前編
暑いなぁ 肝試しでも行くか
そう言ったのは誰だったのか。
チャット型SNSで呟かれた一言に、待ち合わせのファミレスに集まったのは4人だった。
「えっ! ちょっと! りっちゃん来るって言ったのにっ」
スマホを弄りながらバンバンとテーブルを叩いたのは紅一点のミズキだ。
「カレシに呼ばれたから、やっぱやめたー(はぁと)って! 裏切り者っ!」
根元にラインストーンの付いた赤い派手なつけ爪をした指先で、素早く器用にスマートフォンを操作している。
「リンカは来てもうるせーだけだろ? 来なくて正解じゃん。なんならオマエも来なくていいぞ」
「行くわよ! うっさいわね!」
馬鹿にしたような笑いを浮かべて煙草をもみ消したタツヤの脛を、ミズキはテーブルの下で蹴りつけた。
「ってぇ!」
ミズキを睨みつけたタツヤを軽く手で制して、マサシが立ち上がる。
「じゃれんな。うるせぇ。こんだけか? 取敢えず行くぞ」
「言い出しっぺは誰なんすか?」
続いて立ち上がったのはヒロト。この中では一番立場が弱そうに見える。
「さぁな。俺じゃねぇけどな。直で行ってる奴らもいるかもしれねぇし」
お互い軽く牽制しながら出口に向かうミズキとタツヤを平等に小突いて、マサシは支払いを済ませた。
言い出しっぺが来ないなんてことは良くあることだった。それで責められることもない。
やりたいことだけ参加して、やりたくないことはスルーすればいい。
友達の友達くらいまで誘って適当に遊べる。そんな集まりだった。
今日集まったのはそんな中でもしょっちゅう顔を合わせてるメンバーで、大体マサシが仕切ってヒロトがサポートにまわる。
ミズキとタツヤがじゃれ合うのもいつものことだ。ここにお喋りなリンカが加わると一際賑やかになる。
「俺、UDL跡にいくの初めてなんすけど、マサシさんは行ったことあるんすか?」
「何度かな。お陰でいつもツアーガイド代わりをさせられる」
マサシはちょっと肩を竦めて、ポケットから出した小さめのLEDライトを手の中でくるりと回した。
「んじゃマサシは行き飽きてんじゃないの? 何で今日はUDLなん?」
「なんだ、皆知らねーんだな」
得意げに言ったのはタツヤだった。
「最近、噂がもう一つ増えたんだよ。正門前に女の幽霊が出るって」
UDL――裏野ドリームランド。開園当初から怪しい噂が絶えず、一年足らずで閉園になった曰く付きの遊園地。
噂が噂を呼んで、閉園になった後の方が入場者が増えているとまで言われている。
人が変わるというミラーハウスや、謎の生物が住み着いてるというアクアツアー、勝手に回るというメリーゴーラウンド。アトラクションの全てに何らかの曰くがあると言ってよかった。
土地が悪いとか言う輩も居る。が。真相は良く解らない。あの土地を安く買い叩きたい者がそんな噂を流しているという逆説の噂まで出てくる始末だ。
……兎も角。若者たちの夏の夜の暇潰しには最高の舞台というわけだった。
少し高台にあるそこに向かい、4人は緩い坂道をゆっくりと進む。
だんだん少なくなる街灯に加え、近くの木から鳥か何かが飛び立ち、ミズキは思わず叫び声を上げた。
タツヤに鼻で笑われ、うるせぇと言われてその尻を膝でどつく。痛ぇな暴力女、までがワンセットである。
街灯が無くなるとマサシは手の中のLEDライトをつけた。ミズキも斜め掛けにしていた鞄からごそごそと何かを探し出し、スイッチを入れる。
「なんだ、お前も持ってきたのか?」
「ふふん。貸さないわよ」
「いらねーよ。あるし」
右腰の辺りをぽんぽんと叩いて、タツヤは意地悪く笑った。
「皆さん用意がいいっすね……って! ちょっ、あ、あれ!」
一度後ろを振り返ったヒロトが前に向き直って、マサシの照らし出す先に目を向けると、遊園地の正門が見えてきていた。
その門柱前に白っぽい服を着た何者かが蹲っている。一見、置物のようにも見えた。
「え。やだ。マジ?」
タツヤのシャツの裾を掴んで、ミズキは速度を落とす。
マサシは構うことなくずんずん進んでいく。
「マ、マサシさん!」
震え声のヒロトは足が動かないのか、タツヤとミズキにあっさり追い抜かれ、置いて行かれるのはもっと嫌だというように慌ててタツヤ達を追いかける。
「重いぞ暴力女。離せ。お前の一撃で幽霊なんて逃げてくぞ……って! ヒロト! なんでお前まで掴まってるんだよ!」
へらりと笑うヒロトにタツヤは舌打ちを返した。
「マサ! どっちか面倒みやがれ!」
先を行くマサシに怒鳴りつけると、白い塊がゆらりと立ち上がるのが見えた。
ひっと息を呑み、ミズキとヒロトが歩みを止める。二人分の力で引き止められて、タツヤは危うくバランスを崩すところだった。
「こんばんは」
マサシが普通に話しかけたので、ミズキとヒロトは一瞬顔を見合わせた。
「……こんばんは」
「肝試し参加の方ですか?」
そういえば、直で参加の人もいるかもしれないってマサシは言ってた。
二人のシャツを掴む力が緩んだところで、タツヤはその手を払い除けた。
「肝試し? ……あ、いいえ。違います。あっ、あの、肝試しということは中に入りますか?」
白のワンピースに七分袖のカーディガンを羽織ったその女性は、小さく首を横に振ると切羽詰ったようにマサシに一歩近づいた。
「の、つもりですが。何か」
「――子供が」
胸の前で組んだ手が小刻みに震えている。
「子供が、ピンクのウサギの着ぐるみを追いかけて行ったまま、戻って来ないんです。私はこの門を越えられなくて、どうすればいいのかと……中に入るなら、ついででいいですから、探してもらえませんか!? どこかで動けなくなってるんじゃないかと心配で……」
生身の人間だと分かってマサシの傍まで来ていた全員で顔を見合わせる。
確かにこの門扉は四、五メートルほどの高さの鉄格子で、ひ弱そうな女性が登るのは容易ではないだろう。
「お子さんは何処から?」
彼女はだまって門扉の下の方を指差した。
そこは一部格子がひしゃげていて、確かに小さな子供なら潜り込めそうなほどの隙間が空いていた。
マサシは何度か頷いた。
「この奥に入り込める場所があるんですが、一緒に行きますか?」
「え!? そうなんですか? ……あぁ、でも、もしこちらに戻ってきて私が居なかったら……」
そう思うとここから動けなかったのだと言う。
「わかったわかった。どうせルートも決まってないんだ。全部回ってみりゃいいんだろ? 少年を探せ! だな!」
タツヤの言葉にマサシは彼をちょっと小突いて、女性に確認する。
「お子さんは息子さんで?」
「そうです。五歳でカイトっていいます。すみません。よろしくお願いします」
ぺこぺこと頭を下げる女性にマサシは一応、と連絡先を聞いていた。見つけたら連絡します、と。
この辺りは電波が弱い。入ったり、入らなかったりかなり微妙なところだ。
加えて、女性のスマホは電池残量が二十パーセントを切っていた。連絡先を交換してもあまり役には立たなそうだった。
女性と別れて園内に侵入すると、不気味な静けさが漂っていた。
子供の声や足音どころか、虫の声ひとつしない。
「ピンクのウサギってなんだろうね?」
静かすぎて落ち着かなくなったミズキが口を開く。
「後から来る奴を脅かそうとして、誰か馬鹿な奴が着込んだんじゃねーの」
「暑くて死にそうっすね」
夜になっても気温は下がっていない。
脱水症状を起こしかけてどこかで休んでるのかもしれない。
あるのは月明かり位のこの暗がりで、ピンクのウサギは目立つに違いない。見つけたら子供を見なかったか聞いてみよう。ただし、そいつが子供を攫うような危ない奴かもしれない。行動は慎重に。単独行動はしないこと。そんな風に取り決めた。
「一番近いのは観覧車だな。こっちからぐるっと回るってことでいいな」
マサシは園の奥の方をライトを回して差した。
男ばかりだったなら二手に分かれても良かったのだが、とマサシは言った。これで意外とフェミニストだ。
暴力女の心配なぞしなくとも、とこっそりタツヤは胸の中で思っていた。
観覧車の前まで来ても人の気配は無い。
「ヒロト、ちょっと見て来い」
持っていたライトを投げ渡して、マサシが顎をしゃくった。
「お、俺っすか?」
「肝試しだろ? 何しに来たんだよ」
にやりと笑うマサシに否を言えるわけも無く、そろそろとヒロトは階段を登って行く。
「早くしねーと置いてくぞー」
楽しそうにタツヤが言って、煙草に火をつけた。
カンカンと響く足音が幾分早まる。
白い光が籠の一つを照らして、それからこれから行く奥の方に向けられた。
「マ、マサシさん。なんか、ピンクのヤツいたかも!」
帰りは転げるように降りてきて、ヒロトはそんなことを言った。
「マジか。どっちだ?」
「多分、この奥。ちっとしか見えなかったっすけど……光は届かなかったし……」
「ミラーハウスの方だな。幸先いいじゃねぇか」
ヒロトからライトを受け取ると、マサシはさっさと踵を返した。
タツヤは吸殻をぽとりと落として、ゆっくり踵でもみ消してから後を追う。念の為後ろも振り返ってみたが、四人以外他の誰かがやってくる様子も無く、静かな闇が広がっているだけだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
急ぎ気味にミラーハウスへ向かうと、明かりの中に閉じかけのドアが浮かび上がった。
一度大きく内側に入り込み、戻ってきては小さく揺れている。
「おい! 誰か居るのか!」
マサシは駆け出し、まだ揺れてるドアを開け放った。
眩しい光がマサシを照らし、思わず腕を上げてそれを遮る。
すぐに鏡だと気付いてライトの角度を足下に落とした。
タタッと軽い足音が聞こえてくる。
「カイトか!? お前の母さんが待ってるぞ!」
警戒されているのか、返事はない。
「タツヤ、ヒロト、出口に回れ。挟み撃ちにするぞ」
子供さえ確保して返してしまえば、後は自由に見て回れる。
追い付いてきたタツヤとヒロトは、そのまま裏にある出口の方に駆けて行った。
「ミズキ、声掛けてくれ。女の方が警戒されないだろう」
ミズキは軽く頷いた。
「カイトくん? ママに頼まれたの。入口でママが待ってるから、一緒に帰ろ? お兄さん達が迎えに行くから、あんまり動かないでね」
できるだけ優しくミズキは語りかけた。
返事はない。ただパタパタと早足で動き回る足音が聞こえてくるだけだ。
「カイトくん?」
反応が無いのでミズキは少し進んで奥の方を覗き込もうとした。
「出口確保ー」
緊張感の無いタツヤの声がハウス内に響く。ミズキは少し脱力して軽く頭を振りながら鏡の裏をひょいと覗き込んだ。
ピンク。
目の前が、ピンク一色だった。
は? と目線を上げると、ぎょろりとした目の頭の大きいウサギが立っていた。
「きゃあああああああ!!」
悲鳴を上げるミズキをピンクのウサギが突き飛ばした。
マサシが何事かと駆け寄る頃には、ウサギは尻餅をついたミズキの足をむんずと掴み上げ、彼女を引き摺る様にしながらマサシの方へと向かってきていた。
「やだ! ちょっと! 離してぇ!」
「なんだ、テメェ!」
マサシがウサギの腹に蹴りを入れるが、ぼすっと気の抜けた音を立てただけで効いている様子はない。意外と皮が厚いのかもしれない。
チッと舌打ちをして、じゃあとばかりにマサシはウサギの頭を鷲掴みにした。そのまま引き下ろして頭を外そうとするのだが、ウサギは体勢を崩しただけで頭が外れる様子はなかった。
眉を顰めたものの、そのまま顔に膝を入れて、よろけた隙にミズキを助け起こした。
「何だ? 今の。マサー?」
「ウサギがいる! なんかヤベーから一旦出るぞ! 子供確保できたらしとけ!」
「…………の…………け……」
ゆらりと体勢を立て直すウサギを横目に、マサシはミズキを連れて外に出た。
「何あれ何あれ何あれ!! 何か言ってた!」
ぶわりと立った鳥肌を腕をクロスさせて擦りながら、ミズキは半べそをかいている。
マサシはミズキを背中側に庇いながら入口を凝視していた。
いつウサギが出て来るかと緊張していたのに、いくら待ってもドアは動く気配さえなかった。
そうこうしているうちに、軽い足音が園の奥の方に消えていく。
マサシが疑問に思っているとヒロトとタツヤが戻ってきた。
「子供は?」
「それが、途中で足音が外に出てっちまったんだよ。なぁ?」
「そ、そうっす。出口には誰も来なかったっす」
「そっちは何があったんだ?」
肩を竦めながらタツヤが聞く。
「ピンクのウサギにミズキが襲われた。外までは追ってこなかったがお前らは見なかったんだな?」
「子供もウサギも見なかったな」
「っすね」
非常口でもあって、そこから子供もウサギも出て行ったのだろうか。
釈然としない気持ちのまま、四人は先を進むか相談する。
「ウサギが危なそうだから、ミズキ入口まで戻っててもいいぞ」
「ひとりで戻る方が怖いんですけど!」
「じゃあ、その先のメリーゴーラウンドの方へ行けば正門に着けるから、そこで待ってればいいんじゃねー? さっきのおばさんが外にいるんだから、格子越しに話もできるだろ」
「そうだな。帰りに迎えに行ってやる」
「ま、別に一緒に来たって得意の蹴りでウサギなんて一発KOだろうけどな。なんで蹴らなかったんだ?」
タツヤが意地悪く笑う。
「出会い頭で突き飛ばされたのよ! アンタあたしのこと何だと思ってんの!?」
へらへらと笑って逃げるタツヤを追ってミズキが拳を振り上げる。
そのままメリーゴーラウンドの方へ行く二人を、ヒロトとマサシはゆっくりと追うのだった。
7/15微修正しました。内容に変わりはありません。
タバコのポイ捨てはやめましょう。良い子は真似しちゃいけません。