっていく。

「あっ、上がりすぎ。出力下げて」

「こんぐらい?」

「もうちょい、もうちょい……よし、ストップ」

 オッケー、という声で看板が設置完了する。


「ここ、ちょっと暗いな」

 会場の隅に暗い場所を発見した生徒が杖を構えた。

「ルーメン」

 ぽっと天井に明かりが追加されて満足そうにうなずく。 


 秋の学園祭を明日に控えたウァリエタース魔法学園は、準備に追われる生徒たちで賑わっていた。


 だだっ広い空間、高い天井、ぐるっと会場を囲む観覧席。入口には大きな看板と、魔法で作られた色とりどりの割れないシャボン玉が、これでもかと魔法の光でライトアップしてある。


 もちろん会場内も様々な魔法のオブジェで飾り付けられ、製作者の名前が小さく一緒に展示してあった。この名前を展示されるというのが、生徒たちのやる気と意欲を高め、毎年祭りに訪れる人たちを楽しませてくれた。


 幻術科生徒の力作である、水の魔法で出来たドラゴンはゆっくりと長い胴体をくねらせて壁を泳いでいるし、天井では火の鳥が羽ばたくたびに、熱のない火の粉を降らせている。


 生活魔法科の生徒担当の、赤からオレンジ、黄色から緑、青から紫へと変化する花が壁の下側を飾り、ところどころ魔法販売機がワンコインで飲み物や簡単な食べ物を提供する。


 ただし、通路を歩いていると時々、壁面の木々の間からいたずらピエロが出てきて驚かすので、『びっくりしても食べ物や飲み物から手を放しちゃだめ』との注意書きがあちこちにあった。

 もしも食べ物や飲み物をこぼしてしまっても大丈夫。液体吸い取りモップがやってきて飲み物をごくごく飲み干してくれるし、食べ物は食いしん坊ちりとりがパクパクと片付けてくれる。

 魔法学校で一番生徒数の多い生活魔法科の仕事ぶりは、至れり尽くせりだ。


 そんな見るだけで楽しい、痒いところに手が届くほど快適な学園祭なのだが、花形イベントと言えば、やはり生徒による魔法の実演であった。

 設置された魔法も目を見張るものがあるが、生で放たれる魔法というのは迫力が違う。


 管理魔法科の生徒以外はこの会場で順番に魔法を披露することになっていて、シンシアも例に漏れていなかった。


 シンシアの所属する召喚科の出し物は、使い魔を使ってのパフォーマンス。使い魔は目の前で正座する少年である。


「私、みんながあっと驚くようなパフォーマンスを成功させたいって言ったよね。分かってるよね?」

「もちろん!」

「じゃあ、なんで上手く出来ないのぉ、ライ」

 頬を膨らませて涙目のシンシアに対する少年も同じく涙目だ。


 シンシアの使い魔であるライは、恥ずかしそうに笑った。

「えへへ、加減が難しくて」

「加減って、こんなちっちゃい雷がちょろっと出ただけじゃないっ」

 シンシアは人差し指と親指で、二センチほどの隙間を作ってみせる。


 ライは雷属性の魔族だ。当然得意なのは雷魔法で、シンシアはライに派手な雷魔法を使わせてのパフォーマンスを計画していた。

 なのにライときたら、何度やっても小指の先ほどの小さな雷しかおこせず、ライ本人もあまり強そうな見映えではない。


 同じ召喚科のグルドーが呼び出す使い魔は三メートルはあろうかという漆黒の牡牛で、猛々しい見た目同様のパワーで大地を踏み鳴らし、地震を起こす。リリエナがよく呼び出す使い魔は背中に純白の羽を持つ美しい乙女で、竪琴を奏で歌うとその場にいる者を魅了するのだ。


 美しい銀髪に金の瞳、優しい顔立ちのライは女生徒の受けはかなりいい。けれど、広い会場の真ん中で、見た目がいいだけの使い魔が、指先にパチッと小さな雷をおこすだけなんて、地味すぎる。


 またじわっとシンシアの目に涙がにじんだ。腕組みをほどき、いからせていた肩を落とす。


「ごめんね、ライ。ただの八つ当たりだわ。私の魔力が少ないばっかりに」

 魔法が地味なのはライのせいだけではないのだ。魔力量を正確に測る術は今のところないのだが、シンシアはライ以外の使い魔の召喚を成功させたことがない。他の使い魔の召喚が成功しないのは、きっとそういうことなのだろうと思う。


 学園の入試の時に簡易で測ったシンシアの魔力量は少なくはなかったのに、どうしてこうなるのか分からない。測定器はあまり正確ではないので、実際の魔力量が少なかったのか、もしくはシンシアの召喚魔法がへたくそなのか。どちらにしても才能がないのだ。


「ううん、違うんだ、シンシア。俺の燃費が悪すぎるんだよ」


 ライは正座から片膝を立て、うなだれたシンシアの白い手を取ってそっと口を付けた。さながら姫君と騎士のような行動に、シンシアは頬が熱くなるのを止められなかった。


 使い魔は召喚主の魔力を糧にして力を発揮する。今ライがしている行為は、シンシアの魔力を手から吸うためのものだ。決して忠誠でも愛の誓いでもないのだと思うと、ちくりと胸が痛む。


「大丈夫? 気分は悪くない?」

 潤んだ金の瞳に下からのぞき込まれ、心配そうに頬へ手を伸ばされた。

「……平気。なんともないわ」

 その目はずるいと思う。捕らえられて離せなくなる。


 召喚魔法は召喚主の魔力を糧にして使い魔を呼び寄せ、使い魔が召喚主の要求に応えて力を振るった後、報酬としてこうして魔力を渡すのだ。今ライがうっとりと微笑んでいるのも、シンシアの魔力に酔っているからだ。使い魔にとって人間の魔力は美酒なのだそうだから。


「また呼んでくれる?」

「当り前でしょう。他に呼べる使い魔なんていないもの」

 不安そうにするライにシンシアは笑いかけた。


 何度も何度も失敗して、やっと成功した召喚魔法で初めて呼び出したのがライなのだ。実を言えば今回の学園祭が不安で、他の使い魔を呼び出せないか何度も試したのだが、一度も成功しなかった。


「でも、今度の学園祭が最後の召喚ね」

「えっ? どうして」

「学園祭に両親が来るの。そこで結果をみせられなかったら、家に戻って大人しく縁談をうけなくちゃならないのよ」


 元々無理を言って魔法学校に通わせてもらったのだが、一年生の時に見た秋の学園祭でのシンシアの召喚魔法を見て両親は愕然としたらしい。

 あの程度の使い魔しか呼べないのなら、どんなに頑張っても王宮付きの召喚士にはなれない。さっさと諦めて縁談を受けろとの両親へ、今年の学園祭こそ成功させるからと必死に頼み込んだ。


「縁談……」

 シンシアの説明を聞いたライが顔をうつむかせて呟く。その声の低さにシンシアは眉を寄せた。

「ライ?」

「……シンシア。もし君が、本当に俺を望んでくれるなら……覚悟を決めてくれるのなら」

 下を向いたままのライの姿が薄くなっていく。召喚魔法の効力が切れて、魔界へ戻る時が来たのだ。


「今度の召喚の時には、名前を呼……でくれな……か。俺の真実……名を」

「真実の名? 何度も言ったけど、私は貴方の真実の名前は知らないの」

 薄れていく姿を同じく、声もとぎれとぎれで聞き取りにくい。よく聞こうと身をかがめたシンシアの耳元に、ライが唇を寄せてささやいた。


「ライヴ……ル……」

「~っ」

 シンシアは思わず耳を押さえてのけぞった。もうライの姿は影も形もない。しかも肝心の名前が途切れてよく聞こえなかった。


「あ、あんなの、ずるいっ」

 たとえ声が途切れていなくても聞き取れなかったかもしれない。

 耳元でこだました低い声、かかった吐息、ほんの少し耳たぶにかすった唇の感触に、頬に熱が上るのが止められなくて。うるさいほど鳴る心臓を落ち着けようと深呼吸しても何の効果もなく、シンシアは会場を飛び出した。


 少し走ってから、速度を緩めると周りの景色が目に入ってくる。会場入り口から真っ直ぐ伸びる石畳の道には両脇にもみじの木が植えられていて、赤く染まっていた。


 見上げれば空の青を追いやるほどの赤。時折はらはらと落ちる葉がなんだか切ない。


 学園以外で召喚魔法を使うのは、召喚士の試験に合格している者しか許可されない法律がある。シンシアが学園を離れ、家に戻ればライを呼び出すことは出来なくなる。


 ひらりと目の前に葉が落ちてくる。シンシアが手を出すと、手のひらの上に葉が乗った。五つに分かれた紅の葉。幼いあの時と同じなのに、小さく思える。


 葉の大きさは今も昔も平均的なものだろう。シンシアが大きくなったのだ。


 手のひらから目を離し、もう一度上を見上げる。もみじの木が広げる葉は、光に透けて赤く燃えていた。



 しがない下級貴族の三女に生まれたシンシアは、本が大好きな夢見がちな少女だった。今日も読み終えたばかりの本を抱え、嬉しそうに森の中を歩いていた。

 シンシアが足を動かすたびに落ち葉がカサカサと音を立て、頭上の木々はそれぞれの葉を赤や黄色、茶色へと色を変えている。


 本の中のお姫様は、森の中を散歩中にもみじの精霊に出会い、恋に落ちる。物語のお姫様と精霊はとても素敵で美しくて、シンシアはお姫様よろしく散歩に出かけたのだ。


 物語と同じ秋の森。

 黄色い扇形の葉や、茶色の涙形の葉は見かけるものの、目当てのもみじはもう少し奥だ。地面から顔を出すキノコや、転がるドングリの実、木々を飛び回る鳥たちのさえずりを楽しみながら、シンシアはうきうきと道を進んだ。


 やがてたどり着いた奥の湖には、一面囲むようにもみじが赤く彩っていた。実際に葉を広げるもみじと、湖面に映るもみじの両方の赤が、空と湖の青と競い合っている。


「綺麗」

 うっとりと紅葉の景色を楽しみシンシアは呟いた。それから本を開く。

「ええと、召喚魔法の使い方……」

 実際に召喚魔法の手順は載っていない。資格を持った召喚士以外の召喚魔法はご法度で、一般の本には載せていないのだ。ただ召喚士になる心得や召喚できる使い魔の種類、召喚士になった感想などが載っているだけである。


「うふふ、あった」

 精霊の召喚についてが記されたページを開き、シンシアは読み上げる。

「つうじょうのつかいまとことなり……うーん、書いてあることが難しくてよくわかんない」

 早々に諦めて本を閉じた。目を瞑って鼻歌を歌う。適当なうろ覚えの歌詞とメロディーで。


 恋物語の中の精霊はとても綺麗な男の人だった。召喚魔法の本に書かれた精霊についてのページにある挿絵も幻想的で綺麗だった。いつか召喚士になって綺麗な精霊を呼び出して、恋人になってくれたらきっと素敵だろうなとシンシアは思う。頭の中で描く青写真は美しく成長したお姫様の自分と、綺麗でりりしい青年の精霊だ。


「おや、かわいらしいお嬢さんだね」

 突然かけられた声にシンシアの妄想はぱちんと割れて、びっくりしたシンシアは目を開けた。目の前には知らない男の人がいて、優しく微笑んでいた。

 ここから先の記憶は急にあいまいで、その人の顔を思い出せない。ただ、とても綺麗で優しくて、思い出そうとすると胸がぎゅうっとなる。


「それ以上心を込めて歌ってはいけないよ。無意識なのだろうけど、俺たちを呼んでいる」

 男の人はシンシアの唇にそっと指を当てた。

「もうお帰り」

「あの、あなたは誰? また会える?」

「俺の名は……。そうだね、またいつか出会うことがあれば名前を呼んでくれると嬉しいな」

 男の人の名前も思い出せない。顔も分からないけれど、困ったように頭を撫でられたのは覚えている。


 ふわふわとした気持ちで家に帰って、その日シンシアは熱を出して寝込んでしまった。それから湖に行って同じように歌っても男が姿を現すことはなかった。

 そのうちシンシアは男の事をすっかり忘れてしまっていた。なのに、今になって思い出すなんて。


 もしかしたら、男の人に会ったのも全部夢だったのかもしれない。幼い頃の記憶はあいまいで、湖についたころにはもう熱が上がっていて妙な夢を見たのかとも思う。

 シンシアは大きくため息を吐いて、寮へと続く道を歩き始めた。なにはともあれ、明日の学園祭で頑張らないといけないのだ。

後半は本日の20時頃に投稿します。

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